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異能専科の猫妖精(ケット・シー)  作者: 風見真中
贖罪編
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贖罪編 エピローグ


 時は遡り、事件の翌日。

 未だ目覚めない大地と違って入院することもなかった円堂悟史は、ネコメにエレベーターを動かしてもらい、放課後の生徒会室を訪れていた。

「どうしたの、二人とも?」

 事件の事後処理の仕事をしていた諏訪彩芽は、書類から顔を上げて入室してきた二人に視線を向ける。

「会長、悟史君が用があると……」

「何の用? 悪いけど忙しいの。たいした用じゃないなら……」

 後にして、と言う言葉を彩芽が言い終える前に、悟史は床に両手をついて頭を下げた。いわゆる土下座だ。

 突然の行為に隣にいたネコメが驚愕し、彩芽は嘆息気味に書類を机の上に置いた。

「……何のつもり?」

「俺を、強くしてくださいっ‼」

 悟史は床に額を擦り付け、そう言った。

「俺は……俺は今回、何にもできなかった。みんなの足引っ張るだけで、何の役にも立たなかったっ‼ もう嫌なんすよ、あんな惨めな思いするのはっ‼」

「…………」

「悟史君……」

 大地以上に、悟史は無力を痛感していた。

 戦闘に向かない異能である自分だったが、それでも戦場に赴けば何かできると思っていた。

 大地達の役に立つと思っていた。

 しかし結果は、無様の一言に尽きる。

 敵の一人も倒せず、誰かを救うこともできなかった。

 診療所の外で待機していたときにキョンシーに襲われれば、ネコメの後ろに逃げることしかできなかった。

 大地の横に並ぶためにルールを破ったというのに、いざ戦場に赴けば後ろで見ていることしかできなかった。

 見るも無残な空回り。滑稽とはこのことだ。

「……私は言ったわよね、覚悟はあるかって」

「…………」

 確かに言われた。

 この生徒会室で、霊官になりたいと啖呵を切ったときに、死ぬ覚悟はあるのかと。

 そんなものはないと言った。

 でも、死なない覚悟はあると。

「無謀な戦いについて行って、誰かの後ろで震えていることが、あんたの言う『死なない覚悟』なの?」

「ッ‼」

 冷徹に言い放つ彩芽は、車椅子の車輪を回して悟史の前に移動する。

「霊官は遊びじゃない。かといって、単に『仕事』でもない。言うなれば、生きる道よ」

 生きる道。言い換えれば、人生。

 一生を異能と共に生き抜くことが、霊官を目指すということ。

「覚悟も実力もないザコは、一人で死ぬどころか、周りを危険に晒す。そして自分だけはのうのうと生き残る。よく分かったでしょう?」

「ッ……‼」

 いいように言われて、悟史は心底腹が立った。

 悔しくて、腹立たしくて、それでも言い返せなかった。

 全て、彩芽の言う通りだから。

「だから……だから俺は、強く……‼」

「強くしてくれ、なんて言われても困るわ。私は別に神龍みたいに願いを叶えられるわけじゃないし、叶えられたとしてもあんたの願いを叶える義理はない。何ならドラゴンボール集めてみれば?」

