第6話
ローレンはゴブリン討伐のクエストを受けて、町の外へと出てきていた。
(確か、街道に出てくるゴブリンの討伐だったな。4匹以上は倒さないといけないのか。期限は2日間)
ローレンは町の外に続いている街道の入り口まで来た。街道とは言われているが、石畳からは草が伸びていて、石畳自体もそれなりに傷んでいるようだ。
クラムから伸びる街道は、隣町のエデッサに続く一本のみ。それ以外の町などへ向かう道は、とても小規模な舗装されていない山道しかない。
ローレンは林を割って伸びる街道を警戒しながら進んでいく。1時間ほど街道を進む、だいたい町から6キロほど進んできた。
警戒を緩め、少しだけ休憩しようとした瞬間。街道のわきにある茂みがカサカサっと音を立てる。
ローレンはショットガンに込めてある弾数を確認する。町を出るときにバックショットを6発装填していたため、急いで装填する必要はなかった。
「おい!人か?!人なら出て来てくれ!」
念のために呼び掛けてみるが反応がない。何かしらのモンスターか、あるいは野生動物か。
ローレンは躊躇わずに茂みに1発撃ちこむ。
ドムッ、と鈍い発射音が響き渡ると同時に茂みから何か飛び出してくる。
茂みとの距離は15メートルほどで、飛び出してきた何かにもう1発撃ちこむと動きを止める。
すると周りの茂みや木の陰からさらに多くの何かが飛び出してくる。ゴブリンだ。
ゴブリンは低知能ではあるのだが、亜人系のモンスターであるために、待ち伏せや強襲などの戦術を使う。冒険者からすれば、稚拙な戦術だといえる。だが一般人からすればそれは脅威となる。
ローレンは2発撃った分を装填する。ベルトに付けた弾帯から弾を取り出して込める。
ゴブリンの数は3体。仕留めた1匹目を入れて4体だ。
先手を取ったのはゴブリン、3体が同時にこちらへ走ってくる。ゴブリンの手にはこん棒が握られている。
ローレンは右の一体を撃つ。距離20メートルから撃たれたゴブリンは、衝撃で転び、痛みのあまり地面を転げまわる。
次に真ん中の一体を撃つ。距離15メートル、ゴブリンの頭部に散弾が命中して即死。
最後に左からやってくるゴブリン。十分に引き付けてから引き金を引く、距離5メートルから放たれた散弾のほとんどがゴブリンの胴体へと当たる。散弾で身体をズタボロに引き裂かれながら絶命した。
痛みのあまり転げまわっているゴブリンを仕留めに行くローレン、だが不意に気配を感じて振り向く。
通常は緑の体表を持っているゴブリンだが、それは黄色みがかった体表を持っているゴブリンだった。
ローレンはとっさに銃を撃つ、狙いを定めずに放った散弾はゴブリンの体を掠める。
だが掠った銃弾に驚いたゴブリンはローレンを持っている短剣で切りつけることに失敗する。
距離を取ろうとするゴブリンに追撃とばかりに散弾を放つ。
ドムッ、ドムッ、放たれた散弾の雨を浴びた黄色いゴブリンは、体のいたるところに散弾を喰らい絶命する。
ローレンは急いでベルトの弾帯から弾を引き抜き装填する。2発装填して周りを警戒する。
3分ほど警戒してから銃を降ろす。どうやら敵はもういないらしい。
「まったくなんなんだ、こいつ...」
黄色い体表のゴブリンを見る、体も一回り程度、通常のゴブリンより大きい。だがそれ以外には差異が見られず、とりあえず討伐証明部位の回収を始める。
腰に差していたナイフでゴブリンの耳を切り落とす。モンスターには魔石を持っている個体もあり、取り出すには心臓付近まで解体しなければならない。
だが、ゴブリンのような低級モンスターには魔石がないため、右耳を剥ぎ取り、合計4体のゴブリンを街道脇に寄せる。そして持っていたマッチを擦り、死体を焼却する。
モンスターや人間などの死体を放置すると、疫病を発生させることもあり、アンデットする危険もあるため、死体はその場で燃やすのが基本だ。
「さて、こいつをどうするかだが...」
黄色いゴブリンの近くで悩んでいると、聞きなれた声が聞こえてくる。
