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王侠奇譚   作者: たーむ
3/9

第二話 『時が止まったかのような闇』

アメリカに留学して、日本にいた頃は特に欲しくも無かったミカンとお汁粉が食べたくなったこの頃です。でもなんだか面倒くさくて……ここ一か月ハンバーガーしか食べていないような……


明日は午前11時更新です。

『エアポート』と呼ばれる遺跡……大昔には空を飛ぶ機械が飛び立ったりしたというこの廃墟は、いくつかの階に分かれている。

いつもの遊び場で、今走っている一階……その下、地下に当たる場所には迷路のような広い『地下空間』が広がっている。

元々は地下では無かったのだが、長年の地盤沈下と地震や、津波によって運ばれた土砂によって埋没してしまったと聞いた。


日差しが入らず、天井もいつ崩れ落ちるとも分からないほど頼りなく、地下一階と二階を隔てる床が崩れて広い空間を作っていると聞いた。

その上、百年前の大地震と津波で半分以上が崩れたり土砂に埋もれているらしい。


「(それでも、数十年前に親父はそこを探検してる……)」


オレ達が目指すのはその地下空間の更に下。

『幻の地下三階』。

親父が……初代『お宝探検隊』隊長が、一度だけ間違って落ちたことのある空間……空港の外に抜ける『洞窟』だ。

親父は隊長命令として他の子供達に地下へ行くことを厳しく止めるようになったのだが……そもそも、地下の不気味さは間違っても行こうとなんか思わない……。

そう、こんな場所。松明も無しに入ろうなんて、正気の沙汰じゃない。


「ゆう兄……ここ、入るの……?」


「そう…………ここの、はずだ……」


ソウタとヨウタがオレの後ろに隠れた。自分のノドがごくりと鳴るのをきいた。

目の前に深淵がぽっかりと口を開けている。床に開いた大穴の淵から瓦礫が、まるで階段のように闇の中に緩やかに続く……まるでオレ達をいざなうかのように……。


「あいつら……真っ直ぐこっちに来てる……ダメだ……」


床に耳を付けていたケイが絶望が滲んだ声でぼそりと呟いた。


「みんな、ロープを腰に…‥足元に注意して続くんだ……いつもの探検と思えば変わらないさ……」


精いっぱい明るい声を出したはずなのに、口が思うように動かず、声が震えてしまっていた。

それでも、ケイもソウタもヨウタも、オレの目を見て頷いた。闇の中で濡れて光る6つの黒目がオレを見ている。

この信頼を裏切る訳にはいかない。


いまにも恐怖で崩れそうな膝を押さえ、オレ達はさらに暗い、何も見えない闇に踏み入れる。

足と手で前を探りながら一列に、這いつくばった態勢で瓦礫を降りていく……。


入り口の穴を照らす月明りが次第に遠くなる。

頬を撫でるのは何百年もの間静止している空気……。

目の前は真っ暗で何も見えず、目の前が変な模様や明かりでチカチカするくらいだ。それになんだか生臭いような磯の臭いがする。海の傍だから海水が湧きだしているのかもしれない。

それに、あまりにも静かでみんなの鼓動が聞こえるようだ。

しかし。


「(……意外とこわくない)」


自分達以外に音を立てる者はなく、追手が来ていない事が分かって安心する。

それに……思えば、三十年程前にこの場所を親父と子供の頃の村のオジサン達と下りているのだ。その頃は少なくとも左程危険ではなかったはず。


「(くそぉ……前から探検しておけば……)」


オレ一人だけでも事前に中がどうなっているのか分かっていれば!

悔やんでも悔やみきれない。

積もった瓦礫は今もしっかりしているし……それに、後ろに続くみんなの動きがロープを介して伝わって来るのには思いがけない程に勇気を貰えた。

これなら、みんなと一緒なら、オレは闇の底まででも降りていける。


「みんな大丈夫か?」


「こちらケイ、なんか問題ないぞ!」

「うう……手が冷たいよ……ゆう兄……ヨウタぁ……」

「ソウタ!静かにしろってば!」


どうやらみんなも少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるようだ。いつもの探検と同じオレの呼びかけに、みんな、いつもと同じように思い思いに応答してくる。

