第39話
ローレンはデッドボアを見つけた草原地帯の岩場からクラムへと戻る。
先ほどから吹いている風はさらに湿り気が増し、そろそろ雨が降ってくるんじゃないかと思わせる天気だ。ローレンは雨に濡れて歩くのは勘弁して欲しいと思い、若干の駆け足で町へと向かった。
だがそんなローレンの努力虚しく、ちょうど農地の石柵を乗り越えた時に最初の雨粒がローレンの鼻先に当たる。ローレンは不快感を表情に出しつつ、町へと続くあぜ道を走り出した。
ギルドに着く頃には雨は本降りになり始める。なんとかびしょ濡れは免れたが、衣服が少し濡れてしまい、その感触に不快感を露にする。
「はぁ、どうせなら最初から走って来ればよかった」
ローレンはため息交じりに愚痴るが、ギルドの中を見てまたため息を吐く。
ギルド内は雨を嫌って戻ってきている冒険者が多くいるようだ。もしくは天気が悪いのを見てクエストを受けずに酒場で飲んでいる者もいるようだが。
ローレンは若干混雑しているギルド内を受付嬢がいるカウンターまで歩いていく。人混みで見えなかったカウンターにはそれなりに列ができている。依頼の情報などを受付嬢に聞いているのだろうか、それらの列に並んでいる冒険者たちの手には依頼書はなく手ぶらのようだ。
珍しく3人の受付嬢がおり、やはりというかなんというか、ジーンのところに並んでいる冒険者が圧倒的に多い。あっ、こいつら依頼の情報じゃなくてジーン口説いてるのか、と気が付くのにしばらくかかったローレンはなんとも鈍感だった。
何はともあれ列が最も短いところに並び、順番を待つ。列に並びながら冒険者の顔ぶれを見るが、レナやイヴァン、ジャックの姿は見当たらなかった。
列が進み、ローレンはカウンターにいる受付嬢に受けた依頼書を見せて説明を始める。
「...というわけでデッドボアの居場所がわかりました。東の草原を1時間ほど行った場所にある岩場に巣穴を穿っているみたいです」
今まで見たことがない受付嬢にローレンは丁寧に説明する。受付嬢はあまり喋らない性格なのか、相槌を打つようなこともせずにローレンの説明を黙って聞いていた。ちゃんと聞いているのか心配になるくらいだったが、それは杞憂だったようでローレンが説明を終えるとしっかりと返答する。
「はい、わかりました。居場所は草原地帯の岩場ですね。上に報告しておきます。報酬は居場所がギルドに所属する他の冒険者に確認されたら、もしくは対象が討伐されてからのお支払いになります」
「は、はい。それで後日僕が討伐に向かおうと思っているんですが、荷車を貸して欲しいんですが」
「わかりました。明日の朝にギルドの表に用意しておきます。手数料は討伐報酬から引いておきます」
「ありがとうございます」
「いえ、それよりもあなた1人でデッドボアの討伐を?」
受付嬢は訝し気に問う。ローレンと面識がなかったため、実力を知らずに外見で判断しているのだろう。実際にローレンを見ればただの子どもに見え、立ち振る舞いからして戦闘能力が高くないと思われても仕方がないだろう。
ローレンが返答に困っていると、受付嬢がいるカウンターの奥から何度か話したこともある顔見知りのギルド職員が現れて、ローレンを訝し気に睨む受付嬢に説明してくれる。
受付嬢はほんとうに?といった顔で職員の話を聞き、ローレンに向き直って謝罪する。
「申し訳ありません。ローレンさん、あなたの実力を知らなかったものですから」
「いえ、構いません。そう思われても仕方がない外見をしてると自分でも思ってますから」
受付嬢はさらに申し訳なさそうな顔で頭を下げる。ローレンは今の言い方は良くなかったなとは思いつつも、言ってしまった言葉は戻ってこないと切り替える。
受付嬢をよく見てみると、キリっとした顔立ちに黒ぶちメガネのお姉さんタイプの人だ。髪色は若干青がかっているように見える黒色でポニーテールだ。
しょぼんとした顔がとても似合っていないが、とてもきれいな人だとローレンは不意に思った。
だが、ローレンは濡れた服を早く脱ぎたくなってきていたため、話を早々に切り上げてギルドから出ていく。
外の雨は本降りになり始めていて、銃をあまり濡らさないようにしつつ、ローレンは自宅へと向かった。
「うぅ、またやっちゃたぁ」
受付嬢はギルドから足早に立ち去っていくローレンの背中を見てシュンとしてしまった。
自宅に着いたローレンはびしょ濡れになってしまい、自室に戻ると服を全部脱ぎ捨ててタオルで全身を拭き始める。そして桶に入れて持ってきたお湯でタオルを濡らし、身体を拭く。
一通り終えると、濡れてしまった銃を拭き、装備品類も整備しておく。
と、いろいろとやっていると、エリーがローレンの部屋に入ってくる。
「ん?どうかしたか?」
ローレンはエリーに気が付き、銃を綺麗な布で拭きながら言う。
「いや、別に暇だったから」
エリーは素っ気なく答えつつ、ローレンのベットに腰掛ける。
「あーそうか。...装備品の整備はしたのか?剣が欠けてたりとかしてなかったか?」
「うん、だいじょーぶ」
「そうか。で、何の用だよ」
「...暇」
「んなこと言ってもな...」
時刻は昼を少しだけ過ぎた頃だ。雨は本降りになったり、時々弱くなったりしている。窓についている雨粒が流れていく。
「あ、そういえば、昼飯くってねーや。エリーは食ったのか?」
「食べてない。なんか作る?お母さん今日は出掛けてるんだ」
「あ、そうなの。んーじゃあなんか食いにでも行くか?」
「雨降ってるからやだ」
「じゃあ、なんか作るか」
ローレンは作業の手を止めて、エリーと共に自室を出て台所へ向かった。
台所、というよりはキッチンと呼ばれるべき場所なのだが、こちらの世界ではキッチンというのは飲食店などの調理スペースを指す言葉になっている。
ともかく、ローレンは台所にある食材を見ていく。
目についたのはホク芋と呼ばれる芋だ。ジャガイモに近い芋で、クラムの町で多くが栽培されている品種だ。
ローレンはその芋を5~6個、麻袋の中から拾い上げて洗い始める。皮を器用に包丁で剥き、ところどころに出てきている芽を抉り取る。
剝いた芋を薄くスライスして水に浸していく。数分置いて軽く手で揉み洗いし、水気を切る。
油の入った鍋を取り出して火にかけ、油を温める。木製のトングの先を油の中に入れ、気泡が出るのを確認してからスライスした芋を投入していく。
ジュクジャクジュクジュクと音を立て、油の中で芋が揚がっていく。3回に分けて揚げた芋に塩とあらびきの胡椒を掛けて完成だ。
あえて品名は揚げ芋としておく。
「ぐふふ、えへへ」
エリーはその様子を見て、まだかまだかと完成を待ちわびていたが、ローレンが味付けを終えると奇妙な声を出しながらリビングのテーブルへと向かっていった。
(いや、手伝えよ)
ローレンは皿に芋を移してテーブルまで持っていく。既にそこにはもう待ちきれないといった顔で座っているエリーがいる。
2人は席に着くと無言でバリバリと揚げ芋を食べ始めた。




