第28話
ローレンは人生でこれほどの恐怖を感じたのはおそらく初めてだろう。無数の棘に覆われた茨の触手は4メートルほどの大きさを持っている。
「ローレン?!どうし...」
ローレンの叫び声を聞いて飛び出してきたレナはその触手を見て、驚愕の表情を見せる。
イヴァンももう既に起きていて、キャンプ内にいる人間を起こして1か所に避難させているらしい。やはり冒険者歴がローレンより長いだけあって、有事の際の手際の良さが目立つ。
ローレンは肩にかけて持っていたショットガンを構えて撃つ。その銃声は闇の中に響き渡り、一帯の丘や崖に当たって反響する...
ショットガンから放たれた散弾は触手の先端を吹き飛ばす。すると傷口から緑の液体を垂れ流し始めると、瞬く間に触手の先端を修復してしまう。
「レナさん、援護を!」
ローレンは咄嗟にレナに言い放ち駆け出す。ただ真正面から撃つだけではダメージが与えられないと考え、いっきに畳みかける作戦だ。
レナは弓を構えて触手に向けて放つ。矢は触手のど真ん中を穿つが、まったくダメージを与えられていないようだ。
だがそれでもローレンが攻撃をする隙を作ることはできる。ローレンは駆け出した勢いのまま、触手の元へとスライディングしながらショットガンを撃つ。
触手は下からの散弾に全体を切り裂かれ、至る所の傷口から液体をまき散らす。
だが、その一撃は触手にとって致命的だったらしく、うねうねとうねりながら動きを止めた。
ローレンはそれを見て起き上がりながらも銃口は触手へと向ける。
「ローレン!大丈夫?」
レナが心配そうに声を掛ける。ローレンは自分の脚が震えているのに気が付くが、今はそれを気合で奮い立たせる。今まででもっともバケモノと言える存在が目の前に横たわっている。
だが次の瞬間、謎の触手は生えている地面へとズルズルッと戻っていった。
「どうにかなったか...」
ローレンは触手がいなくなった穴に近付くがそれらしい気配は感じられなかった。
「ローレン、今のは何なの?」
レナは正体不明の触手について尋ねるが、ローレンも突然現れた触手の正体などわからずに、ただ首を横に振る。
「とにかく今日は全員で見張りをしつつ、朝一番にここから離れよう」
イヴァンがキャンプから出てきて提案する。もちろんそれに異論を唱える者はおらず、2人は頷く。
キャンプ内にいたマテウスたちも触手をちらりと見たらしく、若い助手たちは怯えた顔でテントの中から外を見ていた。マテウスも不安そうな顔をしてはいるが、どちらかというと現れたモンスターへの興味があるらしく、どこか落ち着かない雰囲気だ。
なにはともあれ、襲撃してきた触手がまだ出てくる可能性を考えて、全員で見張りをする。朝まで3時間と少しと言ったところか。
マテウスたちもテントや調査用の道具などをに馬車に詰んでいる。荷馬車が触手に襲われなかったのは不幸中の幸いと言ったところか。
だが、数時間ほどするとまた気配を感じ、3人はキャンプの外の暗闇に目を凝らす。
地面から3本の触手がにゅるにゅるっと生えてくる。その光景はなんとも不気味で気色悪いもので、3本の触手はローレンたちの存在を確認すると襲い掛かってくる。どうやってこちらを認識しているのかはわからないが、その3本の触手は連携しながらローレンたちを攻撃する。
触手はその棘のついた身体で3人を薙ぎ払おうとする。ローレンたちはそれぞれがバラバラに避けることで回避するが、その避けた先に他の2本の触手が叩きつけてくる。
おそらくその叩きつけられた触手が掠りでもすれば、人間の体など穴だらけになってしまうだろう。
ローレンは隙を見てショットガンを放つが、触手からの距離が離れているせいか、なかなか致命傷を負わせることはできず、与えた傷も数秒のうちに修復されてしまう。
「くそ、このままじゃじり貧だな」
「イヴァン、私たちが引き付けるから魔法を!」