ソウタとヨウタも喋る余裕が出て来ているし、一番後ろをケイもいつも以上に明るく振舞ってくれている。

驚くくらい順調だ。


「ゆう兄……あのさ? その『どうくつ』ってどこにあるのかなぁ……?」


「この場所をずっと下って平らになった場所のどこかに親父の落ちた穴があるらしい……大きな穴だから……うん、すぐに見つかるさ」


ソウタの言葉に対し、不安を引き起こさないようにあくまで明るく答える。


「あ、あのさ?ゆう兄に反対するわけじゃないんだけどさぁ……? こ、ここで隠れた方が安全なんじゃないの……かな?  ね? ヨウタもそう思うよね……? ぼく……やっぱり怖いよ……」


「ばかソウタ! ユウ兄は隊長だぞ! 黙って進めってば!」


オレが進む理由を説明する前にヨウタがソウタをたしなめる。いつもだったらここでヨウタをなだめるのがオレの役目だが、今は確かに先を急ぐ。今は気配がしないが、いつこの穴に降りてくるかもしれないからだ。まだ、追ってきていないのはもしかしたら火を取りに戻っているのかもしれないだけかも‥‥。

照らされたら一巻の終わりだ。はやく『洞窟』まで行かないといけない。


『…………』


??

今何か聞こえたような……?


「あれ、ソウタ? 今何か言ったか…‥?」


「え? え? ぼくなにも……」


「ヨウタは?」


「おれなんもいってないよ」


「ケイ?」


「…………。」


ケイの返事がない。


「おい、ケイ?」


「……。」


やはり返事がない。背中に冷たいものが滲む。


「ソウタ! ケイは後ろにいるか!? ロープはッ!?」


「き、きれてるっ!? けい兄がいないよ!! どこにもいないよぉ!!」

「バカソウタ!なんできづかないんだよ!」

「ヨウタぁ……だって……だって!」


「しっ静かに……ケイを探そう。きっとロープは瓦礫で引っかかって切れてしまったんだろう……」


なぜ反応が無いのか、それは分からない……。でも、すぐさっきまで返事をしていたのだから、近くにいるはずなのだ。いなくなる理由が無い。


「ヨウタ、ソウタ、男達にばれないように大声は出さず、小さく呼びかけ続けよう。きっとすぐ近くにいるはずだ」


「うん!ユウ兄はいつも冷静ですごいや!」

「ううぅ……けい兄! 返事してよぉ……」


オレ達三人は進んでいた方向が分からなくならないように慎重に方向転換し、ゆっくりと元来た場所を戻りながら呼びかけ続けた。


「ケイ兄!」

「ケイにい……どこ行っちゃったのかな…‥うぅ……」


「ケイ!頼むから返事してくれ!」


おかしい……。もうけっこう戻ってきているはずだ。

そう。入り口の縁とその向こうには壁が、青白い月の光に照らされて白く浮かび上がっているのが遠目に確認できた。

とても静かだ。

とてもさっきまで地獄のような逃走劇を繰り広げていたとは思えないくらいに静かだった。

しかし、ケイはいない。


「ケイ! ケイ!! ……どこにいるんだ!!返事しろって!」


オレが焦燥に声を荒げたその時。


「ここにいまーす。なんてなぁあ!?」


シュボッ、という奇妙な音と共に目の前で突然炎が燃え上がった。

闇に慣れた目には眩し過ぎる光に思わずのけぞる。しかし、今の声は……まさか……。



「なっ!!? うそだ!? なんでこんな!!?」


何とか目を開けると、いつの間にかオレ達はぐるりと男達に囲まれていた。

なんでだ!? 足音も臭いもなにもしなかったと言うのにッ!!

一人の男の手の中で燃える火に照らし出され、男達の亡霊のような狂相が揺らめいていている。そして、一人、ゴツゴツした顔の大男がケイをぶらり、と荷物のように肩に担いでいるのが見えた。


「け、ケイ……!? 返事してくれ!!」


「無駄だ。強めの一撃を食らわせてやったからな。生きてんのか、死んでんのか……些細なことだぜぇえ? なにせなぁ? お前らも喰っちまうんだからよぉおおお?」


ケイを担いでいる奴の前にいる男はそう言い。べろりと手に持ったナイフを舐めた。糸のように細められた目、落ち窪んだ眼窩、薄い唇に、裂けた口……村の大人と同じ人間だとは思えない悪鬼のような顔……。


「う……あ……」


鬼だ……。地獄の人食い鬼だ……。

オレの背中に隠れて震えていたヨウタとソウタが恐怖のあまり気絶した。オレも、もう立っていられない……そのまま、その場にへたり込んだ。恐怖に頭が麻痺してふわふわしている。何も思いつかない。


「(死にたくない……死にたくない……でも……)」


もう死を待つことしか出来ない……。

ケイ……ソウタ…‥ヨウタ……オレのせいでみんな……死んでしまうというのか? オレが言いつけを破ってここに来たから……

もう会えない? 遊べない? 一緒に家に帰れない……?


