表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
107/246

夏休み編3 闇市

 プレハブ小屋があるのは、トンネル以外の三方を山の傾斜に囲まれた冗談みたいな立地だった。

 元々四方を山に囲まれたすり鉢状の地形の底に広場があり、その山の一つにトンネルを掘ったような形に見える。

「これならトンネルを通らないとここには来れなさそうだな……」

 呟きながら上を見上げると、山の頂上は昼過ぎだというのに霞がかかっていて様子が伺えない。車どころかヘリで上から来るのも難しそうに思えるし、生身の人間なら論外だ。

「客のプライバシーのために、先客が居ればここには来れない。今プレハブの中には暗部の奴しかいないはずだぜ」

 そう言って鎌倉たちは慣れた足取りでプレハブに向かって歩き出し、俺たちもそれに続く。

 プレハブは工事現場などでよく見かけるありふれたもので、窓には黒いビニールのようなものが貼られていて中を伺うことはできない。

 周りには雑草が伸び放題で、落石っぽい石もそこら中に転がっている。

 一見して人が使っている様子はないが、本当にあの中に暗部とやらがいるのだろうか。

「チィース」

 鎌倉が躊躇わずプレハブの引き戸を開けると、中は真っ暗だった。

 外から見た通りの六畳ほどの横長のスペースを、どこからか持ってこられた長机が中央で仕切っている。

 長机の上には使い込まれたタブレット端末が置かれ、それだけが暗い小屋の中でボンヤリと明かりを灯している。

 仕切りの奥には商品が入っているらしい折畳みコンテナが無造作に積まれ、その前に椅子に腰掛ける影が一つ。

(匂いが、しない……⁉︎)

 目の当たりにして気付いたが、その人物からは一切の匂いが感じられなかった。

 暗部の人間と思しきそいつは頭からすっぽりと長いローブを被っており、顔には白地に笑みを浮かべる仮面を被っている。

 訝しみながらイヤリングを一つ外すトシに目配せすると、渋い顔をしながらゆっくりと首を振った。

(サトリの読心もできない、か……)

 まさかとは思ったが、あのローブと仮面は、恐らく異能具。

 異能による干渉をシャットアウトするとか、そんな感じの能力があるのだろう。

 あの時大日本帝国異能軍の連中が使っていたものと、同種のものだと思われる。

「……いらっしゃい」

 暗部の人間がそう呟き、そっと立ってローブの裾を引きずりながら長机の前に歩み出る。

 ぶかぶかのローブのせいで体格も分からないし、プレハブの中にも幻覚が効いているのか距離感もあやふやだ。

 ゆっくりとタブレット端末に伸ばす手には白い手袋が着けられており、ここからも匂いは感じない。

「何が欲しい?」

 タブレットを差し出しながら問い掛けられる声は、仮面を付けていることとは無関係に聞き取りづらい。声や体格、一見して得られる情報を全て加味しても、男か女かさえも分からない。

(徹底した秘密主義って訳か……)

