第四話 『旧文明の使者』
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オレとヨウタ、ソウタは未だ目を覚まさないケイと少女を運んで『入り口』に戻ってきていた。地下で足音無く囲まれたこともあり、しばらく慎重に瓦礫の影から空き地を伺っていたのだが気配は無い。後ろから男達が戻って来る気配もない。
男達が囲んでいた焚火は炭だけになって明滅している。
「よし、誰もいないな。行こう……」
「「うん」」
月も真上に上りつつある……いつもだったら家で夕飯を食べている時間だ。
「ソウタ、ヨウタ。その子、起きる気配はあるか?」
「「なーい」」
「そうか……」
二人から能天気な返事が返る。ただでさえ疲れているのにこのまま意識の無い二人を背負いながら村まで歩くのは無茶がある。この調子だとソウ村に着くころには真夜中になってしまう。体力を取り戻す意味でも、この草原を抜けたら休憩しなければ。
暫くの間、オレ達は風の音を聞きながら草原を行進した。
足の裏に草の感触が気持ちい。
男達が追いかけてくるのではないかとも焦って、時々振り返ったが、次第に小さくなってゆく廃墟のシルエットが星空を背に立っているだけだった。
「よ、よし……ここまで来れば男達にはもう見つからない」
草原を抜けた先の広葉樹林に入った。低い茂みと葉の生い茂った木々が入り混じった森だ。見通しは悪く、目印を知らない奴らは迷ってしまう。オレ達は、ケイと名前の分からない少女を下草の上に横たえた。少女の淡く光る銀色の髪が草の上にふわりとのっかった。
「しばらく休憩だ。ケイとこの子が目を覚ますまで休憩!」
「うわぁ~……ぼく、つかれたよ……ゆう兄ぃ……」
「ソウタ……その声だすの、やめろ……疲れる……」
ただ歩くだけでも、オレと背丈のほとんど変わらないケイを背負っていたのでは重労働だ。それは二人で前後を交代しながら少女を背負い、支えていたソウタ達も同じなのだろう。
オレ達は汗ばんだ額を服の裾でぬぐい、服を扇いで熱気を逃したりした。
喉が渇いた……バッグは途中で邪魔になったから隠してきたけど水筒だけは持っていて正解だった。木製の水筒から温くなった水をがぶ飲みする。
「(それにしても……この少女、いったい何者なんだろうか……?)」
オレは、鎧武者の中から出てきたこの少女を抱きとめた時を思い返した。オレ達はあの鎧武者に「下がっていろ!」と言われて、彼女が縦横無尽に男達と戦うのを見ていた。
戦い終わった鎧武者はまるでただの鎧になってしまったかのように動きが止まって、声を掛けても反応しなくなった。
でも、オレが鎧に触れた瞬間……鎧が崩れ始めた? 消え始めた?
まるで綿毛が飛んで行くみたいに、金属が目の前で消えてしまい…………オレはこの女の子を抱き止めた……。
「(あの鎧は変だったし……それに、彼女はいったいどこから、何のために?)」
彼女が最初に言った「あなたを迎えに来た」というのはどういう意味なんだ……。
「色々な事がいっぺんに起こりすぎて、訳が分からなくなりそうだ……」
頭の熱を冷ます為に、オレは一度ごくり、と水を飲み下した。
考えても答えは出ないだろう……あの子に直接聞かなくては……。
と、その時。
「ゆう兄!」
「ユウ兄! ケイが目、覚ました!」
「ほんとか!! よかった!!」
ソウタとヨウタの呼び声にオレが振り返ると、二人に支えられたケイが身体を起こすところだった。
「お前! 随分寝てたんだからな?! ほんと心配したんだっ!! でも、よかった……! けがは、無いか!?」
少し急かし過ぎたかもしれない、オレの言葉にケイは申し訳なさそうに顔を伏せた。
「悪い、ユウ兄……俺、暗闇の中でいきなり足をつかまれて……それから記憶が無いんだ……」
「そっか、まぁ、思い出さなくていい事もあるからな……。怪我とか、してないよな?」
「そうだな……特に痛むかしょは無いよ」
なら、いいんだ、とオレは頷いた。ケイは辺りを見回している。
「ここは草っぱらを抜けた森だ。奴等もここまで来てしまえば怖くない」
