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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
夏休み編
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夏休み編 プロローグ


「待っち遠しいのはっ〜」

 七月第三週。

 クーラー要らずの涼しい鬼無里の気候を物語るような木漏れ日が、カーテンの隙間から寮の部屋に差し込む。

 朝の静寂を土足で踏み荒すようなリズムに苛立ち、俺は不機嫌に目を開ける。

「夏休〜みっ‼」

「うるせえっ‼」

 愉快そうにヘタクソな歌を歌うトシに、全力で枕を投げつける。

「おっと! ははは、せっかちさんな大地よ、枕投げは旅行まで取っておこうじゃないか?」

 アメリカのドラマのように芝居掛かった動きで肩をすくめるトシにさらに苛立ち、俺は布団の上であくびをするリルに呼びかける。

「……リル、あのバカ噛め」

『オウ』

 俺と同じようにヘタクソな歌で起こされて機嫌の悪いリルは、短い命令にコクリと頷いてベッドから飛び降りた。

「うぁっ⁉ バカバカ、やめろ‼」

『グルルルルルッ‼』

 唸り声を上げながら牙を剥くリルと怯えて逃げ惑うトシの姿を二段ベッドの上段から俯瞰し、俺は重い溜め息を吐く。

 昨日の終業式から開けて、今日から異能専科は夏休み。

 しかし、俺の夏休みはまだ始まらない。

 今日から一週間、補習である。


 ・・・


 朝食の為に寮の食堂に赴くと、人の姿はまばらだった。

 それも当然、ほとんどの生徒は昨日のうちに実家に帰っており、今日も寮にいるのは交通機関の混雑を嫌った者や、霊官の仕事などのやり残しがある者、そして俺たちのような補習組だけである。

 学校に行く用事のない者、補習ではないので時間に余裕のある者は当然制服ではなく部屋着姿なので、この時間に制服を着て食堂にいる者は『私補習なんです』と言って歩いているようなものだ。

「いやー、ガラガラで座りやすいね」

「笑い事じゃねえけどな」

 何でコイツは夏休みにケチがついたというのにこんなににこやかなのだろうか?

「そういやトシ、親父さんたちには連絡したのか?」

「ああ、補習で帰るの伸びるって言ったら、スッゲーどうでも良さそうだった。大地は?」

「親父からいつ帰ってくるのかってメール来てたな……」

 補習で夏休み削れたなんて言ったら、また皮肉の一つでも言われそうだ。適当に誤魔化そう。

「……それにしても暑くないか?」

「ん? ああ、言われてみれば……」

 朝食を食べていると、汗が噴き出してくる。

 味噌汁を啜るのが億劫に感じるくらいには、食堂内の気温が高い。

「あ、そういやクーラーついてねえんじゃねえか?」

「ああ……窓がまだアレだったな……」

 チラリと横目で食堂の端を伺うと、そこには壊れたまま放置されている吹き曝しの窓があった。

「早く直せよな。虫入ってくるだろ」

「昨夜妖蟲が入ってきてたらしいぞ」

「尚更早く直せよっ‼」

 この窓は先日の事件で、鬼の襲撃があった時に破壊されたものだ。

 欠けていたガラスや窓枠などは撤去されているが、新しい窓が取り付けられることはなくそのままになっている。

 いくら鬼無里が涼しいとはいえ、燦々と降り注ぐ朝の日差しに晒されていては温度は上がる一方だが、この少人数の為に税金で賄われている電気代を使う気は無いってことだろう。

「夏休み中には直すんじゃねえかな」

「一週間クーラー無しで飯か……」

 冷たいもの選んで食べるかな。そうめんとか。

 これからの補習に陰鬱としながらそんな話をしていると、トレーを持った見知った顔の二人が私服姿でやってきた。

「お、ネコメちゃん、八雲ちゃん」

「大地君、悟史君、おはようございます」

「おはよ……って、八雲は何してんだ?」

 八雲は片手で朝食の乗ったトレーを持ち、もう片方の手をネコメに伸ばしてはその手を叩き落とされている。

 半ベソで「ネコメちゃ〜ん」と縋り付いているが、当のネコメはぷいっとそっぽを向いてしまう。

「知りません。こんな人」

 ネコメは珍しく、随分と不機嫌そうだ。

 スキンシップの拒否に、この雰囲気。ケンカでもしたのか?