「ローレン!大丈夫だった?!何回も大きな音がしたから急いでやってきたの!」
そこにいたのはランクF冒険者のレナだった。彼女も近くでクエストをこなしていたようだ。
「レナさん、また会いましたね。僕は大丈夫です。ゴブリンが5体出てきただけですから」
「5体のゴブリン?あぁ、ちゃんと処理してるのね」
レナは焼けた肉の嫌な臭いに気が付く。そして一体だけ奇妙な体表のゴブリンの死体を見つける。
「こ、これは?ゴブリン?」
「レナさんもわからないんですか?コレの討伐証明部位とか、使える素材とかわからないんですよね」
「ごめんなさい、私も見るのは初めてね。おそらく、変異種か希少種だと思うわ。ゴブリンの上位種は体表が赤い個体だから」
「そうなんですか...コレどうしましょう」
「とりあえず、街道脇に寄せておきましょう。右耳だけでも持って帰れば、コレが何なのかわかると思うわ」
ローレンは頷いて、右耳を剥ぎ取り、死体を街道脇に寄せる。
その頃には、燃やしていたゴブリンたちも炭になっていた。
「ところでレナさん。どうしてここに?」
「え?あぁ、私はこの先の森の中にいるコボルトの討伐が目標よ」
「良ければ、一緒に行ってもいいですか?」
「え?まぁいいけど...クエストの報酬は渡せないわよ?」
「はい!大丈夫です。先輩に学べるなら報酬なんていりません、むしろ授業料払いたいくらいです」
「あははは!面白いこと言うのね、いいわ、ついてきなさい。コボルトはランクGだからローレンと私なら苦労することもないわ」
(コボルト?ゴブリンとは別種なのか。ドイツの伝承に出てくる精霊、妖精だったか?コバルト鉱石の名前の由来だったとかなんとか)
ローレンは考えながら、リロードする。最大の6発を込めておく。
レナと一緒に歩くこと1時間。日が真上まで登り少しだけ気温が上がってくる、春らしい陽気だ。
「レナさん、お腹減りません?」
「えぇ、まぁ朝食も軽くだったわね...」
「良かったら一緒に食べませんか?」
そう言ってローレンは鞄から弁当を取り出す。
「え?いいの?じゃあお言葉に甘えるわね」
街道から外れた草原、春らしい穏やかな風が吹く。
草原にある岩の上に座り、弁当に入っていたサンドイッチを食べる。
ハムと葉野菜が挟んであるサンドイッチはオーソドックスでありながらも、野菜の触感とハムの塩気、パンのわずかな甘みがうまくマッチしている。
そこそこの多い量のサンドイッチに母の奮発ぶりが窺えた。
「このサンドイッチ美味しいわね」
「母が作ってくれたんです」
「そ...う...いいお母さんね」
レナはどこか寂しそうな顔をして答えた。
二人でサンドイッチを平らげてから、5分ほど食休みをしてから歩き始める。
30分ほど歩くと、目的の森が見えてくる。
ダークウッドの森だ。ダークウッドと呼ばれる木は、コモンオーク・イングリッシュオークに似ているが、それらよりも葉の量が多く樹枝が黒い。
その森は暗く、木々が密になっているようだ。
「ここですか?森の中は暗そうですね」
「あら?怖いの?」
「いえ、ただ明かりの類を持ってきていないので...」
「あぁ、大丈夫よ、任せなさい」
そういってレナは魔法を使う。彼女の手のひらに小さな光が発するとあたりを照らしながら浮遊し始める。光属性の初歩的な魔法、『明かり』だ。
「へぇ、すごい、いろんな魔法を使えるんですね!」
「ふふん、すごいでしょ?もっと褒めてもいいわよ?」
「うん、なんか最後で台無しになった」
「えぇ?!」
「さぁ、行きましょう」
ローレンは森の中へと入っていく。レナも彼の後を追うように、森の中へと入っていった。
数分歩いたところで、何かの気配を感じる。
「...ローレン」
「わかってます、おそらくつけられてます」
「こっちよ」
レナが先導する。その先は森の中にある開けた場所、半径30メートルほどのスペースだ。