「そっか……それなら……って、エェッ!? なんで!?」
ケイは隣に寝ている女子に気付き、普段絶対に上げないような素っ頓狂な声を出した。いつものケイに似つかわず、落ち着いたり驚いたりと忙しい……。
「安心しろケイ。この子がオレ達を助けてくれたんだ。命の恩人だよ」
「え、いや、なんで命の恩人が気絶してるんだ!? もしかして俺達をかばって怪我を……!?」
「お、落ち着けって……? そ、外から見た限りじゃ傷も無いし、服にも血はついてない。それに頭を打ったわけでもなさそうなんだ。気絶してるのは何でなのか分からない」
そもそも、出会った経緯からして何も分からない、というのは説明するのが長くなりそうなので後回しだ。
「そ、そっか…‥。すまん。なんか混乱した……」
「ケイ兄、水のむか?」
「ありがとな、ヨウタ」
ヨウタがケイに水筒を差し出した。
ケイがそれを取ろうとして……それは起きた。
まだ手に力が入らないらしいケイが手を滑らせたのだ。
「「「「あ!?」」」」
全員の声がきれいに重なった。
ゆっくりと自由落下する水筒は、とっさに手を伸ばしたオレの指に底が当たったことにより強い回転が加わり、そして……そのまま落ちた水筒はケイの膝の上でバウンドして……
ばちゃっ!
と、少女の顔に勢いよく水をぶちまけた。
全員が凍り付いた。明らかにまずい事をしてしまったと全員が理解していた。
「(なんて、こった……)」
オレの指に当たったことで回転がかかり、こぼれるはずのない方向にまで水が噴射されてしまった……。
「……これ、オレの……せい?」
「「「…………」」」
全員の視線がオレを向いた。
……オレは視線を逸らした。
「……うぅ……ん……冷た……い……」
少女が不機嫌そうな声をもらした……。これまでピクリとも動かなかった彼女の眉が顰められた。
オレ達はなんとなく遠巻きに彼女を見守った。
そして、指先がぴくりと動き……そして、目が開かれた。澄んだ水晶ような輝きをもった青い目……空の青だ。
「わたし……気を失っていた、の……?」
彼女は身体を起こした。髪に付いた雫が月光を散らしてキラキラと輝いている。罪悪感はあるが、言葉を忘れるような美しさだった。
「ご、ごめん、間違って水を掛けちゃったんだけど……大丈夫……じゃないよな……やっぱり」
村の女子に間違って水を掛けようものなら、まず仕返しに水を掛けられ、次に言葉でなじられる。……女神のように美しいこの女の子が村の女子とは違う事を切に願った。
「……一つ、言ってもいいですか?」
彼女はまるでお面のような無表情で口を開いた。
「先ほどは聞き忘れていたのですが……貴方が三上雄心で間違いないですね?」
なぜオレの名前を知っているのか、とか、水を掛けられたことはいいのか、とか逆に聞きたい事は多くあったが、とりあえず彼女の話を聞くことに徹することにした。
「ああ、オレがユウだけど……三上じゃなくて篠崎……」
よかった……と彼女は満足気に頷いた。
「わたしは、穂澄弥奈と言います。旧都、東京区から貴方を迎えに来た者です」
「迎えに? それにそんな地名は知らないぞ、オレ? 『きゅーと・とうきょーく』ってみんなは知ってるか?」
ケイ達も首を振った。まぁ、聞くまでも無く、ここら辺の村や集落の名前では無かった。村の名前は大抵が初代村長の名前だったり漢字一文字だったりするからである。
「それで、キミはなんでオレの名前を知ってるんだ? それもわざわざ『迎えに来た』って……オレの家族はここら辺にしか住んでないぞ?」
「それは……少し複雑な事情があるのですけど……それは保護者も交えてお話を……っ!」
と、少女は横を向き、控えめなくしゃみをした。
「だ、だいじょうぶか!? ごめん、オレが水を掛けたせいで……」
「あ、いえ……大丈夫、だと……くしゅんっ!」
このままだと彼女が風邪をひいてしまう。オレは自分の上着を脱いで渡そうとしたが、一昨日から洗っていない事を思い出して躊躇した。
「(彼女の髪を、この土と汗にまみれた雑巾まがいの上着で拭くのはちょっとな……)」