 抑揚の無い喋り方からも、意図的に自身のことを秘しているのが伝わってくる。

 もしあの人物が顔見知りだったとしても、恐らく俺は気付けないだろう。

「これで欲しいもん探すんだよ」

 長机に手をついてタブレットを示す鎌倉の言葉に従って土足のままプレハブに足を踏み入れる。

 画面を覗き込むと、そこには様々な項目があった。

 喫煙具、酒、アダルト、雑誌、異能具、生写真。

「この生写真ってなんだ?」

 俺が問いかけると、暗部の人間は質問に答えずに首を傾げた。

「初めてか?」

「あ、ああ……」

 ぎこちなく頷くと、暗部は「先にこっちを読め」とタブレットを操作して画面を変えた。どうやら免責事項のようなものらしい。

「闇市内で起こったことは他言しない、闇市で買った物を転売しない、没収されても闇市で買ったことを言わない……」

 様々な項目があるが、要は何があっても暗部は知らぬ存ぜぬを通すってのが主な内容らしい。

「この『闇市で不当な行いをした場合は相応の覚悟をすること』ってのは?」

 横からタブレットを覗き込むトシの言った項目は、事項の最後の段に赤文字で書かれている。特に注意すべき点ってことかな。

 暗部の人間は両手を広げ、誇示するようにトシの質問に答える。

「この通り、闇市は基本的に一人でやっている。異能を使って実力行使されれば、強盗でもなんでもやられる。でもその場合、学校中の暗部を敵に回すことになる」

「な、なるほどね……」

 霊官を含む暗部が全員敵となれば、この学校に安息の地はなくなる。

 極端な話、寝起きを共にしているルームメイトが暗部の可能性だってあるのだから。

「まあ、普通に買い物する分にはお客だ。好きなもの見ていけ。相場よりは高いがな」

 そう言って暗部の人は画面を元の目録に戻す。

 何の気なしにタバコの項目をタップして商品一覧を見ると、確かに高い。

 学校内で手に入らないものを扱っているのだから当然と言えば当然なのだが、それにしても軒並み一般的な値段の倍近い。ぼったくりもいいとこだ。

「お前は、生写真が気になるんだったな。初めての割には目の付け所がいい」

 仮面の奥で、暗部が下卑た笑みを浮かべた気がした。

 促されるままに生写真の項目をタップすると、中等部一年から高等部三年までの六つの項目があり、俺は自分の所属している高等部一年の欄を見てみる。

 すると、

「な、なんだこれ⁉︎」

 その画面にはクラス、出席番号順に名前の表記と証明写真のようなものが貼られていた。軒並み、女生徒の物ばかりが。

 まさかと思って画面をスクロールすると、猫柳瞳、東雲八雲といった見知った名前も発見する。

 ニヤける三馬鹿を視界の端に捉えながらネコメの顔写真をタップすると、『サンプル』という文字が斜めに重ねられたネコメの写真が画面いっぱいに表示された。

 写真は体操服のものや、階段の下から下着が見えるか見えないかのギリギリのラインを撮ったと思われるものなどで、ネコメの視線はどの写真でもカメラの方を向いていない。つまり、

「盗撮写真じゃねえか⁉︎」

「そうだよ。お前も好きだよな、大神〜」

 ニヤケながら首に回される目黒の腕を捻り上げ、噛み付くような勢いで暗部のヤツに詰め寄る。

「お前、これ、こんなもんで商売してんのか⁉︎」

「高いと言いたいのか? 猫柳瞳は人気があるから、ある程度高くてもどんどん売れる」

「そういうことじゃねえ‼︎」

 どこか誇らしげな暗部の言葉に、俺は頭を抱えたくなった。

 写真の下には値段も表示されているのだが、確かにネコメの写真はどれも田舎の高校生のお小遣いでは躊躇ってしまうほどの高額だ。

 国家機関の一部である異能専科で盗撮写真が、しかもこんな法外な値段で出回っているなど、考えてもみなかった。

「じゃあ写真の内容がヌルいとでも言いたいのか? もっと過激なやつもあるぞ」

「無くていいよ‼︎」

 そんな写真見せられたらネコメに申し訳ない。

 確かにパンチラくらいは拝ませてもらったことはあるが、あれはあくまで本人を目の前にしての話だ。

 ネコメ自身の与り知らないところでそういうモノを見てしまうのは、流石に良心が咎める。

「写真くらいいいじゃねえかよ。別に減るもんじゃないし」

 開き直ったような鎌倉の言葉に、俺はスッと目を細めて小声で耳打ちする。

「……里立の写真もあるみたいだな」

 証明写真のページに戻って画面をスクロールしてやると、分かり易く鎌倉が狼狽した。

「なっ⁉︎」

「減るもんじゃないし、買っちゃおうかな?」

「て、テメェ、何言って……⁉︎」

 狼狽える鎌倉だが、目黒、石崎、トシの顔を順に見渡し、慌てて俺の腕を掴む。

「ちょっと来い‼︎」

 腕を引きずられながらプレハブの外に出され、声やトシの読心が届かないようにトンネルの前まで移動してから鎌倉はようやくこちらを向いた。耳まで真っ赤にした、茹でダコのような顔で。

