第80話
短めです。
集落の外でキャンプを張り、一晩を過ごした。
ガーランド伯爵は馬車の中で寝たらしいのだが、朝起きてくると元気いっぱいであった。彼の馬車の中はどんな内装なのだろうか...寝るのに不自由しない作りなのだろうか。
なにはともあれ、若干寝不足気味ではあったローレンも朝食をとって出発の準備を整えている。
すると、先日の迷子になっていた少年の母親と思われる女性が、ローレンへと近付いてくる。
(?)
ローレンは若干困惑しながらも、その女性の方へと向かう。
「あんたがうちの子を!」
その女はローレンが自分の手の届く範囲まで来た瞬間に殴りかかった。
(え?グーで?!)
ローレンは予想だにしていない拳に反応すらできずに殴られる。女性が放った拳とは思えないほどの威力を受けてローレンはバランスを崩して尻もちをつく。
「あんたのせいで!うちの子どもが!」
「や、やめんかね!」
尻もちをついたローレンの顔面へと蹴りを入れようとしている女を、集落の長が後ろから抑える。
ローレンはその様子をただ困惑して見上げることしかできない。
「あんたがうちの子に食い物を与えたんだろ!!あんたのせいでうちの子が死ぬとこだったんだぞ!」
「...」
「なんとか言いなさいよ!!」
集落から出てきた男たちに抑えられながらも、母親らしき女はローレンへと叫ぶ。
「落ち着いて、話してくれるかな?」
ガーランド伯爵がローレンの後ろから出てくると、女に対して優し気な口調で話しかける。
女は興奮しているようだったが、数秒後には暴れるのをやめて話し出す。
「この冒険者が私の子どもに食い物をあげたのです!そのせいで私の子どもは死にかけたのですよ!領主様に子どもがいるのならば、わかるはずではないですか!!殺されかけたのですよ!!」
最初は冷静に話していた女は、後半に行くにつれて興奮した様子になる。
「ふむ、ではなぜローレンが食べ物を与えたらその子どもが死にそうになったのか話してくれるかね?」
「そ、それは!わ、私の子どもが飢えているのをいいことに!食い物で釣って誘拐しようとしたのではないですか!」
(は?)
「それは言いがかりだろう」
「?!そ、そんなことはありません!領主様!こいつは冒険者に扮した賊なのです!きっと子どもを攫っているに違いありません!」
興奮した女はまた暴れ始めるが、集落の男たちに抑えられていて身動きが取れないようだ。
(あれ?集落の人たちはなんでその女を抑えているんだ?なぜ女と同じように興奮していないんだ?)
「母さん!もうやめてよ!」
ローレンが考えていると集落の方から子どもの、少年の声が聞こえてくる。
「あ、あなたは家にいなさい!この悪党にまた連れ去られてしまう!!」
「そんな...そんな人じゃないよ母さん!このお兄さんはただ僕に食べ物をくれただけだ!!!」
「騙されてはダメよ、外の人間は野蛮な奴らばかりなのよ!!」
「違うんだ!ただ、ただ僕はいつの間にかいなくなったお兄さんに、お礼を言いたかっただけなんだよ!!」
少年は母親にそう訴えるが、母親はただローレンを睨んでくるだけだった。
「すまない...俺が子どもに食べ物を与えたばっかりに、こんな騒ぎになってしまって...」
ローレンは、その場にいる全員に、そして少年の母親に向けて謝罪する。それでも、母親の興奮は冷めない様子だ。
「少年の母親は...その...元奴隷でな...解放されてからこの集落へとやって来たんじゃ。そして少年の父親と出会い、共に暮らしていたのじゃが、夫には先立たれてしまってな...」
「だ、黙れ!!」
集落の長はポツポツと話し出す。それに対して女は自らの耳を塞ぎ、喚き始める。
「それ以降、他人に対して攻撃的になってしまってのう...申し訳がない、冒険者さん」
「...」
ローレンは何も言えずに、ただ立ち尽くす。
「以前は優しい母親だったんだ、だけどブルートを亡くしてからこんな調子で...」
女を押さえている男たちの1人が、ローレンに申し訳なさそうな視線を送りながら話す。
ローレンは自分にはどうしようもできない問題を前に、ただ沈黙を貫くことしかできなかった。




