第4話
デッドボアの死体を5人がかりで町まで運ぶだけで1時間はかかった。町にいる住民たちはデッドボアの死体を見て安堵する、町の近くまで来ていた凶悪なモンスターが退治されたのだから。
ダッソーが冒険者ギルドまで走って行き、二人の冒険者を連れ出しているところを複数の住民が目撃していたため、何かあったんじゃないかと噂されていたのだ。
「てかローレンお前、脚に怪我してるじゃねぇか。大丈夫か?」
町についてデッドボアの死体を広場に置き、解体するための場所として使うために、許可を取りにリンジーが町長の家まで行っている最中にジャックが尋ねる。
「い、今更ですね、血は止まってるんで大丈夫ですよ」
「待って、怪我してるの?」
レナが横から割って入る、おそらく人の会話にいつも横から入ってくるタイプの人間なんだろう。
「今わたしが治してあげる!」
そう言うと、脚の患部に手をかざす。すると淡い色の光が彼女の手から発せられ、患部を治癒していく。
「す、すごいですね。回復魔法を使えるんですか?」
「えぇ、まぁちょっとした怪我くらいしか治せないんだけどね?...よしこれでもう大丈夫ね」
「ありがとうございます、レナさん」
治療が終わったころに町長を連れたリンジーが戻ってくる。町長は、3メートルはあるデッドボアを見て驚きの顔をしつつも安堵を浮かべている。町の近くまでこのようなモンスターが近づいてくることなどめったにないのだからしょうがないだろう。
「これは、大きいですね...リンジーさんがこれを?」
「いや、私ではありません。これを仕留めたのは彼です」
そう言ってローレンを町長の前に引っ張てくる。それを見て町長は、何を言っているんだ?と困惑の表情を浮かべる。デッドボアの姿を見に来ていた野次馬たちもそれを聞いてざわめきだす。当然だろう、たかが10歳ほどの少年がデッドボアという凶悪なモンスターを倒したと言っているのだから。
「え?いや...何かの間違いでは...無いようですね...」
真面目な顔で町長と向き合っているリンジーとその後ろにいる二人の冒険者、さらにローレンの顔を見て、何か冗談を言っているわけではないと理解すると、さっそくデッドボアの解体の指揮を始める。
肉屋のおっさんが大型獣解体用の大きな包丁を持ってやってくると、肉屋の店員たちが水やらまな板やらを持って広場へとやってくる。さすがに町長をやっているだけあり、そのような手配もしっかりとしていたようだ。
「デッドボアの肉は相当な量になるでしょう。数人で食べきれるようなものでもありませんしね。えっと、デットボアを倒したのは君だって言うのは本当かい?...あれ?君はもしかしてレナートのところの...」
「はい、レナートの次男のローレンです、デッドボアを倒したのは僕で間違いありません...」
後半に行くにつれてローレンの声は小さくなっていく、周りの野次馬たちに聞かれるのを避けるためだ。
「そうか、やはりレナートの...まぁそれは後だ、どうだい?デッドボアの肉は私が買い取ろう」
そう言っている間に、広場には巨大な鍋と大量の巻が集められていく。鍋で煮込み料理を大量に作り、町長がふるまう、という流れのようだ。デッドボアが町の付近まで出てきていたという住民の不安を払拭するためだろう。クラムの町にはデッドボアが入ってこれない、入ってくるときには肉になっている、と印象付ける狙いのようだ。
やはり町長は有能な人物だな、そう思ったローレン。いや、町長の考えていることがおおよそわかってしまったローレンも12歳とは思えないほど優秀といえるだろう。
「はい、肉はすべてお売りします。皮やその他の素材はどうしますか?」
「皮も君が必要ないというなら買い受けよう、その他の素材もな」
「あ、でもデッドボアの使える素材がわからないんですが...」
デッドボアを倒せるといっても彼は冒険者ではないので、モンスターの使える素材というのがわからなった。
「デッドボアで肉と皮以外の素材は、骨くらいしかないぞ。骨は武器の加工や優秀な肥料として加工される」
そう助け舟を出してくれたのはリンジーだった。彼は普段、他人に対してはあまり優しくないのだが、ローレンに目を掛けているのがあからさまだった。
「え、そ、そうなんですか。ありがとうございます、リンジーさん」
「あ、あぁ、気にすることはない」
リンジーは若干だが顔を赤くしている。二人がお互いに顔見知り属性なせいで、よくわからないことになっていた。
「じゃあ、町長さん、何かしらの加工に使えそうな大きめの骨を僕にください。それ以外は全部お売りします」
