第10話
ローレンとレナが広場に戻ると町の重役たちが集合している、一時的に避難してきた住民たちの数は300人ほどで、広場は不安そうな表情の住民たちで埋め尽くされている。
「ローレン、レナ、こっちだ!」
声に気が付き振り返ると二人の冒険者がこちらに手を振り呼んでいる、ジャックとリンジーだ。
「ジャックさん、リンジーさん、ご無事で何よりです」
「まぁ、あんくらいのモンスターなら何とかなるさ。北西側はどうだった?」
ローレンとレナが北西側の入り口に向かったことはレナが事前に知らせていたらしい。ローレンは細かい話は後にしてさっそく本題に入る。
「赤い体表のゴブリンが北西側から侵入してきたので撃退しました」
「撃退?確実に殺せなかった、という解釈でいいか?」
リンジーは怪訝な顔をして聞き返す。今回の襲撃の首謀者である可能性がある以上は、逃がしてしまっては、再度の襲撃を受けるかもしれないのだ。
「はい、残念ながら。頭部を完全に破壊しましたが、首から下には逃げられてしまいました」
「...なるほどな。頭部を完全に破壊したなら、さほど脅威にはならないかもしれない...」
「それと念のために報告ですが、謎のゴブリンによる負傷者が出ましたが、レナさんが治療してくれたので心配はいらないようです」
「わかった。俺とリンジーで町長たちに報告に行くから。二人はもう帰って休むといい。朝からずっと動きっぱなしで疲れているだろ?」
ローレンはその言葉を聞いた途端に、身体に感じる疲労感がどっと増してきたような気がした。おそらく、体の興奮状態が続いていたために疲れを感じていなかったようだ。
「はい...ところで南東側の襲撃してきたモンスターたちはどうなりましたか?」
「あぁ、一部の冒険者たちが追撃に行ったが、そいつらも戻り始めてる。もう心配ないだろ」
「わかりました、じゃあ自分は帰って休むことにします。もし父にあったら先に帰ったと伝えてください」
そう言って立ち去ろうとして、ふとレナがいないことに気が付く。さっきまで一緒にいたのだが、ジャックと話しているうちに見失ってしまった。
「レナさんは?」
「え?さぁ、もう帰ったんじゃないか?」
若干素っ気ない感じで返すジャックに違和感を覚えるが、ついさっきのことを思い出す。
詮索するなとやんわり告げてきたレナ、おそらく何かしらのことをジャックは知っているのだろう。
(レナがどこかの貴族の令嬢だ、とかいうお決まりのあれか。それとも王族の末裔とかいう異世界テンプレか?)
などとローレンは考えつつ帰路につく。
広場では騒ぎを収めるために町長や町の重役たちが活躍しており、あと数時間もすれば収まるだろう。それに町の半分ほどの住民は騒ぎに気が付いていないようだ。危機管理が甘いと思われるかもしれないが、ここ数十年でモンスター襲撃など一回もなかったのだから仕方ないだろう。
「...ただいま」
ローレンは自宅の玄関に入り、小声で呟く。おそらく父以外の家族は今も眠っているだろうと気を使った。だがローレンの予想は外れる。
「おかえり、ローレン」
出迎えてくれたのはローレンの母、エラだった。レナートが家を出るときにエラを念のために起こしていたらしい。
「母さん、ただいま」
「良かったわ、無事に帰ってきてくれて」
そう言いながらエラがローレンを抱きしめる。久しぶりに感じた母親の温もりを感じたローレンは極度の緊張状態から解放されたためか、そのまま眠りについてしまう。
「...あらあら」
エラはローレンをベットまで運び、もう一度抱きしめてから部屋を出て行った。
目が覚める感覚がいつもよりどんよりとしている。極度の疲労を貯めていたためか、すでに日が傾き始めている時間だ。
ベットから降り、自分の相棒ともいえる銃に手を伸ばす。いつの間に置いたのか、机の上に置かれている銃を手に取りながら、昨日のことを思い出す。母に抱かれたところまでは記憶があるが、どうやらそのあとのことは覚えていないらしい。それもそうだろう、ローレンは母の腕の中で眠りに落ちてしまったのだから。
ローレンは手に取った銃を分解していく。入っていた実包を抜き、チューブマガジンを外す。マガジンのバネの疲労を見る。少し軟くなっているが大丈夫のようだ。
次に銃身の中を掃除する。長い棒に布を巻き付け油を軽く布につける、その棒を銃身に入れて何度か通す。
次に内部の部品に筆を使って油を軽く塗る。