「何やらかしたんだよ、八雲ちゃん?」

「あれれー? あたしが悪いこと前提?」

 心外だとばかりに目を細める八雲だが、そこは俺も同感だ。きっと八雲が何かしてネコメを怒らせたんだろう。

「ひどいよー。ちょっとスキンシップしただけなのに」

「どこがちょっとですか⁉ 本当に苦しかったんですからね‼」

 スキンシップ? 苦しかった?

「汗でベタベタになったせいで朝からシャワーを浴びることになってしまいましたし……。そりゃ八雲ちゃんは気分よかったかもしれませんけど、私にだってああいうことは断る権利があると思います」

「合意の上みたいなものじゃん〜」

「ね、寝ている間にお布団の中に入ってきてたクセに、どこが合意の上なんですか⁉」

 布団⁉ 寝ている間に⁉

 見ればネコメの頰はほんのりと赤く染まっていて、八雲は何だか肌ツヤがいい。

 そして何より二人の体からは、シャワーで落としきれていないほどにお互いの匂いが濃厚に香ってきている。

「ふ、二人とも、朝からなにを……?」

「やめろトシ、詮索するな。恋愛とは自由であるべきだ」

「勘違いしていますっ‼」

 顔を真っ赤にしながら俺たちの考えを否定し、ネコメは乱暴な動作でトレーをテーブルに置いた。

「で、実際何したんだ?」

 ネコメがここまで怒るなんて、何をしたのか想像つかない。

「えっとね、ネコメちゃんって、冷房苦手なんだよ」

「何だよ、藪から棒に……」

 冷房つけっぱなしにしてて怒ったってことか?

 それにしては機嫌悪くなり過ぎだと思うが。

「昨夜二人でスマブラやってたんだけど、二時くらいにネコメちゃんが先に寝ちゃったんだよ。その後一人で朝までモンハンやってたんだけど……」

「いや、寝ろよお前も」

 夏休み初日から徹夜でアクションゲームとか、休みをエンジョイし過ぎだろう。

「ゲームの音がうるさかったって話?」

「いえ、私が寝たらヘッドフォンをすると約束してくれているので、それは大丈夫なんですけど……」

「日が昇ってきてシャワー浴びようとしたら、ネコメちゃんがベッドでスヤスヤ寝てるじゃん?」

「そりゃまあ、そうだろ」

「可愛かったから、ベッドに入って抱きしめながら添い寝したの」

「暑苦しっ‼」

 夏真っ盛りなこの時期に添い寝とか、寝苦しくて敵わないだろう。

 しかもさっきの口ぶりからすると、クーラーはつけてなかったのだろうな。そもそも鬼無里は普通にしている分には涼しいくらいの気候なんだから。

「で、一時間くらいしたら暑くなっちゃって起きて、シャワー浴びに行ったの」

「ネコメ放っといて⁉」

 八雲は「うん」と頷く。そりゃ怒るよ。

「起きたら熱中症寸前でしたよ。砂漠で彷徨う夢を見て起きました……」

「……それもうニホンミツバチが巣に入ってきたスズメバチ殺すときのやつだぞ」

「しかも八雲ちゃん、私のアイスを食べてしまったんですっ‼ 暑くて目が覚めて冷凍庫を開けたら、代わりに百円玉が置いてあったんですよ⁉」

 酷えなそりゃ。

「代わりのアイス奢るから、許してよ〜」

「そんなので許しません」

「じゃあコールドストーン‼」

「っ⁉」

 八雲の提示した高級アイスに、ネコメがピクンと反応する。

「あ、あまり怒るのも大人気ないですよね……」

 ネコメ、あっさり陥落。結局一番のお怒りポイントはアイスのくだりじゃねえか。

「……夏休みって感じだな」

「しみじみ言ってるとこ悪いけど、俺たちの夏休みはまだ始まってないからな」

 そんなに夏休みって感じでもないしな。こんな話。



世間は冬休みを目前に控えた頃ですが、本作はこれから夏休みに入ります。

季節感を忘れてお楽しみください。

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