「大神、テメェ、いつから気付いてやがった⁉︎」

「ウェアウルフの嗅覚ナメんな。すぐに気付いたに決まってんだろ。なあリル」

 同意を求めると、リルはつまらなそうにあくびをしながら『うん、匂いですぐ分かった』と言って後ろ脚で耳の裏を掻く。

「嗅覚……?」

 ホントに分かってなかったのか。あんなにプンプン匂わせておいて隠すつもりがあるのか疑問だったが、匂いが分かる俺たちじゃなきゃ気付けないものだったんだな。

 里立と鎌倉が付き合ってること。

 秘密にしていたことがバレて動揺する鎌倉に、俺は手を突き出して説明してやることにした。

「手ェ握っただけでも匂いで分かる。くっついたりしたら尚更な。汗の分泌量、汗腺の数は人によっても場所によっても違うから、どこにどう触ったかだって分かるし……」

「ヤメロー‼︎」

 懇切丁寧に説明してやると、鎌倉は顔から火が出そうなほど赤面して目つきの悪さを増しながら激昂。こいつからかうと面白いな。

「具体的な時期で言うなら、期末テストの前くらいだろ? 勉強教えてもらって仲が発展なんて、青春ドラマじゃあるまいし……」

「よせ、もうやめろ‼︎」

「クラス委員長と不良生徒なんて、ベタ過ぎて逆に新しいよな。お前も里立のおかげで更生し始めてるみたいだし……」

「やめやがれっ‼︎ やめて下さいこの野郎ッ‼︎」

「普段何て呼んでんだ? この間『四季』って言いかけたよな?」

「…………殺すッ‼︎」

 涙目になりながら怒りでプルプル震える鎌倉にニヤけ顔を向け、俺は潮時を察してひらひらと手を振る。この辺にしとかないと異能使われそうだからな。

「安心しろ、誰にも言わねえよ。さっきの感じだと、目黒や石崎にもまだ言ってないんだろ?」

 異能で暴いた関係性を流布するなんて趣味が悪いし、鎌倉一人ならともかく里立にまで迷惑がかかってしまうのは良くない。

 たまにコイツをからかう材料にさせて貰えれば十分だ。

「……あいつらには、その内ちゃんと自分で話すよ。でも、俺たちが付き合い始めたせいで、二人が俺に遠慮しちまうのとかは嫌なんだよ」

 バツが悪そうに顔を背けながら、鎌倉はそんなことを言った。

「ああ、なるほどな……」

 確かにあの二人は、自分たちが鎌倉と連むことよりも付き合いたての二人の時間を優先しそうだ。

 付き合ったばかりで二人で過ごす時間が欲しいのは当たり前のことだが、それと同じくらい目黒たちに気を回されたくない気持ちもあるのだろう。

 俺にも似たような経験があるから、鎌倉の気持ちは理解できるつもりだ。

 もっとも、俺の場合は好ましい結末を迎えることはできなかったがな。

「……約束するよ。絶対ぇ言わねえから」

「大神……」

 鎌倉は安堵したように肩から力を抜いた。

 こういうところがあるから、俺は三馬鹿のことを嫌いになれない。

 最初になんの関係も持たなければあんな風に敵対することは無かったのかもしれないが、敵対し合ったからこそこうして悪友のような関係になれたのかとも思える。

 俺の気分で三馬鹿の関係に溝ができるのは嫌だし、鎌倉が自分で話すまでこの秘密は俺の中に仕舞っておこう。

「あ、一つ言っとくけど……」

「なんだよ?」

 ただ、からかうネタにはさせて貰うがな。

「避妊はキチンとしろよ。お互いまだ学生なんだからな」

「テキトーぶっこいてんじゃねえぞテメェ⁉︎」

 肉体関係どころかキスもまだだということは分かっているが、このくらいのハラスメントは大目に見て欲しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