その時。一つの景色が頭を流れた。


真っ暗な闇……そこには自分一人しかいない。

助けも呼べない、動くことも出来ない……泣いている……周囲の闇が迫っているのだ……押し潰そうと迫って来る…………暗く冷たい闇に、モウアソコニ、モドリタク、ナイ……。


――目の前が赤く明滅した。


「うぁあああああああああああああああああああッ!!!」


気付いた時には男達に向かって突っ込んでいた。


「うわっ!? なんだこのガキ!? ぐっ!!?」

「なにすんだてめぇ! くそっ、当たらねぇ!?」


オレ自身にも何が起きているのかほとんど分からなかった。頭の中が真っ白に染められていて、勝手に動く身体に意識が付いて行っていない。大きく揺らぐ炎の影……音も光も痛みも、知覚する全てがどこか遠くに感じる……。

とにかく、オレは狂ったように戦っていることだけしか分からない。男達の鼻を殴って、股間を蹴って、腕に噛みついている……ような気がする。

まるで自分で無いような、しかし、全てを投げ出すようなこの感覚は、心地よい


『いやだわ。まるで獣のよう……』


誰か知らない女性の声が頭に響いた。


獣? そうかもしれない、とオレは答えた。

いや、獣よりも強くあらねば・・・・


――この男達を全員殺してみんなで家に帰らねばならぬ。


そうだ。帰らなければ……。


オレは隊長だ。みんなを守らなきゃいけない。

だから殺す・・。皆殺しにしてやる。


『気付くがよい……。このままでは、汝、”資格”を失してしまうぞ?』


再び頭の中に声が……。

”資格”?

何か知っているような……でも、思い出せない……。

それに君はいったい誰だ……?

昔、どこかで? いや、『昔』っていつだ……?


「っは!!」


音が戻った。自動的に動いていた身体が突然止まり、勢いよく男の一人にぶち当たった。さっきまで叫んでいた男達とは違う特徴の無い男だ。


「(身体が、うごかない!?)」


今まで無尽蔵に動けると確信していた身体がまるで動かない。すぐさま腕をねじり上げられ、ひざまづかされて捕まってしまった。

このまま戦えば何とかなるかもしれない、そんな確信に近い予感があったというのに……。

あっけなく絶望は戻ってきた。


「くそぉっ! あったま来たぜ!! もう堪忍できねぇ! この野郎っ!! 死ねぇ!!」


男の激高した声が降って来る。そして、オレのうなじ目がけてナイフが振り下ろされた。風切り音と共に迫る鋭い刃……。男達の恐ろしい怒声……。

これがオレの人生最後の時なのか……


「(みんな……ごめん、ごめん……オレのせいで………)」


ここでオレの人生は終わってしまうのか……。

走馬燈が見えた……。

目を閉じると、涙が一粒だけ頬を伝った。


「……こんな所でオレは……」


死にたくない、と思った。

しかし、もう逃れる事は出来ない……。


だがその時奇跡が起きた。


「っ!?」


大きな地響きと共に足場がぐらりと揺れた。今まさに、オレを殺そうとしていた男は体勢を崩し、迫ってきていたナイフはオレの髪を数本切って空ぶった。


「野郎ども!! 何が起きた!!?」

「わかんねぇ! 何かが爆発した!!」

「上だッ!! 上を見ろ!!」


男達の慌てる声が聞こえ、目を開けると……ポタリ、と小さな音を立てて足場である瓦礫の中に吸い込まれて行く涙の雫が見えた・・・


――オレは青白い光に照らされている。


月の光だ。

一瞬前にはなかった光…‥それがどうして?

