第5話
ローレンはデッドボアの煮込みを作っている広場から家に帰宅し、自室に戻る。銃をケースから取り出し、分解し整備する。銃身を取り出し中を掃除する。次にマガジンチューブのバネを取り出す、バネは加工精度が未だに低くヘタレ易い欠点を残しているが、数発の射撃ではとくに劣化は見られなたった。次に遊底部分の確認だ、熱による変形や劣化はない。
一通り整備を終わらせた彼は、疲れを感じベットに寝転がる、寝るつもりはなかったがいつの間にか眠りに落ちていた。
はっ。と気が付いた時には窓から入ってくる傾いた日差しはなく、代わりに少し冷たい夜風が入ってくる。
ローレンは立ち上がり、窓の外を少しだけ眺めまだを閉める。日が落ちてからまだそんなに経っていない時間だとわかった。すると突然部屋をノックする音が聞こえる。
「ローレン、いるか?入るぞ」
父が返事を待たずにすっと音を立てずに入ってくる。ローレンは机の上にあるランプに火を着ける。
「父さん、リカルドさんに話を聞いんだね?」
「あぁ、冒険者になりたいんだってな」
父は表情を変えずに、淡々と口にする。やはり親としては冒険者などという危険な職に就くことを許容できないのだろう。おそらくだが自分も子どもが同じ状況ならそうするはずだ。
「ローレン、冒険者ってのは常に命の危険と隣り合わせだ。俺としては...正直言ってお前に冒険者にはなってもらいたくはない」
「でも、僕は...」
「だが、リカルドがお前は優秀な冒険者になれるって豪語してたぞ。デッドボアを一人で倒したんだって?」
「うん、町の近くで見掛けて。町に入ってきたら大惨事になると思って...」
「あぁ、大惨事は免れなかっただろうな...実はな...」
レナートは少しだけ恥ずかしそうにしながらおずおずと語り始める。
「実は...俺は元冒険者でな...」
「...」
「クラムに来る前は辺境の都市、アルカドにいてな。ランクCの冒険者だった」
「え?ランクC?」
「あぁ、だがある日...パーティーを組んで討伐のクエストに行って負傷してな」
レナートは、どこか寂しそうな顔をしている。
「その傷はかなり深くてな、呪い付きだった。おかげで今でも時々痛むんだ」
「そんな話、初耳」
「あぁ、まだレファンドにも話してないからな。それでその傷を負って、冒険者をやめたってわけだ」
語る父を見ていると、どこか悲壮感が漂う雰囲気だ、こんな父親を見るのは初めてだとローレンは思った。
「だから、俺はお前に冒険者にはなってもらいたくない...けど元冒険者の俺が言うのもおかしいと思ってる...だから、好きにしろ」
「え?」
「母さんには俺が言っておく。だから心配するな」
「う、うん」
ローレンは戸惑った。まさか、父がこんなにあっさりと認めてくれるとは思っていなかった。
「よし、そろそろ飯の時間だ。行くぞ」
そう言ってレナートは部屋を出て行った。
(父さんが元冒険者だったなんて...リカルドさんはもしかして知ってたのかな?)
