第七話 『知る由の無い真実』
すいません! 予約投稿し忘れてました!!
遅くなって申し訳ないです!!
「弥奈! 王って、オレが王になるってどういう意味だよ!!」
しかし、オレの質問には誰も答えない。弥奈も親父も互いににらみ合ったまま、動かない。
「なぁ! 教えてくれってば!」
「……俺は親として、そして西国戦争に身を投じた者として、政府の強行を断じて許すわけにはいかん! それが友が残したモノを守るということだ!!」
最早、当然のようにオレの言葉は無視されてしまった。弥奈に対して声を荒げる親父、相対する弥奈はどんな表情も顔に浮かべてはいない。
「篠崎ダイ様、貴方の意見は承りました。しかし、政府としては篠崎様の意見は聞いていないのです。改訂中央政府同盟条約によれば、即位するかどうかの選択は、三上雄心、その人の決定のみに委ねられています。例外はありません」
弥奈は親父の発する圧力など気にしない様子で再び元の位置に座りなおした。
「……ならば、もし、俺が強引に雄心の選択を覆そうとした場合はどうなる」
親父は試すような口調で弥奈に問いかけた。
「どうあっても干渉しようとするなら……一緒に東京の本庁まで連行させて頂きます。力尽くの手段を取ったとしても、正当化されるでしょう。」
「お嬢さんに俺を屈服させる力がある、と? そう思っているのか?」
親父は腰のベルトに手を伸ばそうとしている。いつも帯びている小刀を抜く気かもしれない! いつもの親父ならそんな事絶対にあり得ない、けど、今の状況は何だかとてもオカシイように思えたのだ。
「ちょっとあなた!!」
「オヤジ!」
一触即発の不穏な雰囲気にオレと母さんは声を上げた。
「お父さん、ゆうの前なのよ? ちょっと落ち着いて話をしましょ……ね? 弥奈さんは正論を言っているじゃない? 声を荒げたって何も変わらないでしょ……? ゆうにもちゃんと全て話してから話し合えばいいじゃないの! あ、そうよ! 御飯にしましょう? 話はその後、ね? そうしましょうよ」
母さんがそっと、オレと親父の肩に安心させるように手を置いた。
いつもは子供扱いすんな、と振り払う手だが、今はとても暖かく、信頼できるものに感じた。
「……」
親父は無言のまま、火箸を手に取り、囲炉裏の炭をかき混ぜた。
「……あなた?」
沈黙したままの親父に母さんは訝し気な声を出した。
「……雄心、後で全て話す。それまでは、何があっても後ろで静かにしているんだ」
「わ、わかったよ……」
親父からはこれまで聞いた事も無いような深刻な声音に、オレは戸惑いながらも頷くしかなかった。 ”何があっても”という言葉に違和感を感じないわけでは無かったが、とにかく、この状況を生み出している原因が知れるなら良い。
「ご飯はどうしましょう……? ご飯もお汁も、さっき火を点けたから温まっていると思うのだけど……。……今日はみんなの好きな油揚げのお味噌汁なのよ?」
「油揚げかどうか、そういう問題じゃない。……火から下ろして後だ。重要な話なんだ、分かるだろ、あや?」
「そうね……仕方ないわね……」
母さんは席を立ち、台所に入って行った。母さんのおかげで張り詰めていた空気が少し緩んだのは確かだった。
「話は早く片付けた方がいい、そうだろう? お嬢さん」
親父は胡坐を掻きなおした。
「……はい。ご理解いただけて、感謝します……」
弥奈は丁寧に頭を下げる。彼女はさっきまでの一触即発の雰囲気など全く気にしていないようだ。何を考えているのか全く分からない。
「ところで、お嬢さん。もし雄心がどちらの決断も下せなかった場合はどうするつもりだ。この決断はまだ18のコイツの人生を大きく変えることになる。そう簡単に決断できるとなど、考えていないだろうな?」
「……政府に与えられた期限は5日です。歩くペースでは往復で4日はかかります。つまり、今夜中に結論が出なければ……三上雄心には東京にある本庁、”キャッスル” へと来て頂き、その場所で判断を下して頂く事となるでしょう」
当然、両親の同行は許されません、と弥奈はすました顔でそう言った。
その言葉に親父の顔が怒りによって真っ赤に変わる。横からチラリと見えたのは、これまで見たことも無いような鬼の形相……まるで家が親父の怒りに震えているように感じた。
背中から蒸気が出ている。
「その話は、政府の……あんの、権力の事ばかりで頭ん中に蛆が沸いたようなクソ爺共の正式な、要求なんだな……?」
「その独特の形容詞については理解しかねますが……三上雄心のキャッスルへの”歓迎”は議会の正式な取り決めです」
親父が歯を軋ませてた。獣が唸るような低い声、いつも穏やかな親父のまるで別人のような変化……。オレは怖くなって思わず親父から後ずさるように距離を取った。
せっかく母さんが緩めた空気は、今や、さっき以上に沸騰し、張り詰めていた。
ドンッ!!
