第88話
クラムへと帰って来るや否や、ガーランド伯爵はグリシア鋼の製錬の様子を見学しに、鉱業区にある高炉へとやって来ていた。
高炉には既に火が入っていて、近くのコークス窯から燃料が運ばれてきては投入されていく。
高炉の敷地の隣を流れる小川...というよりも用水路に水車が設置されており、その力で高炉内に大量の空気を送り込んでいる。
「...はい、グリシア鋼は鋼よりもさらに高い温度が必要で...」
高炉の管理者で、町の重役の1人である男が、ガーランド伯爵に説明を求められ、熱心に解説している。
そもそもなぜガーランド伯爵がここまでグリシア鋼に興味があるのか、というと、彼の領地では農業が盛んにおこなわれており安定した税収を持っているのだが、それ以外の大きな産業がないために新たな産業促進のためにクラムの鉱業を発展させるつもりなのだろう。
「ふむ、やはり石炭の供給が不安定なのか...」
「はい...この付近で石炭を多く産出しているのはヘルアインだけですし、ヘルアインの炭鉱の1つが閉鎖されてしまったのもあります...」
「鉱石の方はどうだ?」
「鉄鉱石の供給は安定しているとは言えないですが、不安定と言えるほどでもないです」
そもそも農業が盛んなクラムになぜ鉱業が興ったのかというと、石炭の産出地帯と鉄鉱石の産出地帯の中間にあるという理由で先代のガーランド伯爵が誘致したのだ。
確かに、石炭を長距離運ぶというのは発火などのリスクがあるためあまり良くない、さらに鉄鉱石も量がかなり必要で産地がややばらけ気味になっているため、その中間点であるクラムで加工するというのは間違ってはいない。
鋼を輸出する際にはあまり適していないのだが、剣などに加工して商人に売ることが多いこともあり、採算は取れていたのだ。
ただし、商人が取引し運搬できる量にも限りがあるため、大量に生産しても売れ残ってしまうため、大きく発展することはなかったのだ。
「ふーむ、クラムで産業発展を計画するならば、街道の整備も必要になるな...ローレンはどう思う?」
ガーランド伯爵は独り言を言いながらも、ローレンに意見を求めてくる。
「え、えぇっと、そうですね。クラムでは鋼を加工してから売るのが一般的ですから、大量に生産して鋼のまま町の外へと運ぶとすると、街道の整備、拡張、保全は必須になるかと」
「う、うむ。そうだな。領庫にはそれなりの額の金があるから、街道についてはなんとかなるな...他には?」
「鋼以外の金属の精製ですかね」
「金や銀、銅などか?」
「金や銀はその希少価値故、王国直下の金・銀鉱山とその専用の製錬所があるんですよね?」
「う、うむ。詳しいようだな」
「そうすると、必然的に残るのは銅ですね。後はグリシア鋼などの特殊金属になるかと」
「銅は銅貨としてその多くが使われている、他の領地でもそれなりに産出されているぞ?」
「確かに、銅貨は補助通貨としての役割が多く、かなりの量が出回っているので、王国もそこまで銅については必要としていないかと。それ以外の用途として使うのならば、鋼の方が丈夫ですし」
王国連合は金本位制で金が通貨として使用される。が、金貨だけでは高価かつ持ち運びに不便なため、国が金との交換を保証する銀貨、または銅貨を発行する。つまり銀貨も銅貨もぶっちゃけて言えばあまり価値がなく、連合王国の保証がなければ価値がないのだ。銀は宝飾品的価値があるので、全く無価値ではないのだが。
「ふーむ...」
ガーランド伯爵は高炉を見ながら考え込んでしまっている。
彼はけっして無能ではなく、領地での反乱・暴動がまったく起きないところから、かなり有能な人物であることは確かだ。しかし、保守的な考えをするため、革新的なことをするタイプの人間ではなかった。
そのため、領地は安定しているものの、発展という点では他の領地よりも劣っているのだ。
それを彼自身もわかっているため、どうにかして領地を発展させようとしているのだろうが、あまり挑戦的なことをしない性格があるため、なかなか踏み出せないでいるようだ。
「ガーランド伯爵、なにも町に投資する必要はないのでは?」
「ローレン、それはどういう意味だろうか」
「領主が経営する農園ですとか、製錬炉を自ら出資して建設。その後、軌道に乗れば同じようなことをする商人や経営者も増えるのでは?」
「国営、いや領営か。だが、うまくいくだろうか?」
「もしくは、開拓地を増やしてもいいのでは?」
「というと?」
「開拓地を領主が指定し、そこに移住者を募ります。ただ何もない場所に移り住みたい人なんかいませんので、何か良い条件を付ければいいのです」
「例えば?」
「そうですね、移住して3年間の税の完全免除、その後2年間の減税などは?」
「ふむ、確かに、領庫にはそれなりに備蓄があるし、いくらか税収が減っても構わないしな」
「それに、税を払わなくて済むので、若い人たちが子どもを産み育てやすいかと」
「なるほどな、確かに私の領地の人口はやや流出傾向にあるからな。人口が増えるのは好ましい限りだ」
「ある程度辺境でも、警備の兵や冒険者ギルドを置くことで住民も安心できますし、平地にある鉱山は枯渇傾向にあるのでは?」
「...そうだ。比較的便利な場所にある鉱山では、鉱脈の枯渇が相次いでいる」
「ガーランド伯爵領では、先代伯爵が何ヵ所も同時に鉱山の開発を行いましたから、必然的に鉱脈が枯れ始めるのも近い時期になったのでしょう」
「.........」
「えぇっと、ガーランド伯爵、その、何かお気に触りましたか?」
ローレンはガーランド伯爵が、自分をガン見していることに気が付き、何か粗粗をしてしまったかと心配になる。
「ローレン、君はいったいどこでそのような知識を?」
「え?えぇっと」
「その歳でそこまで聡明なのは明らかに不自然だ」
「...」
「もし良かったらなんだが、私の領都イルマにある学園に来ないか?」
「学園...ですか?」
「私が出資して創設した学校でね。王国各地から教師、生徒を集めた学園なんだが」
「そう言われましても。私はただの冒険者です」
「冒険者だろうとなんだろうと、優秀な生徒なら歓迎するさ。普通はそれなりに費用が掛かるのだが、私がすべて保障しよう」
ローレンは迷った。既に前世での知識を持っているローレンだったが、この世界の知識というのはあまり持っていなかった。
特に、地理や歴史、語学(主に外国語)に関しては、ほとんどと言っていいほど知識を持っていなかったからだ。
「私は...」