などと考えつつ、ローレンは家の表にある井戸で顔を洗ってからテーブルにつく。
「今日はデッドボアのお肉の煮込みよ!町長が広場で大量に作って配ってくれたのよ」
母は嬉しそうにしている。デッドボアの肉が好物なのか、もしくは夕飯を作らなくてもよかったからなのか。
デッドボアの肉は美味かった。脂身の少ない牛肉に似ているが、肉は柔らかく味が濃くて香りが良い。
腹を満たしたローレンは昼間の疲れからか、部屋に戻るとすぐに眠りについてしまった。
翌朝。ベットから起き、着替えてからキッチンに向かうと、母がいつもと同じように朝食を作っている。
おそらく昨日の夜、父が母に冒険者になることについて話したのだろう。どう思ったのか聞きたい気持ちもあったが、それをローレンは飲み込む。
「母さん、おはよう」
「ロー、おはよう、早いね」
「ちょっと、出掛ける用事があって...」
「そう、じゃあこれ持っていきなさい」
母が何か差し出す。どうやら弁当のようだ。昨日父から話を聞いていたため、用意してくれたのだろう。
「母さん、その、ありがとう」
「いいのよ...さぁ、いってらっしゃい」
「うん」
どこか寂しそうな顔を一瞬だけ見せ、すぐにいつもの笑顔を作って見せる母。心配していることを隠している母親の優しさに触れたローレンだった。
冒険者ギルドまでやってきた。クラムのギルドは規模が小さいためか、建物自体もそこまで大きいものではなく、大きめの酒場のような建物だ。ショットガンを肩にかけたローレンはギルドへと入っていく。
中には酒場とギルドの施設がある。酒場では朝ということもあって人が少ない、朝食を食べているものが数人だ。逆にギルドの受付や依頼ボードの付近には30人ほどの冒険者がいる。
ローレンは軽くあたりを見渡す、そして受付嬢がいるカウンターへと向かう。するとどこからか声が飛んでくる。
「おい!こんなところにがきぃがいやがるぜ!」
「へっ!坊やはママのところへお帰り!ひゃははは!」
どうやら朝から酔っぱらっている冒険者に絡まれたようだ。見た感じランクの低い冒険者だとわかる、粗雑なレザーアーマーに欠けている剣を持っている。
「はぁ、すみませんね。これでも12歳ですから、御心配には及びません」
そんなへりくだった態度が余計に気に入らなかったのか、二人の酔っぱらいは激昂する。
「ぁああ?!んだぁ?!その態度ぉ!?」
「俺が、目上のものに対する態度ってもんを教えてやらぁ!」
ローレンはいきなり掴みかかってくる男を躱して、すれ違いざまに男の脇腹に銃床を思いっきりぶつける。
「ヴォエ!う、うぼぼぼぼぼぼ」
男は胃の中身を壮大に散らしながら倒れ、意識を失う。
(死んでないよな、これ)
「このがきぃ!やりやがったなぁ!」
もう一人の男は語尾を思いっきり吊り上げながら叫ぶ。どうやら今倒れた男よりも酔っぱらっているようだ。
男は少しだけ欠けた剣を引き抜きローレン目掛けて斬りかかる。
「武器を抜いたってことは、それ相応の覚悟があるってことですよね?」
酔っ払いの攻撃をさらりと回避しながらローレンは男に問う。
「あぁああぁ?!んだぁとぉ!?やってみろやがきぃ!!」
叫びながら男は剣を振る。
ローレンはいったん男から距離を取り、ショットガンに弾を込める。
「にげてんじゃあねぇぇええぞこらぁああ!!」
ドムッ、
と発射音がギルド内に響き渡る。今まで周りの冒険者が絡まれているローレンをガヤガヤしながら見ていたのだが、すぐにしんっと静まり返る。
酔っ払いは数メートルほど吹き飛、びさらに転がりながら数メートルいったところでようやく止まる。
「おい!ローレン!お前一体何を!!」
ジャックがギルドの受付の方から走ってくる。まさかローレンが銃を撃つとは思っておらず、かなり焦った様子だ。
「ジャックさん、大丈夫ですよ。死んではいないと思いますよ」
「いや、そんなことは...」
