第3話
世界歴3338年。世界歴は古代の大国が集まり決められた世界共通の時間だ。一年は12ヵ月360日で6年に一度の閏年がある。だが、庶民はカレンダーのようなものは使っておらず、正確な日付を知る必要のある商人や貴族が使っている。
3338年春になった。
ローレンはいよいよ完成した『銃』をケースに入れて持ち、町から20分ほど歩いた牧草地帯を歩いていた。銃を作るために協力をしてくれたダッソーも一緒だ。
「ここら辺でいいでしょう、この時期はこの辺に家畜はいませんから」
「おう、じゃあ始めるぞ」
木の箱から出した銃を構える。
見た目は一般的なポンプ式のショットガンだ。ストックやグリップは木製。装弾数はマガジンチューブに6発と薬室に1発。
使用する弾薬は一般的な12ゲージと同じようなサイズだ。薬莢は黄銅(真鍮)製、弾頭はバックショットだ。バードショットのような超小粒の弾丸ではなくある程度大きい弾丸が詰まっているので、シカやクマなどの大型動物を狩るために使われていた。弾薬はほぼ前世の地球にいたものと同じような造りになっている。
ローレンは実包を1発だけ装填し、持ってきた瓶を20メートル離れた場所に置く。
「撃ちますよ、よく見ててください」
ダッソーは無言でうなずきながら、じっと銃口と瓶を見る。
ドムンッ、っと鈍い発射音が周辺に響き渡る、その音を聞いた時には瓶が粉々に砕け散っていた。
ダッソーは驚いた表情で瓶に近寄る。
「粉々だな、まったくこりゃあとんでもねぇ代物んを作っちまったもんだ」
「えぇ、これはかなり使えますね、魔法や弓より素早く撃てる利点もあります」
そう言って今度は持ってきていた厚さ5mmほどの鉄板を地面に突き立てる。
そして実包を6発装填して構える。
ドムッ、ッ、ドムッ、ッ、っと連続した発射音がかなり遠くまで響き、近くの丘に反響している。
6発を撃ち終わり、撃たれた衝撃で倒れている鉄板を拾い上げる。
「まったく、鎧用のアーマープレートも穴だらけか。なんつぅ威力だこりゃ...」
「弾丸を鉛にせずに鋼鉄にしましたから、貫通力も問題ないようですね」
「あぁ、ランクの低いモンスターなら体のあちこちに穴が開いて血のシャワーになっちまうだろうよ」
少し興奮した様子でダッソーが語る。だがローレンは。
「ダッソーさん、できればこの武器の作り方は誰にも教えないでもらいたいんですが」
銃を作る当初からあった問題がある、それは銃が一般に使われるようになると必ず軍事に影響を及ぼすことだった。
「あぁ?なんでだ?これがあれば低ランクモンスターなんか楽に始末できる、冒険者の助けになるこたぁ間違いねぇ」
「この銃、作るのは難しいですが、使うのは簡単なんです。つまり軍事に使われると大変なことになるんです」
「あ?なんでだ?」
「兵士というのは、必ず訓練が必要ですね?たとえどんな武器を使おうと」
「そりゃそうだ、剣だろうが槍だろうが最低でも半年、弓なんかは数年かかるぞ」
「でも、こいつなら?訓練は必要でしょうけど、丸一日訓練すればよほどの馬鹿でも使えます」
「あ」
「わかりましたか?銃が一般的に使われるようになると兵士の数も増えるかもしれないですし、もしこの銃を使って国どうしが戦争になったら、この鉄板のように穴だらけの死体が量産されるでしょう...」
「あぁ、そりゃあおっかねぇな、こんなもん作っちまってよかったのか...?」
