現実.29
携帯電話の画面から目を逸らした。
いつの間にか、今考えていた事を書いてしまっていた。
この世界は現実だと認めてる。夢ではない。だが、一抹の期待。ひょっとしたら夢の世界なのかもしれない。という思考を無意識に捨て切れない。
実は目が覚めたら一夜の夢だった。と。
俺はこの世界では全く寝ていない。眠れない。痛みも感じない。排泄もしないし、病気もしない。
この世界は夢の世界。それなら全て合点がいく。
夢の世界で、これは夢だと思いつけるのだろうか?
ひょっとして催眠術にかかってるのかもしれない。
おかしい事は山ほどある。三年経つのにまだ国は動かない。飛行機は飛んでいない。電気もつかない。電気技師が生きてると思うのに。
ひょっして。どこかの地域では点いてるのかもしれない。そこはゾンビが居なく、以前のような生活をしていて、俺だけが知らないのかもしれない。
前の世界も少なからず、おかしい事はある。それもただ俺が知らないだけなのかもしれない。
ゾンビなんか幽霊と同じで居ない。だが実は存在していて俺が知らないだけなのかもしれない。
前の世界の常識に慣れたように、今の世界の常識にも慣れてしまった。
知らなくても生きてはいける。
もし目が覚めて、この世界が夢だったら。きっと夢だと安堵して。それから、いつものように朝飯を食わずに大学に行き勉強。バイトや友達と遊び。四年後には社会に出て働き、結婚し子供を産み、生きていく。
この世界では、志織を守り、死なないように生きていく。
どちらにしても生きていく。それだけは変わらない。
前の世界と違うところは、この三年の記憶があまりにも濃い事だ。前の世界では濃い記憶があまり無い。思い出せないのではなく、思い出に残るような出来事が少ない。流されて生きていた。なんとなく生きていた。生かされて生きていた。
今は違う。自分で考えて生きている。
俺は順応性が高い。適応能力が強い。裏を返せば、諦めが早い。周りに流されやすい。その方が楽だからだ。
生きているという実感は、今の世界の方が遥かに濃い。前の世界は生身の身体にゾンビの脳みそみたいだった。それは他の人も同じだろう。大人達は疲労し切った顔で働く。生きてる表情ではなかった。張りが無い顔。俺もいつかはこうなると思ってたし、それが当たり前だと。テレビやゲーム。友達と遊ぶ事だけが楽しかった。でも生きてるという喜びは、今の世界で初めて感じた。
死に接して生の喜びを知る。
何かで聞いた言葉。
目標があると今が輝く。
これも同じ。何かで知った言葉。
前の世界では無かった。この世界では志織を守り抜く事。目標がある。
この三年で生き抜く自信もつき、楽しくなりつつもある。余裕が出来たからだ。だから小説も書ける。誰かを喜ばす事も出来る。役に立てる事をし感謝されるのは気持ちいい。前の世界では少なかった。無かったに等しいかもしれない。
小説を書きたい願望を持ったまま、なんだかんだ一行も書かなかった。誰かを守りたいとかいう気持ちもなかった。
小説を書いてくと色々な思考が溢れ出る。時間はたくさんある。
パルキッツァの事を考える。会いに行きたいとも思う。また会えないかなと。
俺は携帯電話を開いた。




