第8話
ゴブリンを倒し、剣を持った冒険者と話そうとした瞬間に暗闇から現れたデッドボア、体長は3メートルを超えている、牙は大きく血にまみれている。
(すでにあいつの餌食になったやつがいるのか...まずいな)
デッドボアを観察しつつ考えていると後方からの足音に気が付く。
「ローレン!無事だったか」
「デッドボア?!また出たの?」
ジャックとレナが応援に駆け付ける。おそらくその口ぶりからしてすでにデッドボアと遭遇していることがわかった。
「ジャックさん!レナさん!ご無事でしたか、リンジーさんとシャリアートさんは?」
「2人は他の場所で戦ってるわ、私たちはローレンの銃の音を聞いてやってきたのよ」
デッドボアはこちらを睨みつけ、荒い鼻息を鳴らしている。
「ローレン!話は後だ!援護しろ!クルード、お前も俺の援護だ!ついてこい」
剣を持った冒険者の名前はクルードというらしい。
2人は同時に駆け出していく、左右に分かれそれぞれがデッドボアの側面から仕掛ける。
デッドボアはその場で2人を迎撃することを選ぶ。自慢の牙をジャックに向けて大きく振るう。
ジャックはそのことを予想していたのか、攻撃をやめて後方へ飛び去る。いわゆる瞬歩というスキルの一つだ。デッドボアの牙は何もない空中を貫く。
クルードもほぼ同じタイミングで剣を振るう、デッドボアに向けて振るわれた剣は速度を重視していたためか、わずかに傷を与えるも致命傷には程遠いものだった。
デッドボアは自分が傷つけられたことに怒り狂う、攻撃を行った後離脱しているクルードに向けて突進する。だがその突進がデッドボアにとっては命取りだった。
「フラッシュ!」
レナの声が聞こえた瞬間、辺り一面にまぶしい光が降り注ぐ。明かりの魔法の上位版でもあるフラッシュだ。
クルードに向けて突進していたデッドボアは暗闇の中にいきなり発生した光に目を眩ませる、だが安易に止まっては危険だと判断し、目を閉じたままデッドボアは突進を続けた。だが数秒後、デッドボアは激痛に襲われる。
目を開けたデッドボアの視界の端にいたローレンは銃を構え、引き金に指をかけていた。それがこのデッドボアが見た最後だった。
「よくやったローレン、指示してもないのにすでに回り込んでいるとはな」
「いや、たまたまなんですよ、レナさんがフラッシュ使うとは思っていなかったので...射線が被らない位置にいたらたまたま...」
「いや、謙遜することはない。そういった勘なんかが時には命を救うこともあるもんだ」
「そうですか、覚えておきます...なんかあっちが騒がしいみたいです!向かいましょう!」
ジャックと話していると町の南東側で大きな戦闘音が聞こえてきた、ローレンは周囲にモンスターがいないことを確認しつつ、援護に向かうべきだと主張した。
「あぁ、あっちはリンジーたちがいるほうだ、向かうぞ」
ローレン、レナ、クルードは即座に頷き駆け出す。
「くそ!なんだこいつら!どんだけ湧いてくるんだ?!」
「わからん!!こんな町の近くにモンスターが潜んでいたのか?!」
「ぐぁっ!?」
「おい!大丈夫か!くそぉ!」
「誰かこっちを援護してくれ!」
「こっちも手一杯だぁ!」
ローレンたちが到着すると南東の町の入り口付近で激しい戦闘がおこっていた。モンスターが数に任せて突撃している。
「まずいな、ローレン!片っ端から片付けるぞ!好きに動け!レナはローレンの援護だ!」
ローレンとレナは頷き、その混沌とした戦場へ突入する。ローレンが使う武器の都合上、敵の背後から先頭に突入すると味方へ誤射してしまう可能性があるため、敵の側面へと攻撃を仕掛ける。
――ドムンッ、放たれた散弾は密集している敵を片っ端から薙ぎ払っていく、一撃で命を奪うことはできなくともモンスターたちは戦闘不能に陥る。
さらに腰だめの状態で銃を撃つ、撃つ、撃つ。6発撃ち終わると即座に装填する。
側面からの轟音と散弾で恐慌状態だったモンスターたちもすぐに復帰し、弾を装填しているローレンに襲い掛かる。