という大きな振動と共に畳が浮いた。
親父が怒りに任せて床を殴ったのだ。
「あの爺共には龍己の件も含めて痛い目を合わせなきゃ、気が済まねぇ。お嬢さん、いや、由奈の娘のあんたには悪いが……三日ほど、ここに留まってもらおう」
親父は、背中から湯気を上げながら、ゆらりと立ち上がった。
「オヤジ、何するつもりだ!!? 母さん! 父さんが!!」
オレじゃ親父を止められない、オレは必死で母さんを呼んだ。
親父の後ろ姿は、まるで天井に頭がつきそうな程に大きく、恐ろしく見える。
「あなた!! 何してるの!!」
台所から出てきた母さんが叫ぶ、だが、親父は意にも介さない。囲炉裏を挟んで弥奈を、華奢な少女を威圧している。
だが、彼女も無表情を崩さず、静かに正座のまま、荒ぶる親父を見上げている。
「……私を拘束するつもりですね? それなら、試してみると良いですよ? 実際に、あなたが私に届くかどうか。」
弥奈は挑発するように指を動かした。何もなかった筈の場所から白無垢の鎧武者が立ち上がった。弥奈はその後ろに回る。
「望む所」
親父は小刀を抜き放ち、オレと母さんを庇うように数歩下がり、鎧武者から距離を取った。
「あなた! お願い!やめて!!」
「オヤジ!! なんでこんな事しなきゃいけないんだよ!!?」
「……。」
鬼と化した親父は答えない。
親父は、見たことも無いような恐ろしい表情……顔の筋肉が盛り上がり、鼻が膨らみ、歯をむき出して、残酷な笑顔浮かべていた。
張り詰めた空気の中、鎧武者と親父は対峙している。
親父は細工物を作るのに使う小刀を、弥奈の鎧武者は光沢のない白い太刀を構えている。
両者ともに微動だにしない。
あまりの圧力に、オレと母さんは息が出来なくなった。
「(っ……どうしてこんなことに……)」
ああ! なんで! どうしてだ!?
弥奈も親父もどうしたって言うんだ……何で今日はこんな事ばかり!!
もしかして、オレが悪いのか? オレが”エアポート”に行ったから? 弥奈と出会ってしまったから? オレが、単語が分からない事を言い訳に状況を理解しようとしなかったから? オレが子供の気分のままだから?
オレには一瞬が永遠にも感じられた。目の前で起きている光景の全てはオレのせいで起きているのだとオレは確信を持った。それなのに、オレは何も出来ない……オレは親父を止める為の力も言葉も持っていないのだ……。目の前にいるのに、手を伸ばせば親父を掴めるのに……それなのに、オレは指先一つ動かすことが出来なかった。
親父がじりじりと、鎧と距離を詰めて行く。だんだん離れて行く背中。
パチン、と軽い音と共に火花がはぜた。
「つぇえええああ!!」
空気を震わせる気合いを上げて、親父が鎧武者に突っ込んだ。一瞬遅れて伸ばした手は虚空を掴んだ。
ギンッ!!
