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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編9 根深き暗部

「それじゃあ最後は『空を飛部』の飛行コンテストだけど、去年と同じように希望予算は九割カットね。理由は創部以来実績が無いから」

 大した資料に目を通すこともなく、諏訪先輩は希望予算の欄に赤字で修正を加える。

「雑な上に不憫だな……」

 空を飛部。異能での飛行を目指すこの部は、毎年文化祭で飛行コンテストなるものを開催しているらしい。

 部外からも飛べそうな異能者の参加を募るのだが、毎年参加者は部員オンリー。

 未だかつてスタート地点から二メートル以上進めた者はおらず、事実上の落下コンテストとなっている。

 まともな活動は年に一回の文化祭のみで、更に一度も成果を出せていない以上回せる予算なんて微々たるもの。毎年毎年希望予算は九割カットがお約束となっているらしい。

「それでも毎年部員が入るんだな……」

「地蔵部員が多いんだけどね」

「地蔵? 普通は幽霊部員って言わねえ?」

「幽霊は飛べるじゃない。アイツらは飛べないから、置物の地蔵なのよ」

 そりゃまた、皮肉なこって。

「それじゃあ予算会議終わり。夏休み明けからは本格的に文化祭の準備が始まるから、忙しくなるわよ」

「へーい」

 諏訪先輩の締めくくりの言葉とほぼ同時にグイッと背筋を伸ばす。予定では今日の仕事はこれで終わりだ。

「大地、お茶淹れるからちょっと待ってて」

「はい?」

 席を立とうとしたところでそんなことを言われ、俺は硬直する。

「いい茶葉が手に入ったのよ。御馳走するわ」

 ニコリと笑って車椅子の車両を回して退室する諏訪先輩。隣の私室に茶葉を取りに行ったようだが、どういう風の吹き回しだ?

「……マシュマロ、諏訪先輩どうしたんだ?」

「何が?」

「いや、何がって、あの諏訪先輩が俺にいいお茶を振る舞うなんてあり得ねえだろ?」

 体のこともあって普段は自分で動くよりも烏丸先輩を、今日のように先輩がいなければ俺を手足のようにこき使うのが諏訪先輩だ。

 間違っても自分で茶葉を取りに行ったりしない。

「…………さあ?」

「さあって……まあいいや」

 可愛らしく小首を傾げるマシュマロにげんなりしつつ、俺は気を取り直してマシュマロに向き直る。

 今生徒会室には俺とマシュマロだけで、リルは会議が退屈だったのかデスクの下で寝ている。何のつもりか知らないが、諏訪先輩が席を外したのは好都合だ。

「マシュマロ、ちょっと話があるんだが」

「なに?」

 デスクの上にべたーと突っ伏しながら、マシュマロは顔だけを俺の方に向ける。

「……今日、クラスメイトの鎌倉たちに、学校の『暗部』のことを教わったんだ。マシュマロ、知ってるよな?」

「暗部、うん、知ってる。口には、出さないけど、みんな、知ってるよ」

 やっぱり、暗部の存在は周知の事実なんだな。

 とぼけているのか、そういうものなのかは知らないが、マシュマロの反応はごく自然なものだ。

 俺はポケットからケータイを取り出し、連絡アプリのマシュマロとの会話画面を開いて、そこにある画像を見せる。

 マシュマロは画面に表示された画像に、ほんのわずかに眉をひそめた。

「この写真と同じ物が、暗部の販売してる盗撮写真の中にあった。俺とマシュマロのケータイにしか入ってないはずの写真だ」

 表示した写真は、抱き合うネコメと八雲のツーショット。

 この画像は、出所した八雲とネコメをマシュマロの実家の喫茶店で引き合わせたときにマシュマロが撮影した写真を送ってもらったものだ。

「マシュマロ、お前、暗部だろ?」

「…………」

 俺の問い掛けに、マシュマロは答えない。

 その沈黙を、俺は肯定と受け取った。

「……何で生徒会の役員が暗部なんてやってるんだ? 法に照らし合わせれば、暗部のやってることは犯罪の斡旋だろ⁉︎」

 暗部は異能専科の闇。必要悪と言われていようと、人の盗撮写真で金を稼ぐような連中を容認できはしない。

 ここでマシュマロを吊し上げたところでどうにもならないのかもしれないが、それでもそのあり方を問い正さずにはいられない。

「ワンちゃん、潔癖だね」

「は?」

 潔癖とは、俺のことを悪を許さない正義漢だと言っているのか?

