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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編4 円堂悟史の修行記録其の一

 鎌倉、目黒、石崎による暗部の闇市ツアーを終えた後、みんなと別れたトシは森の中で汗を流していた。

 場所は異能専科鬼無里校の裏山。森林の中にぽつんと空いた広場のような平地だ。

 整備されていない荒れた地面を蹴り、縦横無尽に振るわれる木刀を回避していく。

「よし、スピードを上げるぞ」

「押忍ッ‼︎」

 トシに向けて木刀を振るうのは、生徒会副会長の烏丸叶。荒い呼吸でギリギリの回避を繰り返すトシとは対照的に、こちらは汗一つかいていない。

 先の宣言通り振るわれる木刀は速度を増したが、目が慣れてきたのかトシの回避にも余裕ができ始める。

「もう一段、ギア上げられますよっ‼︎」

 虚栄の笑みを浮かべるトシに対し、叶も応えるように口角を上げる。

「よく言ったな‼︎」

 短い会話を契機に更に速度を上げる木刀は、もはや常人の目で追うことは敵わないほどに速い。

 少し離れて状況を観察すれば、木刀を握る叶の右腕が肩先から消えているようにさえ見えるだろう。

 紙一重の回避は、やがてトシの体力の消耗と共に精度を欠き、身に纏うジャージのたわみや髪の毛の先を掠めるほどに迫ってきていた。

 体力の限界が近いことを察していたトシに、叶が木刀を上段に構える。

 横に避ければ容易く回避できる一撃だが、長時間酷使された足は今にも膝を折りそうなほど消耗している。

 振り下ろされる斬撃を気力を振り絞って仰け反るように避けると、直後、振り切られたはずの切っ先がトシの胸部を捉えた。

「がぁッ⁉︎」

 突き立てられた痛みは胸部から背中に抜け、気力だけで保っていたトシの体から最後の力を奪う。

「はぁ……はぁ……はぁ……‼︎」

 仰向けに地面に寝転び、夕焼けに染まる森の木々を見上げるトシ。

 汗でベタついた顔や腕に砂がこびり付くが、今はそれをはたき落とす力も残っていない。

「避けたと思った瞬間に油断したな。大振りは避けさせるために放ったというのが読めなかったか?」

「……読めた……瞬間、に……吹っ飛ばされ……ましたよ……」

 荒い呼吸を整えながら汗が目に入らないように腕で額を拭う。顔と腕の両方から、砂の擦れる音がした。

「あーもう、フェイントとか、ずりい……」

 先程の一撃、振り下ろされた木刀が途中で動きを変えて胸部への突きになった一連の動きを思い出し、トシの口から恨み言が漏れる。

 木刀の峰を肩に乗せ、叶は嘆息の声を吐き出す。

「命懸けの実戦の中で敵のフェイントで殺されて、それでもお前は『ずるい』などとのたまうのか?油断しなければ負けなかった、と生き返ってもう一回戦うのか?」

「……スンマセン」

 辛辣な叶の苦言に、トシはあっさり降伏して両手を地面に投げ出した。

 大の字で横たわるトシを見下ろしながら、叶はポケットからストップウォッチを取り出してセットしていたタイマーを確認する。

「ふむ、それでも大分長くなったな。三時間を超えたぞ」

「マジっすか⁉︎」

 朗報を耳にしたトシはバッと跳ね起き、汗と砂に汚れた顔を輝かせた。

 叶が肯首するとたちまち達成感が疲労を上回り、両手をグッと握って喜びに打ちひしがれる。

 それもそのはず、大地と三馬鹿と別れてこの場所に来てから実に三時間、トシは一瞬の休息も無く、叶の木刀を避け続けていたのだから。


 ・・・


 東雲奈雲の葬儀から数日、期末テストを目前に控えた七月の初週に、トシは初めてこの森林の広場に呼び出された。

 広場で待っていた叶の指導のもと、異能者としてのレベルアップを図るため。

 つまり、修行である。

「円堂、お前はまず自分の課題を理解しなければならない」