ダッソーは顔を青くしている。ローレンの説明で銃の危険性をわかってくれているようだ。
「でも、僕が一人で使うには問題ないでしょう。この世界のランクの高い冒険者たちなんか、銃の何倍もの威力の魔法やスキルを使うんですから」
「まぁ、そうだな、ランクAの冒険者ならこんな鉄板跡形もなく消せるだろうしな」
そう言って鉄板を拾う、持ち帰ってまた溶かして使うのだろうか。
ローレンは銃をケースに収めようとしていると、何か気配を感じた、とっさに耳を澄ます。
すると近くの丘の上に何か、動物のようなシルエットが見えた。かなり大型でよく見ると牙を持っている。
「なんだ。あれ?」
そう呟いたローレンは銃をケースに収めるのを止める。
「ん?ローどうし...あ、ありゃ、デッドボア?な、なんでこんなところに」
「デッドボア?なんですかそれ」
「ランクFモンスターだ、クラムの町周辺に出るモンスターの中では群を抜いて危険な奴だ。普通はこの時期にこんなところまで出てくるこたぁねぇんだが...」
そう言ってダッソーはローレンの腕をつかみ逃げようとする、が。
「待ってください、あいつが町に近づいてきたらまずいですよ!」
「だ、だが...」
「任せてください、僕が仕留めます」
「ま、待て!」
ダッソーの制止を無視し、ローレンは銃を構えてデッドボアに向かっていく。
デッドボアはローレンに気が付いていない、町の様子を丘のから眺めているようだ。
(なぜ町の様子を見ている?まぁモンスターが考えてることなんかわからないけどな)
「おい、ローレン、俺は町の冒険者を呼んでくる。だから変に手出しして刺激するな!すぐ戻る!」
ダッソーが小声で叫ぶという器用なことをしつつ走り去っていく。
デッドボアは町の方を向いたままだがダッソーのことは視界に入っていないか、または戦力外だと思われ見逃されているのか、まだデッドボアは町の様子を見ているようだ。
(チャンスか?)
丘の下まで来たが、どうやら気が付かれていないらしい。そっとデッドボアの後ろから近寄っていく。
デッドボアは体長3メートルはあるか、近づくときつい獣臭がする。
だがランクFのモンスターというだけあって、デッドボアの気配を察知する能力は高かったようだ。デッドボアはローレンに気が付く。
―――――フッブルルルルルル―――――
威嚇の声を上げるデッドボア、その声量は通常の猪とは比べ物にならない。
デッドボアは自慢の牙をローレンに向けて丘を下ってくる、その速度は普通の猪の2~3倍ほどで、体重が200キロほどあろうかという巨体で突撃しようとしてくる。
ドムッ、っと銃声が響く。
30メートルほどの距離で放たれた散弾のほとんどデッドボアの牙に弾かれる、だが数発の散弾が顔に当たりいくらかデッドボアは減速する。
ローレンはすぐに排莢し、突撃してくるデッドボアを避ける。間一髪、戦闘経験がないローレンの太ももにかすり傷を受けるがなんとか回避する。
回避した直後に振り向きざまに、デッドボアの背中めがけて散弾を放つ。
ドムッ、
デッドボアの体に近距離から放たれた散弾が食い込む。鋼鉄でできた散弾の雨を受け、体をぼろぼろに引き裂いていく。
走る勢いをそのままに倒れこんだデッドボアが丘を転がっていく、20メートルほどゴロゴロと転がり、やがて止まる。200キロの体重を持っているデッドボアが転がったせいで、丘には一筋の溝が出来上がっていた。
(やったか?)