と、くぐもった金属音が響く。
触れあった刃、しかし、彫刻用の小刀と太刀では鍔迫り合いにも持ち込めない。鎧武者がわずかに刀の角度を変え、親父の刃は左に流された。
武者の持った刀が弧を描き、下段から親父の腹を狙う。
「オヤジっ!!」
「親の力、舐めるなぁ!!!」
ズン、と床を踏み抜かんばかりに踏み込まれた足を支えに、迫る刃以上の速さで泳いだ上体を引き上げ、間一髪の所で太刀を回避。
斜め上から小刀を振り下ろした。
鎧の胴がザクリ、と切れた。怯む鎧武者。
親父は具足の足を蹴り、鎧の頭をひっつかんで押し倒した。
「見事でした。西国戦争の”鬼”とは言ったものです……あの動きは人間では無いですね。」
「俺も鈍ったもんだが……それにしても、だから嫌なんだ、聖部の式神兵ってのは……」
鎧武者の頭を炎に投げ込もうとする親父の首筋には刀が押し当てられていた。
いつの間にか何体もの鎧武者が部屋中を囲むように立っている。見ている前で、オレと母さんの前にも一体の鎧武者が立ちふさがる。
「……あ、母さん! くっ、オヤジ!!」
「そっから動くな雄心!!」
母さんが気絶し、寸での所で受け止めた。鎧の向こうに向かって親父を呼ぶが、帰って来たのは動くな、という的を得ない指示だけだ……。
「(どうしろって言うんだよ……くそっ!!!)」
鎧武者の集団に囲まれ、オレは母さんを抱えたまま、立ち尽くした。
鎧の壁の向こうから声が聞こえてくる。
「お嬢さん、俺はこれでも雄心を渡す気はない。邪魔者だぞ? どうする? 首をはねるか?」
「それは……貴方を傷つける事は三上雄心の即位の意思を完全に消してしまう事になるでしょう。なので、”この後”というのは特にありません。」
オレと、気絶した母さんを囲んでいた鎧が霧散した。
親父の首に刀を突き付けていた最後の鎧武者も消えて行く。
くるり、と青い無機質な目がオレを見た。
「今日一晩、『王位に就くかのどうか』考えて下さい。明日の朝、私は村の入り口で待っています。」
唐突に弥奈は踵を返した。
呆然として見送るオレと、首筋を摩りながら座りなおす親父を振り返る事も無く、彼女は去った。
室温が急激に下がってゆく。
暫く、オレは半ば放心状態で弥奈の消えたドアを見つめた……。
オレは結局、最後まで蚊帳の外……。
いや、何も出来ないと思い込んで蚊帳の外で傍観することを選んだのだ……。
そのせいで……。
気を失っている母さんを床に下ろした。
「オレ、ちょっと頭冷やしてくる……」
悔し涙が頬を伝う。
今日あった事、その全てはオレの判断ミスと力不足が招いた事……そう考えるとどうしようもない気分になった。
静かに暗い場所で独りになりたい……。
「おい、雄心! どこ行くんだ!!」
親父の止める声を聞かず、オレは無言でドアを開きかけた。
「…………雄心、お前は俺と母さんの子供じゃない……」
「……!?」
ぼそり、と親父が呟いた言葉は、今まさに外に出ようとしていたオレを止めた。
「今、なんて……? ……じょ、冗談だろ?」
振り返った先には真剣な表情で、囲炉裏の火を見つめる親父の姿がある。炎に照らされている横顔はさっきまでの鬼の形相が嘘であるかのようだ。そして、老けて見える……。
「お前はな……俺の心友、三上龍己の……『日本王』の一人息子なんだ」
親父はこちらに向き直り言った。
「雄心、黙っていてすまなかった……」
最近、白髪が目立つようになった頭を下げる親父……。
オレの頭の中でプツリと聞こえない音が鳴った
今日起きた出来事の連続にオレの頭が爆発したようだった。自分でも制御しきれない感情が溢れた。
「なんだよそれ! アホ! おたんこなす!! ○△\¥○■;\\\××!!! この、バカ親父!!!」
自分でも何を言っているのか訳が分からない。感情の暴走のままに言葉をぶつけた。
「雄心!!」
そして、親父の呼ぶ声も構わず、オレは外に飛び出した。
次回は三日後、16日の午前11時の予定です!
混乱と後悔の色を深める夜……雄心は正しく選択することは出来るのだろうか……?
――そしてなんと言っても! 彼は夕飯にさえも除け者にされてしまった! 彼は無事、好物の油揚げにありつくことはできるのか!?
次回、遂に『ゆうの長い一日』の幕が下りる。