ジャックは撃たれた男が血まみれになってぼろクズのようになっていると思った。だが男を見ると、一滴の血も流していないことに気が付く。
「え?なんで...」
「今撃ったのは柔らかい気の樹液から作った樹脂製の弾です。まあ当たったらかなり痛いと思いますけど、殺傷力はほぼありませんから」
「あぁ...まったく初日からチンピラ殺しかと思ってひやひやしたぜ。こいつらいっつも新入りに絡んでる奴らでな」
「へぇ、そうなんですか。こんな奴ら新入りでもぼこぼこにできるほど弱いじゃないですか」
そう言って近くで嘔吐している男をゴミでも見るような目で見降ろす。
「まったく、ローレン。初日からこんなことして、他の冒険者にも目を付けられるよ!」
そう言って会話に割り込んできたのはレナだった。レナも地面に倒れている男たちを見て嫌悪感を示しつつ、ローレンに話しかけてくる。
「あぁ、レナさん、どうも」
「まったく...こいつらが絡んでどう対応するか、それを見て新入り達を見定めるのが定石なんだけど...まさか2人ともボコボコにしちゃう人は初めてだよ」
「ふん、レナが初めて来た時こいつらに絡まれてオドオドしてたのにな!」
「う、うるさい!そ、そんなことないわよ!」
言いながらジャックを蹴飛ばすレナ。ジャックはまさか蹴飛ばされるとは思っておらず、思いっきり転んでいる。
「とりあえず、冒険者登録したいんですけど。どこに行けば?」
周りの冒険者たちがガヤガヤと騒いで野次馬している中、ローレンはレナに問う。
「それなら、一番右のカウンターに行きなさい。冒険者の登録やその他の相談なんかも聞いてくれるのよ」
「その他の相談?...わかりました、レナさんありがとうございます!」
礼を告げ、カウンターへと向かうローレン。その姿をほとんどの冒険者が視線で追っている。
まだ少年といえるローレンが、酔っ払いとは言え、冒険者二人をわずか数秒で伸ばしてしまったのだ。これは戦力になるという冒険者パーティーからの打算の視線。その強さに嫉妬している新入りの冒険者からの妬みの視線。その他さまざまな感想が籠った視線を受けるローレン。
受付カウンターにいる受付嬢はローレンを見て若干引いているようだが、その表情を隠して受付嬢としての仕事に戻る。
「えっと...何か御用でしょうか?」
「冒険者に登録したいんですけど」
「はい。こちらの用紙に名前、年齢。使用する武器、スキル、魔法、特技などを書き込んでください。代筆は必要ですか?」
「いや、必要ない」
代筆が必要な冒険者というのは割といる。だが依頼ボードに張られている依頼書を読むために、ほとんどの冒険者は何かしらの方法で文字を学ぶ。この世界に学校というのは少なく、一部の大都市にしかない。そのためほとんどの者が、両親や兄弟、知り合いなどから文字を教えてもらう。だがそれもすべての人がというわけではない。
「よし、これで大丈夫ですか?」
受付嬢は用紙を受け取ると、すべての項目を確認する。
「はい、用紙の方は大丈夫です。少々お待ちください」
(すごい、字がきれいね。この子、一体何者なのかしら?)
受付嬢はカウンターの奥に引っ込んでいく。裏で何か特殊な手続きがあるのかな、と考えながら受付嬢を待っていると、不意に話しかけられる。
「なぁ、君」
「はい?なんですか」
話しかけてきたのは10代後半の男で、ローレンとは5歳ほどしか離れていないだろうと思われる。腰に鞭を携え、レザーアーマーに身を包んでいる。
「さっきの酔っ払いとの闘い、すごかったね?ジャックさんに聞いたんだけど、まだパーティーを組んでないって聞いたんだけど。どうかな?一緒に組まないかい?」
「あぁ、あのぉ、お名前は?」
「あ!ごめん!僕としてことが...僕はシャリアート、リアって呼んでくれよ」
「シャリアートさん、すまないけど、まだパーティーを組もうとは思ってないんだ。またの機会にしてもらえますか?
