「俺は兵士になりたかった」4
俺は、だらしなく構えるチンピラたちをしり目に地面に手を置いていた。
ただ、何となく昼間に聞いていた『罠設置』ができそうな気がしたのだ。
(落とし穴……くらいか)
俺が一瞬考えた瞬間、微かに手が光った気がした。
だが、次の瞬間には消えていて、特に地面も変わった様子が無かった。
(まぁ、手をかざしたぐらいではどうにもならないよな)
俺がそんな事を考えていると、正面で片手剣を構えていたチンピラが怒りの声をあげて走ってきた。
「てめぇぇぇ! 俺達を無視するんじゃねぇぇぇ!」
そう言いながら、チンピラが勢いよく振り上げた武器を俺の頭目掛けて叩きつけてきた。
俺は、それを鞘から抜きもしてない剣でやすやすと、防ぐと腹に蹴りを一発入れて間合いを取る。
「げふぉ! て、てめぇ! 舐めたマネしやがって!」
典型的なチンピラのセリフを放ったかと思うと、今度は3人で一斉に俺を目掛けて走ってきた。
流石に実力が上とはいえ、三方から一斉に来られると辛いので、俺は少し後ろに下がって奴らとの衝突点をずらす。
「覚悟しやがれぇ……、えぇ!?」
勢いよく突っ込んできたチンピラたちは、俺の目の前まで来ると急に地面に吸い寄せられた。
「な、なんだ!? 一体何が!?」
チンピラたちが、何が起こったのか分からないと体を半分地面に埋めて騒いでいる。
奴らが埋まっているのは、先ほど俺が触った場所だ。
「てめぇ! なにしやがったぁ!?」
三人は、まるでサイズを計ったようにピッタリと空いた穴に一緒にはまり込んでいた。
一人なら恐らく出る事ができるだろうサイズだが、3人がきっちりはまっているので出る事は恐らくかなわない。
そう思えるくらい丁度いいサイズなのだ。
「……まぁ、なんでもいいか。楽ができるなら」
俺が独り言をつぶやくと、チンピラの一人がやっと状況が読めたのか顔色を蒼くした。
「ちょ、ま、や、止めてくれ! 俺達が悪かった! 謝るから! な!?」
一人が焦った事で、やっと他の二人も状況が呑み込めたのか、しきりに謝り始めた。
俺は、そんな3人の近くに行ってしゃがみ込むと笑顔で訪ねた。
「……もう二度と絡まないって誓えるか?」
俺の笑顔の意味が分かったのか、3人は一斉に勢いよく頷いている。
必死に頭を動かすものだから、体がすれているのだろう。
時折顔をしかめている。
「まぁ、関係ないんだけどな」
俺はそう言って、鞘に入った剣を振り上げて頭に一撃を入れて行った。
チンピラたちは、脳が揺れたのか全員気を失った。
俺は、奴らが起きる様子が無いことを確認すると、宿のおばちゃんの元へと行った。
「おばちゃん? 紙とペンはある?」
「あ、あぁ。ここにあるよ」
おばちゃんはそう言うと、カウンターから端紙とペンを出した。
俺はそれを受け取ると、ササっと書いて倒れて伸びている三人の背中にくっつけてから部屋へと戻って寝るのだった。
宿屋 バルバラ
「…………ハッ! こここは!? 宿? 昨日のは夢じゃなかったのか……」
私は、目が覚めたのと同時に目に入った光景が夢で無いことを告げた。
古臭い室内ながら、神殿とは違い木のぬくもりのある部屋。
昨日、色々あり過ぎて疲れていたのか、あいつの前でぐっすりと寝てしまったみたいだ。
「って、貞操!」
私は体のあちこちを調べたが、特段何もされている様子は無かった。
というか、昨日倒れたままの服装に靴だけ脱がされて毛布に入れられていたのだ。
「……変な奴」
私は一人呟くと、改めて周囲を見回した。
ベッドにソファーが一つずつ。
湯の入っていた桶は、あいつが使ってから片づけたのだろう。
既に無くなっていて、部屋が少し広く感じる。
「……ん? 広く?」
何かおかしい。
………………。
…………。
……。
あ、あいつが居ない!?
「嘘!? 昨日言って今日にはもう置いてけぼり? いくら何でもあんまりでしょ!?」
私は焦って、ベッドから降りると廊下へと裸足で出た。
周囲を見ても、どこにもあいつの影はない。
「……、昨日の今日で? そんなの……あんまりだよ……」
私が、今にも泣き出しそうになった瞬間、後ろから廊下がきしむ音がした。
その瞬間、振り向くと布で汗を拭きながらあいつが立っていた。
「よぉ、起きたのか? って裸足で何してんだそんなところで?」
私がどれだけ心配したかも分かってないのか、随分ととぼけた様子でこちらの顔を覗き込んでくる。
私は、今にも泣きそうだったのを思い出し必死に顔を反らして、見えない様に涙をぬぐった。
「べ、別にいいでしょ? それよりも、あんたこそ何してたのよこんな朝早くから」
「ん? あぁいつもの訓練だよ。もう必要無いってのに、クセ……だな」
そういうと、少し悲しそうな表情をしてマルファスは顔をそむけた。
そういえば、シスターがこいつは兵士になりたがっていたって言っていたわね。
そう思うと、こいつは私に似ているのかもしれないのかな?
私はそこまで思うと、今度はマルファスの顔を覗き込むようにして見た。
「どうしたのよ? 別に剣くらい振るったら良いんじゃない?」
私がそう言うと、マルファスは驚いたような顔でこっちを見てきた。
「な、何よ? 私が何か変な事言った?」
マルファスは、視線を外して頬をかきながら答えてきた。
「いや、その、ありがとうな」
「えぇ、まぁ応援くらいするわよ」
私がそう言うと、マルファスが黙ってしまいお互い気まずい空気になってしまった。
そんな私たちの沈黙を裂くように宿の女将の声が響いた。
「朝まだ食べてない人は、早く食べに来ておくれ! 片付けが終わらないよ!」
「あ、は、は~い!」
私はその声で我に返り、何とか食事の席へと移動することができたのだった。
食後は、すぐに出発の準備をして移動を開始した。
何故か宿屋の前で、穴に埋まっている三人がぐったりとしていたが、街ではこれは当然の景色なのか、誰も見向きもしていなかった。
「ね、ねぇ? マルファスの家まではどれくらいかかるの?」
私は、朝の沈黙から何となく居心地が悪いのを直そうと努めて明るく声をかけた。
なんで私がそこまでしないといけないのかは、分からないけど。
私が尋ねると、マルファスは少し考えてから指を2本立ててきた。
「大体二日かな? まぁ足の速さによっては3日かかるかもしれないけど……、バルバラは今まで歩て旅した経験は?」
「無いわよ!」
私が力強くそういうと、マルファスは何とも言えない表情になった。
というか、この目は呆れている目だ。
「な、何よ! 仕方ないじゃない、一応貴族だったしその後は神殿勤めだったし……」
「まぁ、やってみないと分からないか」
マルファスはそう言うと、前を見て歩き始めるのだった。
「疲れたぁ! 疲れた、疲れた、疲れたぁ!」
「まだ歩いて数時間なんだが!?」
私の旅は、まだまだ長い。
今後もご後援よろしくお願いいたします。m(__)m