 突き放すような彩芽の言い方に、悟史は歯を食いしばりながら衝動を堪えた。

 子どものように喚き散らすのを我慢し、顔を上げて彩芽の目を見据える。

「……覚悟、決まりました」

「死ぬ覚悟?」


「誰も、死なせない覚悟ですっ‼︎」


「…………ハァ」

 悟史の言葉に彩芽は嘆息し、車椅子を反転させる。

「先輩っ‼」

「御託はいい。覚悟は言葉じゃなくて、行動で示しなさい。強くなりたきゃ勝手になれ」

 そう言って彩芽は、黙って成り行きを見守っていた人物の元に車椅子を移動させる。

「叶、このバカを鍛えてやりなさい」

「……どの程度まで?」

「夏休みの間に、最低でも大地より強く」

「かしこまりました」

 命令を受け入れた烏丸叶は恭しく頭を下げ、鋭い眼光で悟史を射すくめる。

「腹をくくれ、円堂。殺す気はないが、死ぬなよ」

「……押忍ッ‼」

 悟史は背筋に冷たいものを感じながら、それでも大きく頷いた。

 こうして、円堂悟史の夏休みが始まる。

 この世の地獄を味わう、過酷な夏休みが。

「……頑張ってください、悟史君」

 再び頭を下げた悟史を見て、ネコメはエールを贈るように小さく頷いた。

 私も頑張りますから、という言葉を飲み込んで。


 ・・・


 市内のとあるビルディング、表向きは東京にある大企業の支社とされているその建物の正体は、霊官の中部支部である。

 ビルの最上階に設けられた支部長室で、柳沢アルトは手元の資料を見て顔をしかめていた。

 資料の内容は、先の事件の顛末。

 首謀者であった藤宮の死亡と、殺害犯である謎の集団。

「大日本帝国異能軍……。厄介なことになったな」

 溜め息を吐いたアルトは、ポケットから取り出したタバコを一本咥え、ライターで火を付ける。

「ん?」

 紫煙を吐き出して灰皿の上に灰を落とすと、デスクの上に置いたケータイが震えた。メールではなく、電話だ。

 電話の相手は、猫柳瞳。

「っ⁉」

 普段ネコメにタバコを吸うなと咎められているアルトは、表示された名前を見て慌てて火をつけたばかりのタバコを灰皿に押し付ける。

「もしもし、どうした瞳?」

 何事もなかったかのようにしれっとアルトは電話を取る。

「……瞳?」

『アルトさん、私にもっとお仕事を回してもらえないかな?』

 電話口のネコメの言葉に、アルトは首をかしげる。

「仕事を? 異能専科の霊官には諏訪君から回してもらっているはずだろう?」

『学生向けの仕事じゃないやつ。もっと厳しくて、もっと経験が積める仕事がしたいの‼』

「…………」

 ネコメの言葉の真意を察するように、アルトはしばし瞑目する。

「……強くなりたいんだね?」

『うん……』

「そうか……」

 ネコメの短い返答に、アルトもまた短い言葉を返す。

 ネコメが先の事件で自分の力不足を痛感していることを察したアルトは、その顔にほんのわずか笑みを浮かべ、デスクの引き出しから一枚の資料を取り出す。

「なら、瞳にピッタリの仕事があるよ」

『ほんとっ⁉』

「ああ。気難しくて、他の人ではちょっと手に負えそうにないからね。これから夏休みで時間もあることだし、瞳が適任だ」

『気難しい?』

「とても、厄介な子だよ」

『……?』

 こうしてネコメの夏休みが始まる。

 最高に厄介な相手に悪戦苦闘する、数奇な夏休みが。

「頑張るんだよ、瞳」

 この任務に苦戦するであろうネコメの姿を想像し、アルトは穏やかに眉尻を下げた。


 ・・・


 退院して寮に戻って数日で、異能専科では期末試験が行われた。

 遅れ気味だった勉強は入院中に八雲が見てくれたおかげでなんとか追いつき、俺は辛うじて学年平均と同じくらいの点数を取ることができた。

「ハァ⁉」

 返却された答案用紙を見て満足していると、隣の席から驚愕した声が響く。

「なんでテメェがそんなに点数いいんだよ大神⁉」

「カンニングか‼」

「どうやったんだ、教えてくれ‼」

「勉強したんだバカ」

 鎌倉、目黒、石崎の三馬鹿は、三人とも学年ワースト十位以内。物の見事に赤点を取った。

 一桁の数字が並ぶ鎌倉の答案用紙をヒョイと取り上げ、里立がこれ見よがしな溜め息を吐く。

「オイ何しやがんだ、し……里立っ‼」

「はぁ……。私の時間返して欲しいわ……」

 三馬鹿に頼み込まれて試験勉強に付き合ってやっていたという面倒見のいい里立は、前回は十位以内だったというのにこの馬鹿どものせいで順位を落としてしまったらしい。その上教え子たちがこの体たらくとは、全くもって浮かばれない。可哀想に。

「テメェの教え方が悪いんだろうが‼」

「教えてやってるそばからスマホや楽器いじりだす方が悪いに決まってるでしょ⁉」

「分かりづらいし退屈なんだよ、テメェの教え方‼」

「あー、誰かさんに付けられた左頬の十字傷が痛むー‼」

「っ……⁉ とっくに治ってるし、十字傷ではねぇだろ⁉」

「無駄だって、光生くん」

「やめなよ、口喧嘩じゃ勝てないってもう分かったじゃんか……」

(仲良くなったもんだな……)

