第52話
夏虫がジージーと鳴いている。日本の夏のように蒸し暑く過ごし辛い気候ではないのだが、やはり暑いというのは誰でも不快なのだ。
ローレンはドワーフたちに作成を依頼した数日後、ついにショットガンの寿命が来てしまったらしく、ゴブリンとの戦闘中に撃針が折れ、発火不良を起こしてしまった。だが、ゴブリンたちが命拾いしたということはなく、ローレンのナイフによって首を斬られて絶命した。
その日からは町から出ずに過ごした。情けない話ではあるが、銃がなければ大した戦力にはなれないのが現状だ。
壊れたショットガンは部屋にラックを設置して飾ってある、初めて作った銃として思い入れがあるのだろう。
ローレンは家でだらけている妹を連れ、町外れにある林へやって来ていた。
「兄さん、確かに家よりは涼しいかもしれないけど、わざわざこんなところまでくる必要あった?」
エリーは渋い顔でローレンを責める。その額には薄っすらと汗が浮かんでおり、林までの道のりでずいぶんと消耗してしまっているようだ。
「エリー、夏だからってたるみ過ぎだろ。俺もあんまり人のこと言えたもんじゃないけど」
「ぶー」
「まぁまぁ、今からちょっと面白いことしてやるから」
「?」
ローレンは林の中で目を閉じて集中し始める。
(魔法を使う感覚でいいはずだ。イメージを練り上げろ、少しずつだ)
「...?」
数秒後、どこからか、涼し気な風が吹いてくる。エリーはローレンの方を見るのをやめ、気持ちよさそうに風に当たっている。
「どうだ、涼しいだろ」
「そうだねー。ここら辺はいい風が通るんだねー」
「ふっ、まだ気が付かないのか、妹よ。それでもかつて冒険者を志した者か?」
「え?なに?頭でもおかしくなったの兄さん」
と、今まで吹いていいた涼し気な風がふと止まる。
「え、まさかそういうこと?」
「そうだ。風の魔法で風を吹かせてたんだよ」
「なるほどね、魔法の練習ついでに涼しくなれるなら一石二猪ね」
「たぶんそれを言うなら一石二鳥だな」
「そうとも言う」
「...」
ローレンはしばらく魔法の練習を続けた。
なぜ風を操る魔法を練習するのか、それは今後ライフルが完成した時にわかることになる。
夕方になり、日が傾き始めた時間。真夏の夕方は非常に長く、既に時刻で言えば7時を回っている頃だろうが夕陽はまだ沈んではいない。ローレンはエリーを背負って帰宅していた。
なぜ背負っているのか?あまりにも気持ちの良い風で寝てしまったために、いくら呼び掛けても起きなかったからだ。
何はともあれ、ローレンは町の中を歩く。傍から見れば妹をおんぶしている兄、仲睦まじい兄妹だ。
町の中央の広場は市が開かれており、町の外から来た商人が商売をしている。ローレンは気になって、エリーを背負ったまま、商品を見ていく。
その中に気になる物があった。『火薬草 1束銀貨1枚』。
火薬草、名前の通り火薬の元になる草だ。この世界で一般的(?)に使われている火薬はこの草を乾燥させて粉末状にしたものだ。
(へぇ、聞いてはいたけど、火薬草はこんな見た目なのか)
「やあ坊や、火薬草は珍しいかい?」
ローレンは唐突に話しかけてきた男の商人に驚き、エリーを危うく落としかける。
「はっはは、そんなに驚かなくてもいい、私は商人のケリーだ。君はもしかしてローレンじゃないかな?」
「どうして俺の名前を...」
ローレンは一瞬身構えるが、商人はかまわず話を続ける。
「やっぱりね、冒険者ギルドから聞いたよ、若いのになかなかいい腕してるそうじゃないか」
「いや、まだまだだと思ってるよ」
「んーやぁいい、謙遜しないで。ギルドからは結構仕入れてるんだ、その時に君の話を小耳に挟んでね」
「?」
「なんでも火薬類をかなりの量買ってるらしいじゃないか」
「っ?...まあな」
「それで、商談なんだが...質のいい火薬は欲しくないかい?」
「っ!?」
質のいい火薬、なんていいタイミングなんだろうか。今まさに欲していたものだ。弾薬の性能向上には絶対に必要な素材だ。
「それで?」
「おうふふふ、食いついたね。今日はなんだから明日、向こうの宿...秋穂亭に来てくれるかな?そこで詳しい話をしようじゃないか。君にとっても私にとっても利益になると思うよ?」
「...わかった、秋穂亭だな。いい宿泊ってんな」
「えぇ、それでは」
商人の男は他の客の接客へと移り、ローレンは自宅へと向かった。
「エリー、もう家だぞ。起きてくれ...」
「ん...ふぅぇぇ、ん?あぁれ?」
「寝ぼけてないでそろそろ降りないか?」
「え?あぁっ?!」
エリーは自分が背負われている状況を理解すると慌てて降りようとし、ローレンの背中から滑り落ちる。
「だ、誰かに視られてないよね?!」
「いや、町の中央広場を通ってきたぞ」
「ふぅぇぇ、そんな人が多いところをぉ?!」
エリーは顔を真っ赤にすると家の玄関を開けて飛び込んでいった。家の前で立ち尽くすと、近所のガキンチョがくすくすと笑っているのがわかった。
(あぁ、道理でねぇ)
ローレンは妹の尊厳を守るためにコソコソと笑っているガキンチョ目掛けて飛び出していった。
その日からしばらく、近所の噂で『悪ガキがおとなしくなった』と囁かれるのだが、真相は夕暮れ闇に消えていった。
今の世の中でそんなことしたら警察沙汰ですけどね。
昔は公園で悪戯してると近所のおばさんに叱られたもんだけど、今はそういうのあんまり見ないよね。