「そっか。それならしょうがない。ま、気が変わったらいつでも言ってくれよな!」
そう言ってシャリアートは去っていった。
「ローレンさん。ギルド登録が済みましたよ」
受付嬢の声が聞こえ振り返ると、受付嬢の他に一人の男がいた。
「あ。リカルドさん、こんにちは」
「まったく、初日から問題を起こさないでほしかったな」
「あはは、すみません。絡まれた時にへりくだった態度をとったらなぜか激昂されてしまって...」
「む、そうなのか。まったく奴らも困ったもんだな。さて、それはいい。君の冒険者ランクなんだが...」
「ランクHですよね?。冒険者はギルドや地域の貢献度でランクが上がるんでしたよね?」
「あぁ、実はそれなんだが、特例として君のランクはGとさせてもらった」
「え?」
「デッドボアを倒せる冒険者がHランクじゃ色々おかしいだろ?」
デッドボアを倒せる。聞き耳を立てていた周りの冒険者たちがざわめき始める。昨日討伐されたデッドボアの話は聞いていたが、だれが倒してのか全く情報がなかったのだ。
「おい、あの子どもが、デッドボアを倒したって?」
「あぁ、俺もそう聞こえたな。マジで言ってるのかリカルドさん」
「でもジャックやレナがそんな風に言ってたの、昨日聞いた気が...」
冒険者たちが小声でひそひそとやり取りしている。それを気にせずにリカルドは続ける。
「デッドボアはランクFモンスターだが、さすがにいきなりFランクは無理だからな。Gランクってことになった。それだけギルドの職員やギルドマスターも、君に期待してるってことだからね」
「か、過大な評価だと思いますよ?」
「ふふ、謙虚だね。それも君のいいところだ。これが冒険者カードだ。なくさないでくれよ?」
そう言って差し出されたカードは、革のケースに入っている。生徒手帳より少し大きいくらいで、名前とランクがあり、いつの間に描いたのだろうか、かなり精巧な似顔絵が描かれている。さながら証明写真のようだ。
「驚いたかい?これは魔力を写し取って描かれた特殊なものでね。そこそこの費用が掛かるから、なくさないでくれよ?」
「はい、わかりました。それで...これで終わりですか?」
「はい。これであなたの冒険者登録の手続きはすべて終了しました」
受付嬢がニコッと笑って答える。あれ?さっきと態度違うな、と思いながらもローレンは受付嬢に問う。
「一応、冒険者ギルドの利用方法を教えてもらいたいんですが」
「はい。冒険者ギルドのご利用方法について説明します。まず、冒険者ギルドで依頼を受ける際には、あちらにあるクエストボードに貼ってある依頼書、あの中から受けたい依頼を選んでカウンターまでお越しください。依頼書に書いてあるランクに達している依頼のみ受注可能です。依頼をギルドが受理するとクエストの開始です。クエストには達成期間が決められています、その期間以内にクエストをこなしてください。クエストに失敗した場合、違約金が発生することもあるので注意してください。クエストを達成した場合、受付カウンターで報酬の支払いを行います。何か他に聞きたいことはありますか?」
「いえ、大丈夫です。じゃあさっそく何か依頼を受けようかな」
そう言ってクエストボードの前に行く。その様子を見ていた冒険者たちはローレンがどんなクエストを受けるのか気になるようで、ほとんど者が彼の視線の先を見ている。
(ゴブリンの討伐。街道に出没するゴブリン4体の討伐、討伐証明部位は右耳か。報酬は銀貨1枚)
その依頼書をボードから引き剥がす、その裏にも同じ依頼書が張られている。良く出没するモンスターの討伐クエストは常に張られているのだ。
ローレンは受付カウンターに行き、依頼書をさっきとは別の受付嬢に渡す。
「ゴブリンの討伐ですか?あまりお金にはならないクエストですよ?」
「え?あぁ、初めてのクエストなので、簡単なのからやろうかと...ダメですか?」
「い、いえ!そんなことはありません、むしろ安い報酬のクエストを受ける人は少ないですから、ありがたいです。こちらとしてもゴブリンの討伐ではある程度の金額しか出せないもので...」
そういいながら依頼書に何やら書きこんでから、ローレンに依頼書とは別の紙を渡す。
「これがクエスト用紙です。必要な納品物とその個数が書かれていますので。あとゴブリンの討伐証明部位は4つ以上あってもギルドが買い取りますので」
「はい、わかりました。じゃあさっそく行ってきますね」
「デッドボアを倒したローレンさんなら、危険は少ないでしょうけど、十分にお気をつけて」
「ありがとうございます。それでは」
そう言ってローレンはギルドを出ていく。その様子を見て、他の冒険者たちも自分の受けるクエストを探すためクエストボードへと向かう。さらにもうすでにクエストを受けていた者達は、ローレンの後を追うように、ギルドから出て行った。
異世界転生モノではお馴染みのチンピラ潰し。