少し待って油により浮いてきた汚れを、油のついていない布で拭き取る。
ストックと本体のがたつきがないかを確認しつつ組み立てる。
手入れが終わるころには外から夕陽が差し込んでいた。
ローレンはゴム弾数発と実弾数発をベルトの弾帯に入れて、銃を持って家を出た。
ローレンは冒険者ギルドへ向かった。昨日の襲撃に関して何かわかったことがあるかもしれない。
ローレンがギルドへ入ると先日と同じように様々な者達から視線が向けられる。
先日の戦いぶりを見ていた者たちはローレンの戦闘能力の高さを知り、パーティーを組むべく勧誘しようとしている。
新入りのくせに調子に乗りやがって、とういう妬みの籠った視線もあるが。
そんな視線は気にせず、ローレンはカウンターへ向い、カウンターにいる受付嬢に話しかける。
「昨日の襲撃のことでリカルドさんに話したいことがあるんですが」
「はい、ローレンさん、お待ちしていました。リカルドさんはギルドの二階でお待ちしています。こちらへどうぞ」
受付嬢は愛想よくローレンを案内する。ローレンは受付嬢に言われた通りに受付カウンターの中に入り、二階へ続く階段に通される。二階は複数の部屋があり、ギルド職員のオフィスのようになっている。
受付嬢が少し進んだところで止まり、扉をノックする。だが、中からの返事がない。
「はぁ」
受付嬢はため息をついてもう一度、さっきよりも強く扉を殴りつけるようにノックする。
すると20秒ほど中からごそごそと音が聞こえ、リカルドが顔を出す。リカルドは寝起きのようで、寝癖を直しながらあくびをしている。
「リカルドさん、ローレンさんをお連れしました」
「ふわぁ~。ありがと、とりあえずローレンは入ってくれ。あと適当に飲み物と軽く食べ物も持ってきてくれるかい?」
「私はメイドではありません!」
「はは、そんな怒らないでよ、まぁ頼むよ」
「はぁ...」
受付嬢は怒って行ってしまう。誰だってそうなる、私でもそうなる。
「あはは、ごめんなローレン。とりあえず適当に掛けてくれ」
リカルドの部屋は大きめのソファーが2つとテーブル、執務用の机がある簡素な部屋だ。応接室とも呼べるか。
ローレンはソファーに座り、リカルドもその対面に座る。
「昨日はご苦労だったね。モンスターの剥ぎ取りができなかったようだし」
「はい、さすがに疲れてて、帰ってすぐに寝てしまいました」
「まぁいい、私も今まで寝てたんだからね、昔ならこんなことはなかったんだけど、歳をとるとどうしてもね」
「そうですか、ところでモンスターの襲撃について何かわかったことは?」
ローレンは本題に入る。
「いや、これといって進展はない。ジャックから報告を受けたが、赤い体表のゴブリンは確実に仕留められなかったんだな?」
「はい、頭部は完全に破壊しましたが、胴体から下は目を離している隙に逃げられてしまいました」
「おそらく今回の襲撃の首謀者はその謎のゴブリンだろう。希少種か変異種ってところだろう」
希少種はその種で最も珍しい個体もしくは種を指す。変異種はその種の中で亜種、希少種にも属さない突然変異の個体を指す。
「赤い個体の希少種がいるんですか?」
「あぁ、ゴブリンは目撃例が多いこともあって希少種、亜種、変異種が数えきれないほど報告されているんだ。だからその赤い個体の特定は本体がないと解明できないだろう」
「そうですか...すみません」
「いや、謝ることはない。駆け出し冒険者でまだ10代前半の君がここまでやれるとは、むしろこっちが謝りたいくらいだ...まさかモンスターたちの襲撃が陽動とはな。赤いゴブリンには何かしらの能力で他モンスターを操る、または扇動することができた可能性が高いな。それ以外の確認されたモンスターはすべてが通常種だったからな」
リカルドは何やら考え事をするように後半は独り言のようにぶつぶつと呟いた。
ローレンは部屋に一つだけある窓から外を見る。すでに日が隣の建物の屋根に隠れ始めていた。
「リカルドさん、お話はここまでにしましょう、これから少し用事が」
「あぁ、待ってくれ。町長からデッドボアの素材の報酬を預かっている。それとお前が欲しがっていた一部の素材もギルドで預かってるから、受付嬢にこの紙を渡せばもらえるはずだ」
「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」
「...お前、このこと忘れてたのか?」
「えぇ?いや、そんなことないですよ?」