 口論する里立と鎌倉、それをたしなめる目黒と石崎を見て、俺は感慨深い思いだ。

 俺が編入したばかりの頃は踏ん反り返っていた鎌倉たちのせいであんなに殺伐としていたクラスだったのに、今やすっかり三馬鹿と里立の力関係は逆転している。

 オマケに里立と鎌倉は驚くほど、本当に驚くほど仲良くなってしまった。

「私は微妙ですね。今回は色々ありましたから……」

「そうだよな、色々あったもんな……」

 仲睦まじい二人をよそ目に、俺は苦笑いを浮かべるネコメと青い顔をするトシの順位表を覗き込む。

「……ネコメは兎も角、お前はあんま関係ない結果だと思うがな」

「いや、本当に最近忙しいんだよ‼」

 真面目なネコメは意外なことに俺と大差ない点数で、トシは三馬鹿よりほんのわずかに上。つまり赤点だ。

「テスト期間は部活もないのに、何がそんなに忙しいんだよ?」

「それは……」

「部活ないのに帰りは遅いし、生傷だらけで帰ってくるし、マジで何やってんだ?」

「言えねえ……」

「…………」

 トシは最近、帰りが異常に遅い。

 俺もなし崩しで入ることになってしまった生徒会に顔を出すことが多いので部屋に戻るのは遅いのだが、トシはそれよりも遥かに遅い。

 何をしているんだと問い質しても今のように曖昧な返事しかしないが、実際何をしているのかは想像がつく。

(傷だらけな上に、一緒にいるのは烏丸先輩……。まあ、そういうことだろうな……)

 今回の事件を経験して、トシが烏丸先輩に稽古をつけてもらっているのは、帰ってきたトシにこびりついた土埃や烏丸先輩の匂いで気付いていた。生徒会室にはいつも烏丸先輩いないしな。

 それをトシが俺に秘密にしているということは、知られたくない事情があるのだろう。

 だったら俺は、それをわざわざ詮索する気にはなれない。

「でも大地くん、ホントに点数よかったよね。教えてても思ったけど、ブランクあるのにその点数はスゴイよ」

 俺の答案と順位表を覗き込んで感心したように言う八雲は、休学期間を物ともせずに学年二位の好成績。

「お前が教えてくれたおかげだよ。ホントに助かった。ありがとう」

「えへへ〜」

 俺が礼を言うと、へにゃ、っと締まりのない顔になる八雲。

 奈雲さんの葬儀以降、八雲は以前のような雰囲気に戻っている。

 危惧していたネコメとの関係も違和感なく以前の二人に戻っているようだし、表面上は出会った頃と同じ、明るい東雲八雲だ。

 しかし、その心情にどんな変化があったのかなんて分かるはずもないし、元々演技が上手い八雲が本心を隠そうとすれば、見抜くことはできないだろう。

(今はまだ、それでもいいさ……)

 常に事件の渦中にいて、最愛の姉まで喪った。

 そんな八雲が、『今まで通り』を演じるなら、俺たちはそれを受け入れるべきだ。

 いつか八雲が、本心をさらけ出してくれるまで。

「なあ、赤点ってどうなんの? 追試?」

「ホームルーム聞いてなかったのかよ。異能専科に追試はない。夏休み削って補習だ」

「マジかよー⁉」

 頭を抱えて悶えるトシと、ゲンナリした顔の三馬鹿は補習確定。ご愁傷様って感じだ。

「まあ、俺たちはひと足お先に夏休み満喫してるから、お前らは補習頑張って……」


「何言っとるんだ、大神? お前も補習だぞ」


「……………………はい?」

 教室の隅でダベる俺たちの近くにいつのまにか来ていた担任の白井先生は、さも当然のようにそんなことを言った。

「ほれ、これが補習の日程だ。円堂は三教科赤点だから三日間、鎌倉と目黒は四日、石崎が五日。大神は一週間だ」

「なんで俺が一番多いんだよ⁉ つーか俺赤点一個も無いんだけど⁉ なんで補習⁉」

 渡されたプリントに記載されている内容に、俺は驚愕しながら白井先生に詰め寄る。

「大神、お前は自分の出席日数を知っているか?」

「シュッセキニッスウ……?」

 白井先生は、一体何を言っているんだろう?

 確かに入院やら謹慎やらで授業に出ないことも多かったが、編入以降俺は……真面目に……?

「……あれ? 俺ひょっとして、全然学校来てない?」

『…………』

 俺の問いかけに答える声は無く、皆んな一様に顔を背けた。

 先ほどまであんなに盛り上がっていた教室の一角が、今は恐ろしいほどに静まり返っている。

「……編入以前の日数は事情を考慮されて免除されているが、その後に怪我や入院で欠席が二週間。オマケに自室謹慎が三週間。長年この学校で担任持ってるが、二ヶ月の内に六割も休んでたやつは初めてだよ」

「ちょっと待ったっ‼ それは霊官絡みの仕事とか……」

「その分は公欠になっとる。謹慎は自己責任だろう?」

 えー? ちょ、ま……えー?

「まあ……」

 ポン、と鎌倉が顔を引きつらせながら俺の肩に手を置く。

「俺たちはひと足お先に夏休み満喫してるから、お前は……ぶふっ……補習……頑張って……」

「うるっせえコンチクショウッ‼」

 プルプルと笑いを堪える鎌倉の脇腹をどつき、俺は雄叫びをあげる。

 こうして、俺の夏休みは、まだ始まらない。


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