レナが指揮を執る。前線で2人が時間を稼いでいる間にイヴァンが魔法を放つ作戦だ。
ローレンとレナは同時に前へと飛び出す。
触手は近づかれる前に右からの薙ぎ払いで2人を迎撃する。
ローレンはその薙ぎ払いが届く寸前の距離で止まりショットガンを構える。レナは薙ぎ払いが上半身を狙った攻撃だとわかると、身をかがめて避ける。そのかがんだレナにもう2本の触手がたたきつけを行う。
だが、それを読んでいたようにローレンが叩きつける触手へ向けてショットガンを撃つ。
触手は撃たれた衝撃でひるみ叩きつけるのをやめるが、もう1本の触手はレナに向かって振り下ろされる。
だがローレンが1本目の触手の攻撃をひるませたこともあり、レナは叩きつける2本目の触手を避けることに成功する。
2人はいったん触手から距離を取り、イヴァンをちらりと見る。どうやら魔法が完成しているらしく、あとは撃つだけのようだ。
「ダウンバースト!」
イヴァンが魔法を行使すると、すさまじい風が上空から吹き付ける。その風は触手たちを地面へと叩きつけ、動きを止めることに成功する。
「今だ!」
イヴァンが叫ぶと同時にローレンとレナが地面にへばり付いている無防備な触手へ攻撃を加える。
レナはその場で弓を射る、ローレンは触手へと走って近付き、近距離から散弾を撃ち込む。
レナは触手の1本を地面に縫い付けるように矢を放つ。触手を貫通した矢は地面へと深く刺さり、その数が増えるにつれて、触手は動きを制限される。
ローレンは1本の触手の中央部分に近々距離から散弾をぶち込む、ドムンッドムンッと銃声が響き渡る。
散弾により体を真っ二つに絶たれた触手はビクッと一度跳ねたのち絶命する。
さらにイヴァンが残りの1本に魔法を撃ち込む。イヴァンは魔法の風の刃を形成し、それを触手へとぶつける。触手はダウンバーストによって叩きつけられていた体を起こそうとした瞬間に風の刃に切りつけられる。何度も何度も風の刃に切り裂かれた触手はやがて動きを止め、地面へと倒れた。
「ふぅ、ふぅ、何とかなったか」
イヴァンは息を切らせながら全員の無事を確かめる。
「これで最後だといいんですが...」
「そうね、これ以上はキツイわ...」
ローレンもレナも一度の戦闘で疲弊し始めている。何度も触手に襲撃を受ければ、いずれは耐えられなくなるだろう。さらに一度に出てくる触手の数が増えれば、もはや防戦一方だろう。
そんな風に考えていると、空が明るくなっていることに気が付く。3人はかなりの長い間戦っていたことを思い出し、朝日を歓迎する。
「もう朝か、よし、マテウスたちも準備を終えようとしている。ここから脱出しよう」
イヴァンがキャンプの方を見ながら言い、イヴァンとレナはキャンプに向かい、準備ができているか確認しに行った。
ローレンはその場で明るくなった辺りを見る。その風景の中に、先ほどの少女を見つける。朝陽に照らされた花畑の中にいる少女はどこか暗い影を落とし、こちらをじっと見ている。
ローレンは危険だとは思いながらも少女へと近づいていく。
少女の目の前までくると、声が聞こえる。
「みんな私を置いていくの」
それは、悲壮感にあふれ、どこか狂気を感じる声で呟かれた。
「私は、なんで...こんな...」
少女は何か言おうとするが、急に様子がおかしくなる。
「こん...な...ぁ...ぁああああああああああああああああ」
突然叫びだした少女を警戒し、ローレンは咄嗟に退く。
すると少女は叫びながら、姿を変えていく。顔が潰れ、肉が爆ぜ、腕が肥大化し、身体のいたるところから花が咲く。
「ごめんな」
ローレンは変わりゆく少女の姿を見て、銃を構える。頭だった場所へと銃口を向け、引き金を引く。
ダムンッ
銃声を聞きつけて急いでやって来たレナは、土と薔薇のような植物でできた人型の塊を悲しそうな顔で見ているローレンを見つけた。




