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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編7 円堂悟史の修行納め

 広場に夜の帳が降りる。

 灯の類が一切無い学校の裏山は、日が暮れると真っ暗になってしまう。

 湿気った地面に大の字になって寝転ぶトシは、右手に握った銃のグリップに頼もしさを感じながら、そのザラついた手触りを確かめるように指の腹で撫でる。

 全身を支配する疲労感は拭えるようなものではなく、これ以上は指一本動かすことさえ億劫だ。

 今すぐにでも意識を手放して眠りに落ちたいところではあったが、銃を握る手や頬にできた真新しい切り傷がヒリヒリと痛み、その痛みが辛うじてトシの意識を繋ぎ止めていた。

「上出来だ、円堂」

 寝転がるトシを見下ろしながら、叶はその手に持っていた日本刀を腰の鞘に納める。

 緊張感を出したいというトシの希望により木刀から持ち替えられた日本刀は、致命傷を与えない程度に加減されていたとはいえ、ついにトシの体を深く刻むことはなかった。

 逆に斬撃の隙を突いて幾度か放たれたトシの銃弾は、ジャージ越しに叶の肌を叩き、腕や肩に赤い点を何箇所か作っていた。

 実弾を使った実戦なら、トシの勝ちである。

 無論、叶が本気を出せば未だ両者の実力差は大きく、異能術を交えた本来の戦いならば勝負にもならない。

 しかしそれでも、叶はトシの実力を認めていた。

「短い期間に、よくぞここまで成長したな。厳しくした自覚はあったが、よくついてきた」

 トシの成長に満足し、労いの言葉をかける叶の背後に、突如異音が響く。

 それが空気を切り裂く虫の羽音、妖蟲の接近であると叶が気付いた瞬間、日本刀の柄に手をかけるより早く、ガスの爆ぜる音が夜の静寂を破る。

 力の入らなくなった腕だけを上げて視線を向けることもなく放たれた弾は、トンボのような妖蟲の醜悪な口に寸分違わず吸い込まれ、一発で絶命たらしめた。

「まったくですよ。おかげで強くなっちゃったじゃないっすか……」

 疲れ切った顔に達成感の滲む笑みを浮かべ、トシは今度こそ意識を手放した。

「……戦場で眠りこけるバカがどこにいる」

 中性的な顔に苦笑を浮かべ、叶は成長した教え子の詰めの甘さを嘆くふりをしながらも安堵した。

 夏とはいえ鬼無里は山奥で夜になれば気温も下がり、今のように妖蟲も出る。このままここで寝かせるわけにはいかないと思い、叶はトシの荷物を片付け始めた。

 握っていたエアガンを取り上げ、分解してジェラルミンケースに納める。自分の木刀と日本刀は竹刀袋に仕舞い、ケースの上に置いてあった財布とケータイをトシのジャージのポケットにねじ込む。

「おっと……ん?」

 折り畳みの財布がポケットから溢れて地面に落ち、開かれた財布から一枚の紙が覗いた。

 それは紙幣ではなく、もっと分厚い素材の紙、ポラロイド写真だった。

「これは……」

 財布と一緒に拾い上げると、写真には見知った顔が写っていた。

 長い黒髪の、整った顔立ちの女生徒。

 叶がボディーガードを務める、生徒会長の諏訪彩芽の写真だ。

 写真の中の彩芽はカメラの方を向いておらず、油断したように顔を綻ばせている。場所は生徒会室で、仕事の合間にお茶を飲んでいるところだろう。

「暗部の、盗撮写真か……」

 それは昼間に暗部の闇市を訪れた際、鎌倉と大地がプレハブの外に出た隙にトシがこっそりと購入したものだった。

 目黒と石崎は外の二人の様子を伺っていたので、トシが誰の写真を購入したのかまでは把握できていない。

 闇市にいた暗部とトシだけが知る、秘密の写真だった。

「よりにもよって私に露見するとはな……」

 ボディーガードである自分に彩芽の盗撮写真を見せてしまうトシの危機管理の甘さに呆れた叶だったが、写真を抜き取ったり処分したりすることなく、そっと財布の中に戻してやる。

 写真入りの財布をしっかりとトシのポケットに入れ、叶は大きくため息を吐いた。

「円堂が、お嬢様のことをね……。無謀とは言わんが、困難だぞ。少なくとも、私より強い者ではないとな」

 真意を悟らせない叶の言葉に、答えるものはいない。

 やりきれない感情を押し殺して寂しげな表情を浮かべる叶を、木々と星だけが見ていた。

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