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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編6 円堂悟史の修行記録其の三

 期末テスト最終日の放課後。テスト期間ということで休みになっていた修行を再開するとの連絡を受けたトシが裏山の広場に赴くと、まず小型のジェラルミンケースを叶に手渡された。

「開けてみろ。それがお前の異能具だ」

「いや、異能具って……」

 地面にケースを置いて言われるがままに開くと、そこには先日言われた通り『銃』が入っていた。

 光沢の無い漆黒の銃身を持つ、オートマチック式のハンドガン。触れてみると合成樹脂の質感であることが分かる。

 ケースには銃の他に、小型のガス缶と半透明のプラボトルに詰まったBB弾もある。無論、実弾などは入っていない。

「どう見てもエアガンじゃないすか⁉︎」

「当たり前だ。正規の霊官でもない未成年に、実弾銃など渡せるものか」

「いや、そりゃそうだけど……」

 叶の言い分はもっともだが、トシからすれば期待外れもいいとこだ。

 自分はこれから命がけの戦場に身を置く覚悟があるというのに、その命を繫ぎ止めるために渡されたのはエアガン一つ。

 ズッシリとした重厚感に、添えられたガス缶、スプリング式のオモチャとは比べ物にならない本格的な代物なのだろうが、それでも『武器』として扱うには、ネコメの爪や大地の牙と比べて明らかに心許ない。

「これサバゲーとかで使うやつでしょ? 異能具じゃなくてただの趣味の銃じゃないすか……」

 無遠慮にグリップを握ってみるが、やはりただのエアガンだ。シンプルなオートマチック拳銃で、本体は光沢の無い黒一色。ミリオタの気質が皆無なトシから見て、『映画とかでよく見るタイプの拳銃』以上の感想が出てこない。

 そもそも叶自身は刃を潰していない本物の日本刀を携えておきながら、トシに与えるのは町のミリタリーショップでも買えそうなエアガンとは、どういうつもりなのか。

「誰がただのエアガンだと言った?」

「ただのエアガンじゃないんですか⁉︎」

 自分が気付かなかっただけで、このエアガンには何かしらの異能が込められているのか、そう思ってトシは胸を躍らせたが、

「いや、ただのエアガンだ」

 帰ってきたのはそんな言葉だった。

「おちょくってんのかアンタ⁉︎」

「エアガンはただのエアガンだが、本命はこっちだ」

 言いながら含みを持った顔で叶が手に取ったのは、一緒にケースに入っていたBB弾のボトルだ。

 キャップを開けてジャラジャラと掌に出されたそれは、どう見ても普通のBB弾に見える。

 特徴といえばエアガン同様に黒く着色されていることくらいで、あとは何の変哲も無い。

「触ってみろ」

「って、それもどこにでもあるやつなんじゃ……」

 言われるがまま叶の掌から一つ取ってみる。すると、

「……熱ッ⁉︎」

 つまんだ指先に焼けるような痛みを感じ、即座にBB弾を取りこぼす。

 慌てて指をさすると、BB弾に触れたトシの親指と人差し指の腹は火傷でもしたように真っ赤に染まっていた。

「な、なんすかこれ⁉︎ 銀⁉︎」

「いや、生体分解プラスチックだ。長い時間をかけて土に吸収される、地球に優しい素材だ」

「俺に優しくない何かがありますよね⁉︎」

 触れるだけで火傷のような症状を引き起こすのは、大地に聞いていた異能混じりが銀に触れた症状に酷似している。

 しかしこのBB弾には光沢が無く、したがって金属である可能性は無い。

「このBB弾には、聖水を使った異能術が込められている。銀ほど強力ではないが、異能に対する有効な攻撃だ。触るときは必ず手袋をしろよ。ずっと触っていれば、異能混じりのお前では指先が無くなるぞ」

「怖っ‼︎」

 BB弾そのものではなく、そんなものを前情報を一切与えずにとりあえず触らせた叶の行動に戦慄したトシはヒリヒリする指先をもう片方の手で覆い隠す。

「そのへんの妖蟲なら一発、妖獣でも四、五発打ち込めば絶命するだろう」

「きょ、強力っすね……」

 ただのBB弾だと思っていたこの小さいプラスチックが、トシには実弾に匹敵する兵器に見えてきた。

「無論、異能生物や異能混じりにも有効だ。目などの粘膜に当てれば、最悪の場合死に至る。使い所を誤るなよ?」

「き、肝に銘じておきます……」

 冷や汗を流しながら頷くトシに、叶も満足したように頷いた。

「さて、実際に扱ってみないことには始まらん。試射してみろ」

 そう言って叶はビニール手袋をトシに差し出す。

 トシはミリオタではないが、このご時世アニメや映画などで銃を目にする機会はそれなりにある。細部までは分からないまでも、見よう見まねである程度は扱えるつもりだ。

 まず銃の側面にあるレバーを引いてマガジンを抜き、渡されたビニール手袋をはめてBB弾を詰める。万が一取りこぼしでもしたらまたあの灼熱の痛みを味わうのかと思うと、慎重な手つきになるのは自然なことだ。

