「俺は兵士になりたかった」3
「さて、お互いに納得したことですし、バルバラ? 貴女の力をマルファスさんに見せてあげなさい」
「わかりました。では」
バルバラはシスターに言われると、俺の方をジッと見てきた。
しばらく俺の方を見たかと思うと、紙とペンを持って何事か書き始める。
「バルバラの職業『観測者』は、見た相手の職業スキルを文字化する事ができます」
「職業スキルとはなんですか?」
「職業スキルというのは、就いた職によって使う事ができるスキルです。例えば剣士なら剣技のスキルがありますので、剣の修業をすればするほど実力はあがります」
「それは、なんとも羨ましい」
本当に羨ましいというか、ずるい。
そんな俺の心を知ってか知らずかシスターは、「ただし」と付け加えて続けた。
「スキルがあっても努力をしなければ実力は伸びません。剣士が努力すれば後に剣聖と呼ばれるくらいの実力を得る事も可能でしょうが、別にこれは農民でもやろうと思えば可能なのです」
「努力は裏切らないと?」
聞き返した俺に、シスターはニッコリと微笑みながら首肯してくれた。
俺とシスターの話が一段落したところで、バルバラが書いていた紙を俺に差し出してきた。
そこには、『建物建設』『罠設営』『倉庫』『瞬間設置』と書かれていた。
「えっと、バルバラ? これはどういう意味があるのかは……」
「知らないわよ。私だって初めて見るんだから」
「ですよねぇ~。……でも、そうなるとこの『罠設営』とかはまぁ分かるとして、『瞬間設置』ってなんだろう?」
俺が紙と睨めっこをしながら悩んでいると、シスターが口を挟んできた。
「その辺は、実際にやってみないと分かりませんね。今後職業の能力をしっかりと検証してみてください」
「……そうですね。帰ってから色々と試してみます」
「えぇ、それが一番ですよ」
シスターは俺にそう言うと、バルバラの方に向き直って両手をしっかりと握り締めた。
「バルバラ? ここでの生活は確かに短かったかもしれませんが、私は貴女の幸せを願っていますからね」
「シスター……」
シスターがそう言うと、近くに控えていた神官が金銭の入っているであろう袋をバルバラに手渡した。
「バルバラ、これは貴女がここで働いていた間の分に少し色を付けておきました。路銀とマルファスさんとの生活の足しにしてください」
「……はい」
「では、マルファスさん。バルバラをよろしくお願いします」
そう言って、彼女は俺に深々と頭を下げるのだった。
神殿を出た俺達は、今晩の宿を探すために街中を歩いていた。
流石に職業神殿があるだけあって、宿があちこちにある。
「これからどうするの?」
俺が、周囲を物珍しそうに見ながら歩いていると、不意にバルバラが声をかけてきた。
「そうだな……、日がすでに傾いて来ているからここで一泊して、明日の朝から出発かな?」
「ふーん……」
なんだろう? どこか気のない返事だが。
俺が少し不思議そうにしていると、彼女は何かを思いついたのかこちらを向いてきた。
「それだったら、私はあそこに泊まるわね!」
そう言って彼女が指さしたのは、高級宿と一目でわかる綺麗な外観をした建物だった。
「いやいやいや、一人で泊まる気か? しかもあんな宿に? 結構高いぞ」
「大丈夫よ、結構貰ったから」
そう言って彼女は、先ほど神殿で受け取った財布を見せてきた。
うん、これ絶対に足らない気がするな、俺は。
「えっと、バルバラ? 路銀って知ってる?」
「路銀? 知ってるわよ。旅する時に必要なお金の事でしょ?」
俺の問いに彼女は、さも当然と胸を張って答えた。
いや、言葉の意味は確かにあっている。
あっているんだが……。
「うん、じゃああの高級宿どれくらい必要か分かる?」
「それくらい、計算できるから大丈夫よ。この財布の中身とあまり変わらないわよね?」
あ、うん。
根本的な所が分かってなかった。
「バルバラ? それ使い切ったら君の路銀無いんだけど良いかな?」
「え? あんたが出してくれないの?」
「…………え?」
「…………え?」
いや、常識が無いとは聞いていたけど、まさか俺の財布を当てにしていたと?
さすが元貴族と言うべきなのだろうか……。
「いやいやいや、この路銀は俺のだし、二人分出そうとしたら安宿に泊まることになるぞ?」
俺は、そう言いながら路地裏に見えている安宿を指差した。
そこには、明らかに春を売る人やガラの悪そうな冒険者がたむろしていた。
「うっ……」
「ちなみに俺が今晩泊まろうとしているのは、こっちだ」
俺はそう言いながら、庶民的な宿を指差した。
こちらは、外観はそこまで綺麗ではないが、周りに居るのは比較的普通の人が多い宿だ。
「さぁ、どれがいい?」
「うぅ……、こっちで」
躊躇いながらも彼女は、何とか庶民的な宿を指差してくれた。
まぁ、流石にあんな安宿そうそうないけどな!