 叶の指示でジャージに着替えたトシは、神妙な面持ちで頷く。

 叶は半袖のワイシャツのボタンを一つ外し、二メートルほどの間隔を空けてトシと対峙した。

「サトリは相手の思考を読む強力な異能、霊官でも重宝される力だ。ただ戦うだけが霊官の仕事ではないし、今のままでもお前は現場以外では優遇されるだろう」

 叶はそこで一旦言葉を切り、鋭い眼差しでトシの姿を見据える。

「しかし、大神は間違いなく現場に配属されることになる。ウェアウルフの能力は索敵と戦闘に特化しているからな。大神と肩を並べたいと言うのなら、現場に耐えうる戦闘力を身につけるしかない」

 不敵に笑う叶に、トシは大きく頷いた。

 トシの望み。霊官になって、大地と肩を並べて進むこと。

 そのためには力がいる。

 強力だ、便利だ、優秀だと持て囃されるだけではない、純粋な戦闘力が。

「さて、まずはお前の課題だが、何が足りていないと思う?」

「思考が読めても、それをすぐに行動に移さないと意味がない。ただ思考が読めるだけじゃ戦場では動きが遅すぎる。そんなとこですかね?」

 自己分析の末に出した結論を言ってみると、叶は一瞬だけ黙ってから小さく頷く。

「うむ、やはり口で言うよりも体感した方が早いな。イヤリングを外して構えろ円堂」

「え? いや、的外れなこと言いました?」

 そんなにおかしなことを言っただろうか、と戸惑いながらも、トシは言われた通りに外した二つのイヤリングをポケットに仕舞う。

 そして構えながら、流れ込んでくる叶の思考にキナ臭いものを感じた。

「今からお前を『右ストレートでぶっとばす』と思いながら右ストレートでぶっとばす。避けてみろ」

「ちょっと待った‼︎ それ知ってる‼︎ 俺オチまでそれ知ってる‼︎」

 突然の叶の申し出にトシは一気に逃げ腰になった。

 それもそのはず、このとき流れてきた叶の思考は、

(右ストレートでぶっとばす右ストレートでぶっとばす真っすぐいってぶっとばす真っすぐいってぶっとばす右ストレートでぶっとばす真っすぐいってぶっとばす)

 これである。

「いくぞっ‼︎」

「ッ⁉︎」

 短い宣告と同時に叶の体が見えなくなり、顔面に右ストレートのクリーンヒットを受けたトシは文字通りぶっとばされた。

 空を仰ぎながら溢れる鼻血の温度を顔に感じていると、叶が空を遮ってトシを見下ろしてくる。

「とまあこのように、思考が読めてもそれをすぐに行動に移さなければ意味がない。ただ思考が読めるだけでは戦場では遅すぎる」

「それ全部言いましたよね俺⁉︎」

 理不尽極まる叶の暴力を受け、トシは泣きたくなった。

「許せ。これは絶対にやっておけと、お嬢様に仰せつかっているんだ」

「あの人はも〜ッ‼︎」

 肩をすくめる叶の言葉に、紅茶を飲みながら酷薄な笑みを浮かべる彩芽の顔が脳裏に浮かんだトシだった。

「だったら諏訪先輩に直接やって欲しかったですよ‼︎ 俺男に殴られて悦ぶ趣味ないんで‼︎」

「……お嬢様に劣情を込めた言葉を向けるな。殺すぞ?」

 やれやれ、といった表情を一変させ、叶はトシの胸ぐらを掴んで脅しをかける。

「ッ⁉︎」

 世の不条理を体感して立ち上がる気力さえも削がれたトシを放置し、叶は持ち込んだ木刀で何やら地面をガリガリしだす。

 何をしているのかと視線を巡らすと、土がむき出しの地面には直径一メートルほどの円が描かれていた。

「なんすかそれ?」

「お前の課題をクリアするためのステージだ。この円から一歩も出ずに、今のような攻撃を全て避けられるようになれ」

 トシの問いに木刀で円の中央を示しながら答え、叶はポケットからストップウォッチを取り出した。

「時間は、そうだな。まずは軽く三時間といったところか」

「…………はい?」

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