小説.15
俺は立ち上がり、走ってみた。普通に走れる。車のボンネットを叩いてみた。
思い切り凹んだ。手が曲がった。
力加減に注意しなければ。
俺は完全に昼間と同じ思考になっていた。
身体は無くなったが、前の身体も元の身体ではない。この身体と同じ血の気の無い白いゾンビそのものの身体だ。執着はない。
ただ男の身体の方が強いと思った。それだけだ。もう死ぬのはイヤだった。生き返る保証は何もない。
いや、そもそも本当に死んだのか分からない。意識が無くなって魂とか精神が移っただけかもしれない。
分からない事だらけだ。
やるべき事をやるだけ。
大丈夫。以前の俺と変わらない思考。
それだけで充分だ。
帰り道、デパートの噴水のある池で身体を洗う。ここの水は電気が付かないのに水が巡回していつも綺麗。
俺の身体は女の身体。少し痩せすぎな身体。白いマネキンにソックリ。膨らんでる胸を揉んでみる。多分堅い。性欲は沸かない。そもそもゾンビになってから、食欲や睡眠と同じで性欲が無くなってる。
今じゃ左乳房も他の肌と変わらない色になってる。ボンネットを叩いて折れていた腕も元通りに。
髪の毛が邪魔で仕方ない。
ハサミで切る。が、しばらくしたら元の髪型まで伸びた。変わらない。
ゾンビが発光してるのも変わらない。
近付く。逃げるゾンビもいるが、そのままのゾンビも居る。襲って来ないのは夜だから。
服を探す。髪の毛が濡れてるから服が濡れた。
確か、バイクコーナーが。
そこにある黒ビニールのツナギを着る。
これなら濡れない。
ヘルメットを二つ手にした。
適当に食料を買い物カゴに詰めてホテルに帰る。車の灯りは消えていた。バッテリーがあがったせいだ。
少し声を出してみる。女の声だ。
志織は驚くだろう。
志織の居る部屋のドア。三三七拍子のノック。鍵の開く音。驚かしたい気持ちが少し。俺は生きていたのが嬉しかったから。だから俺は言った。
[女の身体になってるから]
俺は言った。
[はぁ?]
志織は疑問の声を出しながらもドアを構わず開けた。
[マジ?]
志織は俺を見てから言った。
志織の言葉使いが悪い。今時の小学生はそうなのか?分からなかった。
[マジ]
俺はそう答えた。
[なんで?]
その問いにどう答えたらいいか分からず沈黙。
[とにかく中へ]
志織は入れてくれた。
三三七拍子のノックが唯一、俺だと分かるサインになってる。
志織に今日の事をかいつまんで話す。
ヤクザが俺を撃って、ゾンビに喰われた。気付いたら女の身体になってた。
そして憶測だが。と付け足して、ゾンビは死体を食べて再生してる。と付け加えた。
また俺が同じ目にあっても必ず違うゾンビになってお前を助けると。
[私が死んだら?]
志織はポツリと言った。
志織はゾンビじゃない。そのまま死ぬんだ。
言えなかった。
[死なさない]
それしか言えなかった。保証や確約は何一つ無い。
[とりあえずお姉ちゃん。って呼ぶよ]
志織は言った。その言葉を信じてない顔だった。当たり前かもしれない。俺はたった二日目でゾンビに喰われたのだから。もし生き返らなかったら、守る事なんて出来やしない。
お姉ちゃんと呼ぶ。なぜ?多分、女二人の方が人間相手ならやりやすいだろう。
そういう、無意識のしたたかさを志織は持っている。何も考えず言ったのかもしれない。
志織は黙ってゲームをやり始めた。
だが何かを考えてるらしい。手は止まっている。
俺は今日の事を考えていた。
俺の身体を食べたゾンビが俺になるなら何体かのゾンビが俺になるだろう。
なかなか見かけない女ゾンビだけが俺を食べたとは思えない。
どこかの部位。俺の脳みそか心臓を食べたゾンビが俺になるのか?
でも食い残した部分はかなり道に落ちてる。他にも人間の死体はたくさんある。
[寝れるなら寝よう]
俺は志織に言った。志織は答えずに言った。[ねぇ、触らせて]
俺は触らせたかった。俺の身体がどうなってるのか知りたかったからだ。志織から言ってきたのは幸いだった。
俺はバイクスーツを脱いだ。志織はおずおずと、でも色々な箇所を触る。文字通り、触りまくった。
[どう?]
[なんかね。凄く冷たいの。死人の身体。そしてね。硬いわ]
[髪の毛も?]
俺の問いに志織は髪の毛を触る。
[髪の毛はゴワゴワしてるけど普通]
[気持ち悪い?]
[うん。凄く気持ち悪い]
志織は子供らしくズバッと言う。でも下手なウソをつかれるよりかはマシだ。
[あとね、前もそうだけど力が強くなってる]
俺が気付いた事は全て志織にも知ってもらいたかった。
テレビを片手で持ち上げる。
[どの位軽いかと言うとね。このイス位の重さに感じる]
志織はイスを見た。
ゴキッと音がした。俺の肩が外れた音だ。外れるのは分かっていた。
[肉体は普通の人間と変わらない。だから無理をすると骨が折れたり皮がめくれたりする]
でもね。と続けて、肩をはめ直す。
[ある程度ならすぐに治るんだ]
さらに指を折ってみせた。指は異様な方に曲がる。
[こう…元に戻して…時間経てば治る。痛みや疲れは全く無いんだ。あまり酷いと気持ち悪くなるけど]
[見てた私の方が痛かったわ]
顔をクシャクシャにして志織は言った。
[まぁ覚えておいて欲しい]
志織は何回かうなづいた。
五分位で肩と指は治った。
爪の中の肉も白い。血管も白い。まるで血が全く通ってないみたいだった。
でも傷付けば赤い血が出る。空気に触れると化学反応で赤くなるのか?
分からない。