「そうか、わかった。あとで肉の量を測って、骨を冒険者ギルドと商人たちに競売に掛ける。そのあとに金を払おう、かまわないか?」
「はい、わかりました。...あ、」
「ん?どうした?」
「デッドボアを倒したときに鉄の玉を数発撃ちこんだんでした。解体の時に出てくるかもしれません」
「鉄の玉を撃ち込んだ?不思議な攻撃方法だな。まぁそれも後だ、鉄の玉が肉に混入しないように肉屋には言っておく、心配しなくてもいいぞ」
そう言って町長は肉屋の方へ行き、いくらか言葉を交わすと、いつの間にかそこにいた商人や冒険者ギルド職員たちとどこかへ去っていった。おそらく素材の売買についてや、町の安全について会議するのだろう。
そして残っていたギルド職員がローレンに話しかけてきた。
「君がこのデッドボアを倒したローレンかい?」
冒険者ギルドの職員は30代後半の優しそうな男性だ。おそらく町長との会話を少し離れたところから聞いていたのだろう。
「はい。そうです。あなたは?」
「私はリカルド、冒険者ギルドで働いているんだ。君はまだ冒険者ではないよね?」
単刀直入、勧誘しに来たのだ。クラムでは冒険者が流出傾向にあり、ただでさえ冒険者が少ないクラムの冒険者ギルドは危機的状況なのだ。
「はい、まだこの年ですから、冒険者になる。なんて言っても笑われるだけですよ」
「確かに、君はまだ若い、いや幼い。でもデッドボアを倒したことは紛れもない事実だ」
「でも...両親はおそらく反対しますし...」
「こちらからレナートさんに口添えしますよ。その年でデッドボアを倒せるなら、あなたが冒険で命の危機に直面することはまずないでしょうし」
「そんな、買いかぶり過ぎです。デッドボアを倒せたのも楽勝だったわけではないですし」
そう言って少し照れつつ、頭を掻くローレンにレナがチョップを食らわせる。
「何言ってんのよ!ランクFのデッドボアを一人で倒したんだよ?!私みたいなFランク冒険者が数人で安全に倒せるようなモンスターだよ?!」
そしてもう一発チョップをくれる。割と本気で打たれたチョップに一瞬だけ眩暈がしたローレンの耳に声が聞こえる。
「ワシも、こいつは一人前の冒険者になれると思うぞ」
ここまでの成り行きを端っこのほうで見守っていたダッソーが語る。あれ?居たの?とレナが視線を送るが気にしないことにしたローレン。
「確かに、冒険者になってみたいとは思ってるんですけど...」
悩むローレン、1分ほど考えて彼は。
「わかりました、冒険者になります。両親にも話してみます」
「ほんとかい?!ありがとう!じゃあレナートさんに後でこちらから話を通しておくよ」
リカルドは優しそうな笑顔を浮かべて感謝の言葉を口にし、すっと去っていった。
「ローレン、もし冒険者になったら私とパーティ組まない?弓と回復魔法なら自信あるよ!」
さっそくとばかりにレナがパーティーに勧誘してくる。デッドボアを一人で倒せるような逸材をみすみす見逃すわけにはいかないのだろう。
「おっと、待ちなよレナ。俺みたいな剣士のほうが、前衛をこなせていいと思うぞ」
ジャックが自分のほうが利点が多いと理論を展開している。
「何よ!前衛なんていなくても敵を近づかせなきゃいいじゃない?!」
「まったく、素人か?前衛と後衛に分かれたパーティーは基本だぞ?!」
「基本なんかどうでもいいでしょ?要は相性と戦闘力じゃない!」
「ふん!それなら俺のほうが...」
「いえ!わたしだって...」
軽く論争が起こっている。二人を止めようとするローレンの後ろからボソっと声が聞こえる。
「俺もお前と、その、なんだ、パーティー組みたいから、待ってるぞ」
リンジーが論争している二人から掻っ攫うように勧誘している。それに気が付いたジャックとレナが。
「ちょっ!?リ、リンジー?!何抜け駆けしようと!」
「そうだ!俺がローと組むんだ!」
「はっ?!なにあんたローレンのこと気安くぅ!」
またジャックとレナの言い争いが始まる。
(この二人仲がいいのか悪いのか)
ともかく、冒険者から引っ張りだこになるくらいには期待されてるんだな。という思いを胸に、ローレンは帰宅した。ジャックとレナを放っておいて。
その後、夕方ごろにはデッドボアの煮込みが大鍋でふるまわれていた。その場で皿を持ってきて食べる人や家から鍋を持ってきて食卓に出す人などでごった返していた。ちなみにデッドボアはでかくてゴツイ割にはかなり肉が柔らかく、脂身が少なくて食べやすいとかなり評判だった。
「あれ?なんかワシ、ローレンに無視されてなかったか?」
ダッソーが賑やかな広場を眺めつつ、そう呟いた。
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