撃った弾を排莢しつつ、近寄る。どうやら完全に息絶えているようで、全く動かない。
「ふぅ。突撃されてたらあの下敷きかよ...」
「まったく、あぶねぇガキだな」
突然、全く気配もなく発せられた言葉に驚き、声のしたほうへ向けて銃を向ける。
「おいおい待て待て!味方だ!」
その言葉を聞いて男の姿を確認すると、動きやすいレザーアーマーを着て腰に剣を二つ下げているのが見えた。歳は20前半か、茶赤の髪を短く切り揃えている、どこか軽い印象を与える顔つきだ。
それを見てとっさに銃を降ろす。
「す、すみません。えっと、あなたは?」
「俺はジャック、ランクDの冒険者だ。君は?」
「僕はローレンです。ジャックさんはどうしてここに?」
「あぁ、さっきドワーフのダッソーっておっさんと町の入り口であってな、デッドボアが出たって話を聞いたんだよ、しかも子供がその様子を見はってるなんて言うもんだから急いでやってきたってわけさ」
「そうだったんですか、でもデッドボアはここで死んでますよ」
そう言ってデッドボアはに視線を向けた瞬間。デッドボアがムクっと起き上がった。
「うっそだろ?!」
とっさに銃を向けて撃つ。ドムッ、っと鈍い発射音。かなりの至近距離で放たれたため、デッドボアの頭を吹き飛ばしてしまう。あたり一面が真っ赤に染まる、脳みそやら牙やら骨やらが散らばっている。
「っう、おぇぇ」
「おい、大丈夫かお前、てかその武器は一体なんなんだ?飛び道具のくせに予備動作もなく放てるのか?」
おrrrrr、と胃をひっくり返しているローレンの背中をさすりつつ、ジャックは続けざまに質問してくる。
胃の中のものをすべて出し切ったのか、少し頭痛がするが吐き気は収まったローレンは質問に答えるために話し出す。
「ああぁ、すいません。見苦しいざまを」
「あぁ、気にすんな、冒険者だってこの状況を見れば気分を悪くする奴もいるだろうしな」
「えぇ、まぁ、そうですね。ところでこの武器ですけど、これは銃です。火薬を使って鉄の玉を飛ばす武器です」
「ほう、面白い得物を持ってるんだな」
ローレンとジャックが話していると、数人の足音が近づいてくるのに気が付いた。
「...?!」
「えぇ、なにこれぇ」
「ファッ?!」
ダッソーと、もう二人はおそらく冒険者だろう。
一人は弓を持った女の冒険者だ、20歳くらいで比較的美人だ。そしてもう一人は槍を持った男の冒険者で、20歳後半でやせ型だがなかなか威厳のある顔をしている。
「急いできてみれば。もう死んでるとはな、ジャック、やるじゃないか」
冒険者の男がジャックに呆れたような視線を向けつつ話しかける。デッドボアを倒してこのような状況(血の池)を作ったのはローレンであるのだが...まさか10歳ほどの少年がこの状況をつくったとは夢にも思わないだろう。
「いや、俺がやったんじゃぁねぇよ。こいつだ」
そう言ってローレンに視線を向けるジャック、そして何を言っているのかさっぱりわからん、といった視線をローレンとジャックに向ける二人の冒険者。
「だから、俺がデッドボアを倒したわけじゃない。ローレンがこの銃とやらで倒したんだ」
「?!そ、そんな、馬鹿な!」
女の冒険者が半分叫び声で言い放つ。
冒険者はランクHからAまでのランクがあり、H・Gは駆け出し、F・Eで一人前、D・Cで腕利き、B・Aはベテラン、となっている。女はFランクで最近昇格したばかりだった。おそらく一人ではデッドボアを倒すことはできない、できたとしても弓を使った近距離からの不意打ちが必須だろう。
つまりローレンは一人前の冒険者と同等の戦力というわけだ。
「ほう、そりゃ、すげぇもんだな」
男の冒険者が値踏みするような目でローレンを見る。
「俺はリンジーだ、よろしくなローレン」
男はランクDで、クラムの町ではトップレベルの冒険者だ、ローレンも名前は聞いたことがあった。
「ローレンです、どうぞよろs...」
「ちょ、ちょっとどいてリンジー、私はレナ。ランクF冒険者よ!よろしくね」
女が勢いよく割り込んでくる。
「あ、あはは、ど、どうぞよろしく...」
「あれ?ワシ会話に置いてけぼりにされてる」
ダッソーのつぶやきを聞いたジャックはポンポンと彼の肩を叩いた。
ダッソー...
異世界で初めて銃を使ったローレンのお話でした。