みんなを見ると、同じように雑巾を差し出すか迷っている。ソウタが自分の首に吊るしていたボロボロのハンカチを差し出したものの、少女は丁寧な言葉でそれを断った。
そして、自分のポケットから美しく畳まれたハンカチを取り出し、水気をぬぐい始めた。
罪悪感でなんとも言えない気持ちのまま気まずい沈黙が流れる。
「誰か話しかけてくれよ」と思い、視線を送るも、ソウタとヨウタは人見知りだから喋ろうとしないし、ケイには無視された。いつもオレなんかよりも積極的に女子と話しているのに、今はなぜか喋ろうとしない。
「……ところで、わたし、どれ程の間気を失っていたんでしょうか? それに、いつから……?」
髪をぬぐい終わり、ハンカチを再びたたみなおす少女……弥奈は再び顔を上げ、尋ねた。
「どれくらい……っていうと……えーと、あの『エアポート』の端、地下に続く穴の中から草原を抜けるまでの間中、かな……?」
「そんなに、ですか……。月もこんなに高く……随分長く眠っていたんですね……」
弥奈はそれでもさほど驚いてはいないようだった。
「みなさん、迷惑をかけてすいませんでした………いえ、ありがとう、と言うべきでしょうか……」
「え、あ、いや……運んでくれたのはソウタとヨウタだから……その……」
頭を深々と下げるミナに、オレ達男子は大いに動揺した。そもそも頭を下げなければいけないのは全面的にオレ達……水をぶっかけた事も含め特にオレがまず頭を下げなければいけないはずだったのである。
「あの……えーと……こ、こちらこそ助けてくれてありがとうございました!! あと……水ぶっかけてごめん……」
「水かけたのはユウ兄だが、助けてくれてありがとう」
「「……あ、ありがとう」」
ケイもヨウタもソウタも並んで頭を下げた。手を滑らせた張本人であるケイがさらっと責任転嫁してきた事については……”今”は何も突っ込むまい。
「どういたしまして……と言えばいいのかしら……。……堅苦しくてごめんなさい……。わたし、頭を下げられる事には慣れていなくって…………。それに、水は冷たかったけれど、こうして意識を取り戻すことが出来たから何も問題な……っくしゅん!!」
堪え切れなくなったような大きなくしゃみに、オレは迷わず自分の着ていた襤褸服を差し出した。
「ほんとすまん!! せめて、これで鼻をかんでくれ!」
「大丈夫。ユウ兄、昨日川に落ちてたから比較的キレイだと思うな」
「あ、それおれも見たー」
「ゆう兄……足滑らせてた」
「え、ええ……!? そ、そんな事できるわけないですよ!?」
弥奈は初めて無表情を崩し、目を見開いた。無表情の時とはがらりと印象の変わって………‥というか外野がうるさい!
「ケイ! お前さっきからオレに冷たくないか!?」
「え? 別に? いつも通りだと思うな」
「いや! やっぱお前ちょっと話がある! というか何でみんなオレが魚を見てて川に落ちたの知ってんだよ!!?」
「魚を見てた、っていうか……あれは黄昏てたと思ったけどな……独り言とか呟いて……」
ケイの言葉にソウタとヨウタも頷く。
「ちょい待って!? お前ら、どこで見てた!!?」
傍らで見ていた弥奈がオレ達の様子に、くすり、と小さく笑い声をもらした。
「みなさん……とても仲がいいんですね?」
「いや、今はそうでもないんだけど……そう、見えるのか……? まぁでも……そうだな、家族みたいなもんだなって思って……」
「『家族』……。ならば、わたしは………………なのでしょう……」
「??」
弥奈は笑顔から一転して俯いた。その横顔はこれまでに無い程、とても儚く、青白く見えた。
「大丈夫、か……? もしかして風邪引いたんじゃ……」
オレの言葉には反応せず何かを呟き続けている。
そして、突然顔を上げた。
彼女の瞳に強い光が灯り、唇が引き結ばれている。無表情とはあまりに真剣なその面持ちに、その場にいた全員が圧倒された。
しかし、彼女はオレだけを見ていた。
「私は行政執行官・全権代行、穂澄弥奈! 三上雄心、貴方を『第五代”日本王”』として、強制連行します!! ……拒否権は、ありません!」
少女は、先程までとは打って変わった強い口調で、そう、言い放った。