駆け足で逃げ出した人間を追うために走っていたコボルトたちは、勢い余ってその開けたスペースへ飛び出してします。
飛び出してきたコボルトは、体長80センチメートル程度で、ゴブリンより二回りほど小さい。見た目はゴブリンよりも人間に近い、歳をとったお爺さんのような顔をしている。だが明らかに人間とは違った体を持っているため、間違われることはないだろう。
「ローレン!いくよ!」
「はい!」
レナとローレンが一斉に射撃を開始する。コボルトの数は7体、レナは右から、ローレンは左から順に攻撃していく。
コボルトは一斉にレナとローレンに向かってくる。手には短剣を持っている。
ピュゥ、ドムッ、ピュゥ、ドムッ、二人の武器の射撃音が聞こえるとともに、コボルトは片っ端から命を狩り取られていく。
射撃音が止むと、3体のコボルトの頭に矢が生えて絶命している。さらに4体のコボルトは体をずたぼろに引き裂かれ血の海を作っていた。
「ローレン、やるわね」
「レナさんこそ、全部ヘッドショットじゃないですか」
「まぁね♪」
レナとローレンが話していると、後ろから何かが走ってくることに気が付く。二人は同時に振り向きとっさに射撃する。
レナの撃った矢が膝に刺さったコボルトが、走っていた勢いのままに転んだ瞬間、ローレンの撃った散弾によって地面に縫い付けられる。
「ふぅ、ちょ~っと油断したかな?」
「はい、ナイスショットでした」
言いながらローレンは残り1発になった銃に弾を込める。
そして1分ほどあたりを警戒するが、特に気配は感じられないことから、レナが証明部位の剥ぎ取りを始めた。その間、ローレンはレナの近くであたりを警戒している。
(なるほど、パーティーを組んでいると警戒と剥ぎ取りを同時に行えるのか)
などと考えを巡らしているうちに、レナは剥ぎ取りを終わらせたようだ。
「よし、4体の討伐クエストだったけど8体も倒しちゃった♪これで報酬も2倍ね♪」
「2倍?2倍倒せば報酬も2倍なんですか?」
「えぇ、常時出ているタイプのクエストなら2回受けたことと同じみたいなもんだからね」
「じゃあ、常時出てないタイプでは違うんですか?」
「常時出てないクエストでは、標的の数がだいたいわかってることが多いから。もしギルド側で提示してきた数の2倍を倒したなら、報酬は数倍になるわ」
「え?どうしてですか?」
「ギルド側が確認した数っていうのはだいたいが正確なのよ、偵察に出された冒険者がその数を数えているからね。だから数が少ないならまだしも、多い場合は冒険者を危険にさらすことになるのよ」
「そうなんですか、知らなかったです」
「そりゃそうでしょ、今日が初日なんだから」
そのまま数分話しつつ、警戒も怠らずに、コボルトを1か所に集めて燃やし始める。
数分経って火が安定したのを見ると、臭いにつられたモンスターがやってくる前に、ダークウッドの森から脱出した。
レナと町まで戻りギルドに入ると、鋭い視線を感じる。どうやらレナも視線を感じるようだ。
「このガキぃ!!さっきはよくもやってくれたな?!今度こどぶっ殺してやる!!」
「レナ!お前は引っ込んでろ、俺らはこのガキに用があるんだ!!」
今朝、ボコボコにしたクズ2人だ。はぁ、とローレンはクソデカため息をつく。
「あぁああああ?!なんだぁああ?!その態度ぉ!土下座して謝れば許してやろうと思っていたが...俺ゃあキレちまったよ」
「あぁ、このガキ、やっちまうぞ!」
「五月蝿い。お前らはハエか?それともゴキブリか?」
そう言ってギルドの外に出たローレン。それを追いかけていくクズたち。
外から2発、銃声が聞こえてきたかと思うと。数秒後にローレンはギルドの中に戻ってきた。
「ロ、ローレン...殺して...ないよね?」
「あぁ、殺す価値もないから。外でボロクズになってもらった」
ローレンは若干狂気の目をしている、が数秒後にはいつもの表情へと復帰する。
ギルドの職員が、ローレンの横を通って外へ出て行った。死んでないか確認しに行ったのだろう。
