夏休み編5 円堂悟史の修行記録其の二
一日目はひたすらボッコボコにされた。
二日目もひたすらボッコボコにされた。
三日目は全身打撲と打ち身と筋肉痛で動けなかったので休みにして貰えた。
素手ではむしろ加減が効かないということで、四日目からは竹刀による打ち込みに変わり、結局ボッコボコにされた。
竹刀による一撃目を避けられるようになるまで、五日かかった。
大地が退院し、奈雲の葬儀を終えた頃には、竹刀は素手に戻り、より叶が扱いやすい木刀に変わった。
肉体へのダメージ以上に、長時間異能を使い続けることによる脳へのダメージが深刻だった。この広場にいて思考を読む相手が叶一人でなければ、とっくにトシの脳は壊れていたであろう。
頭が割れそうな痛みを歯を食いしばって耐えながら、木刀の打ち込みを躱す。
「私やお嬢様のような『異能使い』は、大前提として身体能力が『異能混じり』よりも劣る。『異能混じり』は異能生物の身体能力を持つのだから、これは当然のことだ」
異能の知識を詰め込むための勉強は、座学ではなく打ち込みの最中に口頭で説明を受けた。
異能で相手の動きを読みながら、耳で聞いた知識を刷り込む。脳を並列に使う訓練らしい。
「それがなぜ私は大神よりも速く動けるのか、それは単純に、私は異能術で身体能力を上げているからだ」
説明の言葉の通り、叶は速かった。
極限まで異能を付与され、姿形すらも異能生物に成り果てたあの時の奈雲よりも、さらに上を行くスピードだ。
体を鍛えてどうにかなる次元ではないことは、異能初心者のトシから見ても明白だった。
「前線に出る『異能使い』は大きく二分化される。お嬢様のように後方から大きな異能術を撃つタイプか、私のように身体能力を上げて最前線で小さな異能術を交えて斬り合うタイプだ。お前はテレビゲームはやるか?」
「人並み以上には、やる方です‼︎」
「ならば簡単だ。『異能混じり』は獣人の戦闘職、『異能使い』は人間の魔法使いか魔法剣士に当たる。お嬢様のようなタイプが魔法使いで、私は魔法剣士だ」
「分かり易いッス‼︎」
「お前は『獣人の魔法剣士』を目指せ。ここまで理解できたか?」
「……スンマセン、避けるのに精一杯で、覚えたそばから忘れてます‼︎」
ガスンッ‼︎
素直に答えたトシのみぞおちに木刀が突き刺さる。
「理解できるまで頭の中で反復しろ。お前が目指すべきところはこのはるか先にある」
「お……押忍……」
結局打ち込みながらの口頭説明だけでは全く理解が足らず、数日してからまとめて勉強することになった。
「異能の資質とは、体の中にある目に見えない『器』のようなものだ。その『器』が『異能』という液体で満たされることにより、異能者は生まれる」
「液体、ですか……」
「そうだ。異能術を扱う『異能使い』は、『器』を人為的に異能術というワインで満たす。対して、『器』が異能の残滓という水で自然に満ちたのが『異能混じり』だ」
「なんでワインとか水?」
叶の微妙な言い回しの違いに違和感を覚えたトシは、ノートにグラスの絵を描きながら疑問を投げかける。
「異能術は長い年月をかけて精度や威力、効率を研鑽されてきた、技術の産物だ。人間がより安価で美味いもの作り続けてきた酒と似通うところがあるから、そう例えただけだ」
「なるほど……」
叶の返答に得心しながら、トシはグラスの絵の下に『異能使い』と書き足し、グラスの中を赤ペンで色付けする。
「雪村先輩みたいな、半異能っていうのは?」
「『半異能』とは、この例えでいうなら器が先天的に満たされている者だ。遺伝された異能は上書きすることも上乗せすることもできない、いわば『封をされた瓶だな」
言いながら叶はトシのノートに瓶の絵を描き加える。無駄に写実的な絵だ。
