小説.27
朝方、志織が目覚める。まだ寝ていても大丈夫。と言ったのだが、もう眠くはないと言う。
火の手は大丈夫。ここに居るか移動するか。移動するならどこに行くのか。
そんな話題を振る。
[お姉ちゃんの実家は?]
俺の実家は青森。新幹線で二時間はかかる。歩きだと何日?何カ月?
それに、もし皆が死んでたら?
非情な現実を知るより期待を抱いていた方がいい。まだ生きてるはずだと。
心の準備は出来ている。だが現実を知ったら分からない。
青森だから何カ月かかるか分からない。そんな返事を返す。
[海からは?]志織の意見。
船ならゾンビや人間から離れられる。安全だ。
小型ボートなら運転出来るかもしれない。
すぐ行き先が決まる。
東京湾。川沿いに歩けば船も見つかるだろう。歩きよりかは安全だ。
燃料と食料と水さえあれば、海の上はかなり安全な場所だ。
リュックをかつぎ、移動する。
やるべき事があると行動に移れる。
探しといた貯水タンクのあるマンションに登り、そこで二人身体を洗う。それから本屋で地図。地図を片手に橋を渡り川沿いに歩く。
船。すぐに気付けばよかったと後悔。
川は大きくなり桟橋にある船が見つかる。だが、どれも鍵の所が壊れていた。多分エンジンを着けようとしていたみたいだ。
鍵がなくてもエンジンが着くはずだが俺にはやり方が分からない。
仕方なく、他の人と同じように諦め川沿いを歩き続ける。
何人かの人間に出逢うものの不思議と声はかけられなかった。し、俺達も声をかけなかった。
ここではもう早い者勝ちなのだ。つまり船を奪い合う敵同士なのだ。
ましてや俺は女の姿で、もう一人は子供。
どう考えてもお荷物そのもの。俺でも声をかけないだろう。
まだ食料はそこそこ集まるので、奪い合いのような剣呑な空気にはならない。ただ俺達を見ると誰もが、急ぎ足になる。
非情な現実。仕方ない事なのだ。
俺達も出来るだけ早く船を手に入れたかった。
だんだんと人間を見かけると共に、ゾンビの数も多くなっている。人間の集まる所にゾンビも集まる。
俺達は昼間歩くようにしている。夜は大型トラックの荷台で志織は寝る。
俺は志織のそばでゾンビに紛れてゾンビのように立っている。
かなりの人間が夜、移動している。
ときたま、怒鳴り声が聞こえてくる。ゾンビ相手ではなく人間を相手に。皆、苛立っている。
俺達は目立たないように歩き続けた。海だ。と志織が言った。ビルとビルの間に海が見えた。
まだ昼過ぎなのに人間の数は多かった。それ以上にゾンビも居る。たまに叫び声。助け声も聞こえる。
発砲音は聞こえない。と思っていた矢先に発砲音。
銃。一番厄介。ゾンビよりもタチが悪い。
これだけのゾンビ。とうてい船着場には近寄れない。それでもなんとかして海に近付こうとする人間がいる。
夜になれば人間同士で船の奪い合いが始まるだろう。
船を探しても燃料や食料が心配になる。
考えが甘かったのだ。もっと早く気付いていたら。
海の方から煙があがってるのが見えた。
背中をドンと押される。振り向くと若い男が弓を向けていた。志織が目の前に立ち[お姉ちゃんなの。辞めて]と叫んだ。
慌てて俺は志織を後ろに隠す。
俺の露出している腕や顔は真っ白。ゾンビの身体。
男は弓を降ろし何も言わずに立ち去った。
頭に刺さらなくてよかった。本気で安堵した。
[リュック背負ってるゾンビなんか居ないのに]
志織は言いながら俺の背中に刺さった矢を抜いた。
ゾンビの肌だが、歩き方も人間そのもの。志織も居るからゾンビとは思わないだろう。と俺は考えていた。それも甘かった。
もっともっと慎重に考えなければならない。
これ以上近付くのは危ないと判断し、港が見えるが、かなり遠い所にある二階建てのマンションの一室に立て籠もる事にした。