渋々とはいえ、どうにか納得してくれた彼女を伴って宿に入ると、外からは分からないくらい混雑していた。
店のカウンターに座っている受付のおばさんが、俺たちに気づいて声をかけてきた。
「いらっしゃい。今はほぼ満室だよ」
「ほぼって事は、まだ少しは空いているのか?」
俺が尋ねると、彼女は指を一本だけ立ててにかっと笑ってきた。
「あと1室だけだ。幸い二人部屋だけどどうするんだい?」
「それじゃ、そこで……」
俺が了承をしようとすると、急に後ろからバルバラに引っ張られた。
「ちょっと、まさか一緒の部屋で寝る気じゃないでしょうね!?」
「え? そのつもりだけど?」
俺がさも当然と答えると、彼女は見る見る間に顔を赤くしていった。
「それに、その方が宿代も安くつくし。あ、おばさんついでに湯を用意できるか?」
「湯なら別料金だよ」
「どれくらい?」
「銅貨で3枚だね」
まぁそれくらいなら、出しても大丈夫だろう。
「さて、バルバラ。ここで二人一部屋にして湯を貰うか、あるかどうかも分からない二部屋用意できる宿を探して回って、湯を貰えないか。どっちがいい?」
俺がそう言うと、彼女は真剣に悩みながらこちらを指差してきた。
「うぅ……、でも変な事したら許さないわよ!」
「変な事ってなんだよ?」
俺が心底分からないと彼女に伝えると、彼女はまた顔を真っ赤にして今度はそっぽ向いた。
そんな俺たちの様子を、宿のおばさんはニヤニヤと笑いながら眺めていた。
「これは、彼女さんは大変だねぇ。まぁ宿の物を壊さない限りは大丈夫だから、安心しな」
「安心しな、じゃないわよ!?」
壊す事ってなんだろう?
バルバラが暴れるんだろうか?
まぁ分からない事は、放っておけばいいか。
俺は一人納得しながらも宿の宿泊帳に名前を書き、料金を支払った。
説得の為とは言え、お湯代が出たのは正直辛い。
その後、多少のすったもんだはあったものの、食事、湯あみと終え就寝した深夜。
宿の外で騒ぐ声が聞こえ、俺は目を覚ました。
「……やはり目を付けられたか」
俺は独り言ちると、ゆっくりとベッドを抜けて武器を片手に部屋の外へと出た。
恐らく相手は、冒険者崩れのチンピラだろう。
理由も何となくわかる。
そんな事を考えながら、俺は受付が見える階段まで来て息をひそめた。
「だから、女連れて入って行ったガキが、どこの部屋に泊まったかを教えりゃ良いんだよ!」
「だまらっしゃい! こっちは客商売なんだ! あんたらに協力なんて意地でもしないよ!」
おぉ、受付のおばさん肝が据わってるな。
若干冒険者崩れが気圧されてるじゃねぇか。
俺がそんな事を思いながら様子を窺っていると、チンピラたちは腰の武器に手をかけた。
「てめぇ! ぶっ殺すぞ!?」
「殺せるものなら、殺してみろ! そのまま豚箱行って磔になるだけだよ!」
やれやれ、女の人ってのは皆こうも怖いもの知らずなのか、肝が太いのか。
チンピラの方が顔を真っ赤にして、もう我慢ならないって状態になってるじゃないか。
これ以上見ているのは危ないな。
そう思った俺は、階段を降りて奴らの前に姿を現した。
「俺を、お探しかい?」
「な!? あんたなんで出てきたんだい!? 隠れてりゃ良かったのに!」
「おばちゃんが、危なそうだったからね。まぁ大丈夫だよ、この程度なら」
俺が見下したように告げると、先ほどおばちゃんにも真っ赤にさせられていた顔を更に赤くしていた。
「こ、このガキィ! 覚悟は良いんだろうな!? あぁん!?」
「はいはい、粋がるのは良いから外に出てくれよ。こんな所真っ赤にしても宿に迷惑だろ?」
「て、てめぇ……。なぶり殺しにしてやる! てめぇの手足を切り刻んであの女もてめぇの目の前で絶対に犯す!」
いきり立ちながらも、宿を出たチンピラたちは正面の大通りの真ん中で俺の方に振り向いた。
武器、防具、見た目。
どれを取ってもなっちゃいない。
これで剣士とか兵士の職業なら羨ましいを通り越して、怒りしかない。
「さぁ、始めるぞ」
チンピラの一人が腰の剣を抜き、こちらに剣先を向けて構えてきた。
今後もご後援よろしくお願いいたします。m(__)m