「...そうかそうか」
リカルドはわかっているといった目つきでローレンの肩を叩きながら笑った。
ローレンはリカルドの部屋を出て階段を降り、受付カウンターから出て、カウンターに向かう。すでに冒険者数名が並んでいるため、一番後方に並ぶ。すると突然後ろから話しかけられる。
「ローレン、昨日はお疲れ様」
「レナさん。はい、昨日は大変でしたね」
話しかけてきたのはレナだった。昨日の騒動が収束し、帰宅しようとしたときにはすでに姿が見えなかったためローレンは心配していたのだが杞憂だったようだ。
「レナさん、何か御用ですか?」
「いえ、ただの挨拶よ。まぁまた今度一緒にクエストでも行きましょう、あたしは先に帰るから。じゃあね」
そう言ってレナはギルドから出ていく。なぜ彼女がわざわざローレンに話しかけてきたのかはわからないが、昨日のことを誰にも話していないか確認しに来たのではないかとローレンは思った。
そんなふうに考えているうちにローレンの前にいた冒険者たちがいなくなり、既に顔なじみになりつつある受付嬢にリカルドから貰っていた紙を渡す。
「これ、リカルドさんが受付に渡せばいいって」
「はい、確かに受け取りました。こちらが報酬です。素材はこちらです」
ローレンに渡されたのは銀貨30枚と60センチほどある骨だ。
それを見ていた冒険者たちは少しうらやましそうな視線を向ける、一部の冒険者は妬ましい視線だが。
「え?こんなに?」
「ギルドで買い取る素材は交渉せずに定価での買取ですが、今回は商人たちの競売に町長自らがお掛けになったので、質が良いこともあってかなり高値になってます。ギルドの買い取りでしたら銀貨15枚から20枚と言ったくらいになるかと」
「そうなんですか」
ローレンは銀貨を布袋にしまいつつ答える。銀貨30枚は1日で稼ぐ額としては破格だ。
貨幣価値は銅貨数枚で一般的な店で食事ができる程度だ、銅貨10枚で銀貨1枚と同価値だ。銀貨30枚あれば一般家庭で2週間ほど生活できる。
現代日本とは違い水道光熱費はほぼかからず、薪代もこの地域では安いのでかなり暮らしやすいといえる。
ローレンは上機嫌でギルドから出て、ダッソーの鍛冶場へと向かった。
今回貰った報酬で弾薬の作成をしてもらうつもりだ。
だが、鍛冶場へ向かうローレンの前に、見たことのある顔の2人が立ちはだかる。
「ひゃははははは!!おまえ!その金を置いていけば見逃してやるぅとっとと消え失せな!」
「ふひひへ!散々いたぶられてこちとらあちこちがいてぇんだ!さっさとよこしな!」
先日ローレンに痛い目にあわされた冒険者崩れのチンピラだった。
「あんたら...懲りないな。次は実弾使うぞ」
ローレンが抵抗する構えを見せると、近くの路地裏から数人のチンピラが出てくる。
「ふひひひ。これだけの人数相手にたたかえr、え?」
ドムンッ、と鈍い発射音が響き冒険者崩れの男が吹き飛ぶ。ゴム弾を体に打ち込まれそのままうずくまる。
「ほんと、馬鹿だなお前ら。あんたらもこうなりたくなかったらさっさといなくなれ」
いきなりの轟音で怯えているチンピラたちにローレンは冷えた声で言い放つ。だがチンピラたちはその言葉を聞いて激昂する。
「あぁああん?!」
「んだとこのガキぃ!」
「それくらいでビビると思ってんのかぁ!」
チンピラたちは一気に距離を詰め、ローレンへと襲い掛かる。ローレンは後ろに下がりながら1発装填する。今回は実弾だ。
ローレンは至近にいるチンピラの脚に向けて散弾を放つ。ドムンッ、と発射音が聞こえたかと思うとチンピラが喚きだす。
「う、うわぁああああああ!足が!足があぁああ!」
それを見たチンピラたちは動きを止めて真っ青な顔をする。撃たれたチンピラの足がズタボロになり血を噴き出していたのだ、驚きのあまり言葉も出ていない。
「こうなりたいなら来い。次は腕を撃つ」
チンピラたちは黙って勢いよく首を横に振り、撃たれた男を担いで退散していく。
(あ、ちゃんと連れて行くんだ。置いてけぼりにしないところは評価してやるか)
ローレンは初めて人に向けて撃ったため、多少の、いや、かなりの罪悪感を抱いていた。
そして周りに銃声を聞いて駆け付けた住民たちが集まってきている。ローレンは騒ぎになる前に立ち去ることにした。目撃者がいればチンピラに絡まれていた子供がチンピラを撃退したと警備兵に報告するだろうと思って。
ローレンはダッソーの鍛冶場へと急いだ。




