小説.35
志織はシェラフに潜った。俺はやる事がない。灯りが漏れるので窓から外を覗くワケにも行かず、下に降りたら邪魔だと言われた。
一階には電気関係の難しい本が何冊か見かけたが、二階には本は一冊もなかった。かと言って男のように掃除をする気にならないし、弾の数を数える事もしたくない。
リュックの中を整理しようと、荷物を取り出す。音がするので諦める。志織が起きてしまう。鏡に気付き、包帯を取り自分の顔を写す。
この顔だと二十歳位だろう。学生より社会人っぽい。ストレートで黒い髪の毛。整った眉。目は大きいが猫目っぽい。可愛いというより綺麗なタイプ。恋人はいそう。爪は短かく切ってある。たしかマネキュアもしてなかった。真面目な性格なのかな。
この身体には、この子の人生があったと思うと妙な気分になる。今は俺の身体。違和感は最初だけだった。視野と視界が低いのが印象だった。
肌は色を付ける前のマネキンみたいな白さ。舌を出す。口の中や舌は肌よりも白くはないが違和感がある。
歯と髪や眉毛、そして目の色だけは普通の人間と同じ色。唇は薄らピンク色。青い血管は浮き出ていない。
部位はそっくり人間だった。耳がとがってるとか、目や耳の位置が違うとか、そういう違和感は一切ない。ただ本当に色が白い。白いというか、血の色がない肌。ロウソクのような真っ白さではない。腕のうぶ毛は黒い。暑さも寒さも感じない。痛みも感じない。汗はかかない。涙は出るのだろうか?自分で自分の身体を触る。弾力は多分硬いと思う。
俺には繊細な触覚が分からない。感触が物凄く鈍感。
噛む力は強くなっている。骨を噛み砕ける。歯もかけてはいない。歯茎もそうとう強い。多分、怪我はしてるとは思うが、小さな傷はすぐ治る。
腕をつまんでみる。力を入れると千切れる。千切れた箇所の皮膚から血が滲み出る。
ゆっくりだが、皮膚が盛り上がる。五分もかからないで、治ってしまった。千切れた肉の破片。動かない。顕微鏡で見ないと分からないが、多分再生はしないのだろう。捨てる場所がない事に気付く。口の中に放り込り飲み込む。タオルで綺麗に血を拭いて、隅に置く。
俺は生きてるのか?身体がなく意識だけの存在は、幽霊。つまり身体の有る無しで生きてる死んでる。となる。意識の無い植物人間は生きてる。
退屈な時間だと、答えの出ない思考が思い浮かぶ。考えてくとそのうち、これは本当に現実の世界なのか?とすら思えてくる。
別次元に入り込んだ。とか、実は交通事故に遭い、本当の俺は病院のベッドでゾンビになった夢を見てるんじゃないのか?とか。
だいたい、これだけの人間が居るのなら警察や自衛隊、国が動いてもおかしくはないはず。
先進国上位の日本。地震でも復旧が世界で一番早いと言われてる日本が、全くもって機能していない。
飛行機も飛行場の数は多いはず。それに飛行機は病院や自衛隊、海上自衛隊の戦艦にさえある。テレビ局にもある。
ゾンビ発生から一ヶ月は経つ。もういい加減、何かしらの対策がなされてもよさそうなのに。
夢の中では痛みは感じないという。
俺は痛みは感じない。夢なのか?夢ならいつ覚めるのか?覚めるまでは生き抜かないといけない。いや、死んだら目覚めるのかもしれない。




