第73話
武骨な馬車から出てきたのは、ほとんどの人間が想像するようなタイプの貴族だった。赤いサーコートに金の刺繍が入った黒いマントを羽織り、腰には装飾が入っているものの比較的武骨な剣を携えている。
髪型は庶民と変わらないラフなスタイルで金髪、髭はきれいに剃られており、40代くらいでいかにも貴族な顔つきをしている。
馬車からすたっと軽快な足取りで降りたその男は、町長の前へと歩いてくる。
ローレンを含めその場にいる全員が片膝をついて首を垂れ、右手を胸に当てている。連合王国式の最敬礼とのことで、レナートから教えてもらっていたことは幸運だった。
「面を上げよ。堅苦しいのはいらん」
「はっ、お久しぶりでございます閣下」
町長は旧知の仲なのだろうか、ガーランド伯爵と目を合わせて優しく笑っている様子だ。
貴族と言うと横暴で怠慢な者というイメージが強かったローレンは、少しだけ安心する。
「閣下、この者がクラムから護衛の依頼を受けてやって来た冒険者です」
町長がローレンをさっそくとばかりに紹介する。ローレンはここで顔を上げてもいいのか一瞬だけ迷ったが、とりあえずは顔を下げておくことを選択する。
「顔を上げなさい」
僅かな沈黙の後、ガーランド伯爵が声を発する。
「クラムから参りました。冒険者のローレンです」
ローレンはゆっくりと顔を上げ、名を名乗る。名乗るべきかどうかは既にレナートから聞いていたため、迷いもなく答えた。連合王国では貴族が顔を上げろと言えば、名を名乗れ。と同意義であるらしい。
「ふむ。そうか。では1週間頼むぞ、ローレン」
「はっ」
ローレンはもう一度軽く頭を下げる。するとガーランド伯爵は再度馬車へと乗り込み、町の中へと入って行く。
(あ、これってもう護衛の依頼始まってるのか)
ローレンは立ち上がると慌てて馬車の横に付く。4人も騎士が付いているなら冒険者の護衛などいらないだろうが、やはりガーランド伯爵は変わった人間なのだろう。
町の中を歩き、やがて町長の家の前まで到着すると馬車は止まり、中からガーランド伯爵が降りてくる。入り口の時とは違い、自ら扉を開けて飛び降りるように出てきたのを見るに、やはり堅苦しいのが苦手なタイプの貴族らしい。
「閣下、飛び降りるのはおやめください。万が一にでも怪我をなされては...」
「私はそこまで馬鹿ではないさ。ともかく、町長の家に入らせてもらおう。民衆の貴族を見る目はあまり好かんからな」
ガーランド伯爵は部下と町の重役たちにだけ聞こえるくらいの声でそう言うと、町長の家へと入って行った。
「ははは、びっくりしたかい。うちの閣下はああいう人なんだよ」
伯爵が家に入って行ったのを見た騎士の1人が、グレートヘルムを脱ぎながら話しかけてくる。
騎士が乗っていた馬は裏庭へと連れて行かれている。おそらく裏庭に簡易的な馬小屋があるのだろう。
「えっと、あなたは?」
「畏まる必要はない。僕は騎士だけど平民だからね、僕はライナー。よろしくね」
「冒険者のローレンだ、よろしく」
ライナーはザ・イケメンを体現したような爽やかな笑顔が特徴の青年だ。その蒼い瞳と綺麗な金髪は数々の女性を魅了してきたことだろう。
「おいおい、俺らより先に自己紹介か?先輩に対する敬意をだなぁ」
「お前に敬意を持っているのはお前の馬くらいだ」
「それは本当か?今日もフィーに振り落とされかけていたのを見たのだが」
他の3人の騎士たちもグレートヘルムを脱ぎながら近付いてくる。
1人目の男はスポーツ刈りの頭とマフィアか何かのボスみたいな顔つきが特徴だ。
2人目は驚くことに女性で、グレートヘルムから出現した長い茶髪をブワンブワンと撫で上げている。フルフェイスのグレートヘルムの中は結構蒸れるようだ。
3人目は壮年の男で、額に切り傷がある。首だけしか肉体は見えていないが、その狭い部分だけでもかなり鍛えられているとわかるほどに筋肉質な肉体を持っているようだ。
「後輩特権ですね」
「んなもんあるか。てか俺は振り落とされそうになんかなってない!」
「そうか?じゃああれは居眠りでもしていたという...」
「馬の上でも寝れるのか、流石蛮族顔だな」
女性騎士の言葉に物凄い棘を感じるのは気のせいではないようだ。いったい彼は彼女に何をしたのだろうか。
「私は伯爵の下で騎士長をしているテオだ。よろしく、小さな冒険者よ」
「俺は騎士副長のトーマスってんだ」
「私は、ルフィナだ。よろしく、ローレン」
「え、えぇっと、よろしくお願いします?」
ローレンはテオたちの切り替えの早さに若干引きつつも挨拶を返す。
「我々もライナーと同じく、平民の出だ。畏まる必要はない」
「え?」
「閣下は実力主義な方でな。出自がどうとかは気にしないんだ」
「そうなのか...堅苦しくないのは本当に助かる」
「うむ、これから1週間は同じく護衛の仲間だ。気軽に話しかけるといい」
「わかった」




