小説.36
階段を上がってくる音。男が顔を出し、完璧だと言った。誇らしげな顔。志織を起こし、見るかい?と声をかけた。志織の返事を待たずに、早く見てくれ。と言う。
バイクの左側にサイドカーが付いてあった。タイヤは太くなって、右側に予備のガソリンタンクが付いてある。
[ほら、このサスで多少のデコボコ道でも壊れないぞ]
自慢気に言う。
[シートはないからどこかで布団を探せ。ここに置けば座れる。ガソリンタンクはこうやれば切り離せる。ほら、簡単だろ?]
男は忙しなく動かしながら説明する。楽しそうだ。
[ライトの交換はここだ。ほら二つも置ける]
[タイヤはパンクしたら、ここと…ここのネジを外して交換するんだ]
[ギア比は…]
次々と説明していく。難しい話は分からないが、この男が改造したバイクなら完璧だろう。
[名前はパルキッツァだ]
男は最後に説明をした。俺は何回か聞き直し頭に入れる。名前の由来を聞いたが、[パルキッツァはパルキッツァだ。それ以上で以下でも無い]と言う。
英語かロシア語かもしれない。ネットがあれば分かるのだが。
[よし、行くか]
と男は言った。俺は、どこへ?と聞く。
[俺は眠いんだ。お前らこれに乗って早く行け]
俺は残念というか名残惜しい気持ち。でも男は何とも思ってないように見える。
[ありがとうございます。また逢いたいですね]
俺は言葉少なく言った。口を開くと寂しい気持ちまで、出そうだったから。
[お前が生きていたらまた逢える]
男はアクビをしながら言った。
そっけない別れ。照れなのか?と男の顔色を伺うが分からなかった。
男がバイクのエンジンをかける。軽快なエンジン音。
[ほら一発だ]誇らし気な顔。
俺はまたがる。
[ちょっと待て]
と男は志織を手招きし、二人して二階へ上がる。降りて来た二人の手には缶詰がたくさんあった。
[こっちがお前の。これがお前の]
とカゴに入れる。それから男はシャッターの前に立つ。
[開けたら構わず進め。パルキッツァ、頼んだぞ]
男は俺に頼んだぞ。と言ったのではない。バイクに俺達の事を頼んだのだ。
朝でゾンビがたくさん中に入って来るはずだ。大丈夫なのだろうか?
構わずに男はシャッターを開けた。
ゾンビは近くに居なかった。俺は安心しアクセルを回した。
出た瞬間にシャッターは閉まる。ゾンビは周りにたくさん居た。
掴まれないようにスピードを出す。
あっと言う間の別れだった。
志織は大きなゴーグルをかぶっていた。二階で男から貰ったみたいだ。
もう朝方のせいか、人間は見かけない。入りやすい民家や、門にゾンビが群がっている家屋は避けた。夜通し歩いた人間が休んでるはず。
道路は邪魔な車などはなく思ってたより快適だった。エンジン音もうるさくはない。心配なのは志織の座ってるカートの下にマフラーがある事。熱いのではないかと。
早くどこかで布団か毛布を探さないといけない。
俺には感じないが、きっと風が気持ちいいだろう。
道なりに走り続ける。歩きとは雲泥の差の速さで進む。
下道の方が小回りが利く。急いでも仕方ない。安全が第一。
ガソリンのタンクが半分に。男はちゃんと手動式ポンプを用意してくれてた。放置してある何台かの車の一台にガソリンがあった。バイクに移し替えそうとする。が、ポンプは奥まで届かない。ガソリンの入ってる軽トラックを探す。軽トラックなら届くはず。届いた。ガソリンを移し替えす。
軽トラックを見つけ次第ガソリンを調べながら進む。