「悪いこと、みんな、嫌い?」

「……別に、風紀委員や正義の味方気取るわけじゃねえよ」

 全ての悪事を取り払うことなんてできないだろうし、俺自身も今までの人生、一切の悪事をしていない潔白だなんて言うつもりはない。

「でも、金のために友達の写真がバラまかれるなんて、知らん振りできるかよ⁉︎」

 身近な友達の盗撮写真が出回るなんて、誰だっていい気がしないはずだ。

「……勘違い、しないで。暗部は、みんな、お金が、欲しくて、やってる、わけじゃ、ないよ。でも、組織だから、多少の、お金は、必要」

 心外だとばかりに、マシュマロは体を起こして唇を尖らせた。

「金のためじゃないって言うなら、暗部は何のために活動してるんだよ?」

「学校の、生徒の、ため。異能専科は、普通の学校と、違って、窮屈。ストレス、溜めるの、よくない。だから、ちょっと、悪いこと、するのが、ちょうどいい」

「…………」

 鎌倉たちも言っていた、生徒のストレス発散、ガス抜きのための必要悪。

 確かにそれ自体は重要なことだし、普通なことよりも『ちょっと悪いことしてる感』がある方が人を惹きつけるのも納得できる。

「生徒会との、パイプに、暗部には、毎年、生徒会役員、一人は、選ばれる。今年は、私」

「毎年? 二人はそれを知ってるのか?」

「毎年、いるのは、知ってる。でも、彩芽も、烏丸先輩も、私って、知らない」

 だから黙っていてと、言外にマシュマロは釘を刺してきた。

 新人の俺を除けば今年の生徒会役員は元々三択だし、本人以外なら二分の一だ。きっと二人ともマシュマロが暗部だと、なんとなく察してはいるのだろう。

「……立場を悪用するつもりって訳じゃないんだよな?」

「違う。私は、暗部と、生徒会の、橋渡し。生徒会が、動けない、仕事を、暗部に、任せる役」

「暗部は、どんな仕事をしてるんだ? まさか闇市だけじゃないだろ?」

 マシュマロの言葉を信じれば、暗部には明確な存在意義。暗部にしかできない仕事があるはずだ。

 闇市のような違法な物販だけなら、言ってしまえば誰でもできる。

 霊官なら学校外に出ることも多いのだし、そこで校内では手に入らない物を買い付けてくれば済む話だ。

 組織としての暗部にしかできない活動が、きっとある。鎌倉たちのような一般の生徒が知る由もない仕事が。

「……異能専科の、生徒会は、霊官しか、なれない。でも、それだと、手が、足りない。一番の、役目は、抑止力」

「抑止力?」

「生徒の、異能の、悪用の、防止。暗部は、数が多いから、悪い噂も、流れてくる」

 つまり、生徒会の目の届かないところで生徒が異能を使って良からぬことを行っていれば、暗部が発見して対処するということか。

 確かにそれは、ほんの数人しかいない生徒会では手が回らないことだ。ただでさえ異能専科の生徒会は、学校内のことだけではなく、支部からの仕事も入ってくるのだから。

「他にも、生徒会長が、悪い人なら、予算も、行事も、好き勝手、できちゃう。暗部は、役員の、職権濫用を、防ぐための、もう一つの、自治組織」

「…………」

 悔しいが、マシュマロの言い分に俺は納得してしまった。

 生徒会役員は、支部の準幹部扱いになる霊官。学校内に限れば、それは一つの組織に纏めるには大きすぎる絶対的な権限を持っている。

 極端な話、仮に諏訪先輩が大日本帝国異能軍と内通していれば、この閉鎖された学校では藤宮がやっていたような凶行も黙認できてしまう。

 学校の治安を維持するため、決して正体を明かさずに暗躍する、異能専科の自治組織。

 生徒のメンタルケアと活動資金を稼ぐために闇市を開き、見えないところでは学校中に目を光らせる、異能の番人。必要悪。

 それが、暗部。

「……暗部の在り方については、分かった。でも、ネコメや八雲の写真を売るのは……」

 暗部が必要なのは分かったが、それはそれとして盗撮写真の密売だけは納得できない。

 闇市にいた暗部の話ではもっとヤバめの写真もあるようだし、自分の写真がそんな風に出回っていると知ったら、二人がどう思うのか……。

「……ワンちゃん、可愛い」

「はぁ?」

 いきなり何を言ってるんだこいつは?

「ワンちゃんの、それ、多分、独占欲。二人こと、人に、見られたく、ない」

「何だそりゃ⁉︎ 俺はあくまで二人がどう思うかって……」

「分かった、分かった。二人の、写真、数、減らす。ワンちゃんに、免じて」

 ちょっと待て、何だその言い方。

「聞けよマシュマロ。俺はそういうつもりじゃ……」

「みなまで、言わない。お姉さんに、任せなさい」

 斜め上の解釈をして、マシュマロはえへんと胸を張る。服の上からでも分かる豊満な双丘が大きく揺れた。

「それに、写真は、いやらしいこと、だけに、使われる、わけじゃ、ない。好きな子の、写真、お守り、代わりに、こっそり、買える」

「いねえだろ、今時そんな可愛らしいやつ……」

 好きな女子の写真をこっそり持っておくなんて、今時無いよな?

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