 弾を込め終えた後はマガジンを本体に戻し、グリップの下にある注入口からガスを入れる。ここまではごく普通のエアガンの準備だ。

「で、何を撃ったらいいんすか? 普通に撃ったらただのエアガンですよね?」

「ああ、撃つのは、これだ」

 念のため銃口を地面に向けるトシに対し、叶はポケットから掌に収まるサイズの木片を取り出した。

「それ、手裏剣ですか?」

 尖った四枚の刃を持つ薄い木片は、アニメなどで目にする手裏剣の形をしていた。

「そうだ、竹製の手裏剣だ。これを投げるから、撃ち落としてみせろ」

 真剣な表情でそう答えた叶に、トシは思わず失笑する。

「いや、それじゃ普通のエアガンでいいじゃないですか? わざわざ異能の……」

「ハッ‼︎」

 言葉の途中で警告無しに投げられた手裏剣は、叶の手を離れた途端に、燃え上がる。

「いぃ⁉︎」

 突然目の前に迫った脅威に、トシは驚愕と同時に横っ飛びして地面に倒れ込む。

 一瞬前まで自分の頭があった場所を尾を引く火炎が通り過ぎ、一拍遅れた肌に感じる熱に戦慄した。

「何を避けている? 山火事にでもなったらどうするつもりだ?」

「避けなきゃ大火傷だったろ‼︎ いきなり何しやがんだあんた⁉︎」

 早鐘を打つ心臓を抑え、へたり込んだトシは冷や汗を流しながら叶に罵声を浴びせる。

「ここ何日かで分かったけど、バカだあんた‼︎ バカバカ、バーカッ‼︎」

「ハッ‼︎」

「ぎゃあぁ‼︎」

 問答無用で投げられる炎の手裏剣を、地面を転がりながら何とか避けるトシ。地面に刺さった手裏剣の炎は、周囲の草木に燃え移る前にそっと鎮火する。

「避けるなと言うのに。私の意思で消せるのは私が燃やした手裏剣の炎だけなんだ。燃え移った炎はもはや異能の炎ではないので、私もBB弾に込められた異能術でも消せないんだぞ?」

「それって、元が異能の炎でも、延焼したら支配下から外れるってことで……ぎゃあぁ⁉︎」

 叶の言葉を反芻する暇もなく投げ続けられる手裏剣に、トシは絶叫しながら逃げ惑う。

「構えろ。実戦で敵は待ってくれない」

「あんたいつか本気で殴るからな‼︎ 絶対だかんな‼︎」

 涙目になりながら銃を構え、向かってくる燃える手裏剣に向けて引き金を引く。

 セーフティーを外し忘れていたため、弾は出なかった。

「あぢぢぢぢっ‼︎」

 燃える手裏剣はトシの腕に当たり、着ていたポリエステル材質のジャージの袖を溶かす。

 カチャカチャと手探りでセーフティーを外し、次いで投擲された手裏剣に片目を瞑って狙いを定める。

「当たれっ‼︎」

 パァンッ、とガスの爆ぜる音が広場に響き、銃口からBB弾が飛び出す。発射されたBB弾が手裏剣の端を掠めるとたちどころに炎は霧散し、わずかに焦げた手裏剣がトシの胸にぽすんと当たった。

 ただの竹製の手裏剣に戻った木片を拾い上げ、満足そうに叶は頷く。

「ふむ、まあいいだろう。実戦で射程の短いハンドガンを使うなら、片目は瞑らなくていい。ましてやそれはエアガンだ、確実に当たる距離まで近寄らなければ意味がない」

 試射の名を借りたイジメを無かったことにするかのように淡々と説明を始める叶に、トシは胸を撫で下ろしながらも恨みがましい視線を向ける。

「手に持って燃やして、それを俺が近くから撃てば十分試せたんじゃないですかね? 投げる必要ありました?」

「一番重要なのは、当たる距離まで近づくことだ。そのためにはやはり『身体強化』の異能術を修め、敵の攻撃を掻い潜らなくてはならない」

「……はい」

 会話が無駄だと悟ったトシは、全てを諦めて頷いた。

「よし、では今日はもうエアガンを仕舞え。次にそれを持つのは、三時間の打ち込み回避が達成できた時だ」

 こうして再び、地獄の打ち込み稽古が始まる。

 目標の三時間を達成するのは、夏休み初日の補習後。

 その時には円堂悟史は、本人も気付かない内に、大神大地よりも強くなっていた。

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