オレは上を見上げた。


「……うわぁ……なんてきれいなんだ……」


満天の星と三日月の浮いた天蓋がそこにはあった。頭上を塞ぎ闇をもたらしていた天井が大きな円を描くように丸く無くなっている。


「兄弟! 警戒しろ!! 誰かいるぞぉお!!」

「ひ、ひいぃい!? 天井は、ど、どこにいっちまったんだよぉ!?」

「どうなってんだ?! あ、兄貴ぃ!?」

「くそぉ、何が起きてんだ!! 俺達ぁこんなの聞いてないぞ!!?」


さっきまで鬼のように恐ろしかった男達が恐怖に顔を引き攣らせ、狼狽し混乱している。極限の状況から解放されたオレはどこか夢見心地で状況を俯瞰していた。

上から何か落ちてくるものにオレは気付いた。


「……雪?」


ふわふわした純白の綿毛が無数に降って来る。男達はそれを手で振り払い逃げまどい避けようと躍起になっている。出口に向かって逃げて行くやつもいる。


「(こんなに綺麗なのに避けようとするなんて馬鹿な奴ら……)」


足場が揺れたり、天井がいきなり無くなったり……突然の怪異の連続にオレ達のことは完全に忘れてしまっているようだ。


「(訳が分からないけど、これはチャンスだ……!)」


この隙をついて逃げるしか助かる道は無い! 見回すと、すぐ傍にケイが、少し下にヨウタとソウタが倒れているのを見つけた。


「ケイ! ヨウタ! ソウタ! 起きてくれ!」


ゆするとソウタとヨウタが顔をしかめ、目を開いた。


「ユウ、にい……? なんでぼく寝てたの?」

「あれ……なんで……おれ倒れてるんだろ……?」


少し頭が混乱している。でも見た所怪我は無い。幸い、さっきオレが無謀に突っ込んだことによって男達の注意が逸れたのだ。ケイも気を失っているだけ……生きている!


「あいつらは今混乱してしるし、オレ達の事を忘れてる。チャンスだ」


オレはまだ目を覚まさないケイを背負い『洞窟』に向かう為に、ゆっくりと闇の中に戻ろうとした。しかし。


「……くそっ!? なんでッ!?」


男達が一斉にこちらを振り向いた。ギラつく目がこちらを睨む。そして、口々に怒声を上げながらこちらに瓦礫を駆け下りてくる。


「ヨウタ!ソウタ!! ケイ引きずって下に向かって走れ!! オレが食い止める!」


「いいえ。その必要はありません」


「「「!?」」」


必死でヨウタとソウタに指示を出すオレの肩に、後ろから誰かが手を置いた。


三上みかみ雄心ゆうしん……貴方を迎えに来ました……」


後ろに立っていたのはまるで雪のように白く、所々に紅があしらわれた大鎧に身を包んだ武者だった。


今年ももう終わりますね……。

ただ、時差があるのでまだこちらは30日なのですけども……。

明日は午前11時更新です。

それでは、皆さん、良いお年を~



{ちょっとした人物紹介}


主人公:

ユウと呼ばれる少年。本名はもう少し長いが、『ユウ』という呼び名が親しみやすく気に入っている。両親と自分だけの三人家族であり兄弟はいないが、6歳年下のヨウタとソウタをはじめ、年下の子供達を家族のように思い、面倒を見ている。

話は変わるが……容姿は並みで、残念ながら村の女子達にはあまり興味を持たれていない……。


ケイ:

本名は啓介けいすけ。ユウの2歳半年下で16歳。背は比較的高く、既にユウと同じくらいの身長だが、天然パーマ気味な髪のせいでユウよりも高く見える事もしばしば。身体を動かす事が得意で、素手で野兎を追って捕まえた逸話の持ち主。ユウにはムードメーカーとして頼りにされている。

女子とも仲が良く、話している姿もよく見られる。一時期、女子の誰かと付き合っているらしいと噂になったが、誰も真偽を探ることが出来なかった。


ソウタ&ヨウタ:

12歳の一卵性の双子。村の子供達の中でも、特にユウやケイを慕い、「ゆう兄」「けい兄」と呼んでいる。背は二人とも150cm程。二人とも茶色がかった柔らかい髪質で、その手触りの良さに、ユウや年上の女子達にはよく頭を撫でられている。ヨウタは、自分がソウタよりお兄ちゃんだと思っており、近頃は男らしい口調を意識して「おれ」を使いだした。しかし、未だ慣れず、時々間違えて「ぼく」と口に出してしまう。

人見知り。


**尚、この村の子供たちはのんびりと育つため、精神年齢が現代(2000年代)の子供達よりも幼く思える場合が多くある。




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