だがローレンを攻撃の射程内に収めることはできない。ローレンの後方に構えていたレナの援護射撃で、真っ先に突撃し、とびかかってきたゴブリンが空中で迎撃される。
そしてローレンのリロードが終ると、また散弾の雨が吹き荒れる。ローレンの攻撃が止み、チャンスだと突っ込んできたモンスターたちは至近距離で発射された散弾をもろに浴びる。散弾は1体のゴブリンを貫き、それでもなお有り余る運動エネルギーで後方にいたゴブリンたちに食い込んでいく。
まさに鉄の暴風雨と呼べる攻撃が止むとそこには鉄錆の臭いが強烈に鼻を刺す、血と肉の池のようになっていた。
「とりあえず、こちらに来た奴らは片付けましたね」
「えぇ、そうね。しかしその銃って言うのは恐ろしいわね...」
レナが血の池を見つつ、視線をローレンの持っている銃に向ける。
ローレンは銃口から這い出てくる硝煙を払いのけながら、装填する。レナの視線を無視しながら。
そしてローレンは誤魔化すようにしてレナに話しかける。
「ジャックさんやリンジーさんの援護に行きましょう」
「えぇ、そうね」
先ほどと似たような音声で答えたレナに若干の苦笑いを浮かべるローレンだが、すぐに表情を引き締め、移動しつつある戦場へ向かって駆け出した。
戦場は町の入り口付近から街道方面へと推移しつつある、冒険者側が押し返しているようだ。
モンスターたちは少しずつではあるが後退し続けている。
ローレンは残弾を確認しつつ戦場へと向かう、残りはまだ十分にあったため、先頭は継続できそうだと判断する。
「レナさん、残りの矢数は?」
「さっき警備兵からもらって補充したから大丈夫よ、ローレンは?」
「僕はまだまだあります」
「そう...ローレンはどう思う?」
「何がですか?」
「この襲撃、おかしいと思わない?モンスターたちが協力していることはそこまで珍しいことではないんだけど、ここまで大量のモンスターが共同歩調をとって攻めてくるなんて...」
「確かに...ん?」
「ローレン、どうしたの?何か思いつくことでも?」
「いえ、この襲撃はなんだか計画的なものに思えてきたんです」
「え?どいうこと?」
「町は2メートルくらいの壁...いや塀に囲まれていますが2ヵ所通れる場所がありますよね?」
「えぇ、今防衛していた南東側の出入り口と北西側の出入り口ね」
「その南東側にモンスターが集中して押し寄せてきたのは...」
「ローレン?」
ローレンはそこまで言いながら、考え込んでしまう。そして数秒後に考えていたことを口にする。
「"囮"」
「え?」
「もしかしてこのモンスターの集団は囮なんじゃ...」
「まさか!」
「いや、あり得ない話ではないです。それにあの謎のゴブリンも...自分は北西の出入り口に向かいます!レナさんはリンジーさんたちに伝えてください。この集団は囮かもしれないって」
「わかったわ、でもあなた一人で行くの?もしもこいつらが囮だったら向こうにも相当のモンスターがいるかもしれないわ」
「まだ可能性でしかない話ですから、他の人を連れて行くわけにもいきません。じゃあ自分は行きます。レナさんお気をつけて!」
「ちょ!ローレン!」
レナの言葉を聞かずに走り出すローレン。彼がこの行動に出たのは前世の記憶を持っていたからだろう。傲慢なゴブリンが味方を増やし、その味方を囮に使い人間に悪戯し、罪を味方のゴブリンに押し付ける、という童話。最終的にはそのゴブリンは悪だくみを暴かれ、仲間のゴブリンに復讐される。だがそのゴブリンは死後に蘇り、高慢な怒りにより赤く染まった体表を見せ、人々と熾烈な争いをする。やがてそのゴブリンは倒されてしまうが、そのことを忘れないように人々は高慢な人間に真っ赤なゴブリンという別称をつけるようになったのだとか。
そんな童話を思い出しつつローレンは町の北西へと向かった。
ローレンの前世は地球の人間だったようですが、若干ずれた世界のパラレルワールドだったみたいですね、赤いゴブリンの童話なんてこの世界にはありませんし。
赤い靴だったり、赤ずきんだったり、童話って赤に関する話多いですよね。