「この絵から分かる通り、基本的に『異能混じり』と『半異能』は相性が悪くて異能術を扱えない。違う液体で満たされている器にワインを混ぜたら、それはもう水でもワインでもなくなるからな。それにそもそも異能術とは、異能を持たない普通の人間が、異能に対抗するために生まれた技術でもある」
「ん? それじゃあ、俺はどうやって『獣人の魔法剣士』になるんですか?」
叶の説明通りなら、異能混じりであるトシは異能術を使えない。それは打ち込みの最中に説明されたトシの目指すものとは矛盾してしまう。
「その通りだ。しかし、例えはあくまでも例え。異能混じりと異能術は相性が悪いが、互いに干渉しない範囲の小さい規模の異能術なら習得は可能だ」
そう言って叶はノートに別の大きなグラスの絵を描き、四色ボールペンを使って青と緑でそれを塗る。二色の間には空白があり、これが干渉しないことを表しているのだろう。
「『器』の大きさ、異能の許容量には個人差があるが、幸いお前の『器』は、かなり大きい。サトリという水である程度容量が埋まっているが、小規模な異能術なら二つ、或いは三つは習得が可能だ」
「なるほど……」
叶の説明を受けながら、トシの頭の中にはゲームのステータス画面のようなものが浮かんだ。
自分の魔法許容スロットには空きがあり、そこにいくつかの魔法を習得させて容量を満たす。ただし他のキャラクターとは違い、自分のスロットはすでに半分程が埋まっており、またそのせいで他の魔法を習得するコストも高い。そんな感じなのだろう。
「俺は、どんな異能術が覚えられますかね?」
トシはゲームを嗜む者として、このステータスの振り分けが今後の自分の明暗を分ける重大事項であることは容易に想像ができた。
何しろこのステ振りは振り直し不可、リセット不可のクソゲー仕様で、当然『二周目は強くてニューゲーム』なんてこともありはしない。
少ない容量を満たす異能術は、少しでも今後の自分にとって有益なものを、自分が最も有効に活用できるものを選ぶ。そのために自分より遥かに格上の叶に助言を乞うのは当然のことだ。
「最優先で習得すべきは、無論『身体能力向上』の異能術だ。異能術には特に決まった名前は無く、皆勝手に呼んでいるから、シンプルに『肉体強化』でいいだろう」
「名前がないんなら、『悟史フェニックスフォーム』って呼ぶのも俺の勝手ですよね?」
「構わんが、その名を戦場で一々口にするような輩は、不死鳥の名を冠している割にすぐ死ぬと思うぞ」
「……やめときます」
霊官は安易に死を口にしない。それを聞かされていたトシは、叶の発言がただの冗談や脅しではないことを理解した。
ふざけていると死ぬ。言外にそう伝えてくれているのだ。
「『肉体強化』と、あとは戦闘手段だな。異能具を持つのも手段の一つだが、武術の心得や、武器の扱いで自信のあるものはないか?」
「生憎と格闘技は習ったこともないっすね。選択授業で柔道やったくらいで。強いて言えば……」
「バスケか?」
「……はい」
トシが自信を持てるものといえば、バスケットボールを置いて他にない。
真摯に打ち込み、青春を捧げてきたスポーツ。
だからこそ、それを異能に用いることには抵抗があった。
霊官として戦いの中に身を投じれば、異能生物はもちろん、以前のように人間の異能者と戦い、殺し合うことにも繋がる。
バスケットボールで培った技術で人を傷つけることは、自分が大好きなバスケットボールに対して不誠実だと感じてしまったのだ。
「……まあ、バスケの経験はフィジカルの基盤になってくれていると考えるべきだな。戦闘行為に役立つものではあるまい」
そんなトシの苦悩を感じ取ったのか、叶はそれ以上のことを言わなかった。
「しかし、ボール……。いや、『弾』か……」
「先輩?」
言及を止め、思案するように顎に手を当てて、叶は何やらブツブツと呟き出す。
しばらくしてトシに向き直ると、その顔には妙案の浮かんだ笑みがあった。
「そうだな、お前の異能具、戦闘手段は『銃』だ。円堂」