「レナさん、カウンターに行って、この紙と証明部位を渡せばいいんですよね?」
「えぇ。そうすればクエストは完了。報酬がもらえるわよ」
ローレンはさっきのクズたちのことは忘れて、少しウキウキしながらカウンターへ向かう。受付嬢は思いっきり引いているが...努めて笑顔を作った。
「ローレンさん、おかえりなさい。討伐目標は達成できましたか?」
「はい。ゴブリンの右耳が4つです」
「確かに、討伐証明部位を確認いたしました。こちらが報酬です」
受付嬢はカウンター下から銀貨を1枚取り出し、鉄の皿にのせてローレンに差し出す。
ローレンは銀貨を布袋に入れてから、黄色いゴブリンの右耳を取り出す。
「あのぉ...これは?」
受付嬢も困惑気味だ、おそらく初めて見るモノなのだろう。
「体表の黄色いゴブリンがいたんです。それの右耳です」
「?!黄色いゴブリン?!」
ギルド内にその声が響く。期待の新人と言われるローレンの初クエストの結果聞こうと聞き耳を立てていた者たち以外にもはっきりと聞こえた。ギルド内にいる職員たちも同様だろう。
「ちょっと見せてくれ」
カウンターの奥から出てきたのはリカルド、彼は黄色いゴブリンの右耳を見て不思議そうな顔をする。
「ローレン、コレの本体はどんな奴だった?」
「体長はゴブリンより一回り大きいくらいで、体表が全体的に黄色がかっていました」
「ん~?ゴブリンの亜種?希少種か?どこで見掛けた?」
「街道です。40分くらいのところです」
「そうか。死体は焼いたのか?」
「いえ、正体がわからなかったので。とりあえず放置してきました」
「わかった、ありがとう」
リカルドは礼を言うと足早にカウンターの奥へと消えていった。
「ローレン、あれはもしかすると騒動のタネになるかもしれないな」
いつの間にかいたジャックが耳元でささやく。
「わっ。ジャックさん、驚かせないでください!」
「わりぃわりぃ」
「騒動のタネ...ですか?」
「まぁ、なんとなく、勘だな」
ジャックと話していると、大慌てでリカルドがカウンターの奥から戻ってくる。
「緊急クエストだ!!誰かこの耳を持ったモンスターの回収に向かってくれ!」
夕方を過ぎ、クエストを終えて帰ってきていた冒険者たちは、騒然とする。
緊急クエスト。よほどのことがない限り、クラムの冒険者ギルドでは緊急のクエストなどでないはず。冒険者たちはクエストを受けるかどうか、瞬時に考える。内容はモンスターの死体の回収、それなりに楽な仕事だが、夜はモンスターが出やすく危険度はそれなりに高い。
「僕が行きます!」
ローレンが真っ先に名乗りを上げる。
「僕が倒したモンスターなので、場所も覚えていますし」
「じゃあ私も行くわ!私もその場に居合わせてたの」
リカルドは頭の中で瞬時に考える。
(モンスターを倒したローレンは場所を覚えているはず、早急にモンスターを持ち帰るためには彼が必要だ、だが夜の街道を子どもに行かせるのは気が引ける。レナは目的のモンスターの場所に居合わせているということで、ローレンと一緒に行けば、モンスターの死体の位置の把握に役立つはずだ。二人分の記憶のほうが一人だけよりは安心できる)
「よし分かった。二人は決定だ。ほかに誰かいないか!」
「じゃあ俺が行こう」
「じゃあ、俺もだ」
ジャックとリンジーが名乗りを上げる。
(ジャックとリンジーか、前衛をできる高ランクの二人がいれば最適だな)
「わかった、二人も加わってくれ。そうだな、あとひとり!誰かいないか?!」
「じゃあ僕が行きますよ」
シャリアートが名乗りを上げた。
(シャリアート、Fランクだが素質はある。鞭の扱いはこの町で一番だろう、中衛に適した逸材でこのパーティーにぴったりだ)
「よし、わかった。ではこの5人で行ってもらう。報酬はそれなりに用意させてもらう。なんとしても、謎のゴブリンを持ち帰ってきてくれ!」
5人は黙ってうなずくと、それぞれの武器を携えてギルドから足早に去っていった。