小説.14
気付いた時には、ひたすら飢えを感じていた。箸やスプーンを使う手間も暇も惜しくて手掴み、鷲掴みで口に放り込んでいた。ゾンビじゃあるまいし。俺は思い、ゾンビって?と、その疑問で全てを思い出した。
俺は撃たれたのだ。
口の中に違和感。吐き出す。血と肉の塊。
俺はゾンビになったのか?
立とうとしたが足が無く倒れ込んだ。
胸元に柔らかいクッション。
身体に違和感がある。
目の前に髪の毛が垂れて視界が塞がる。
半身起き上がる。手が細い。胸元が大きい。
あれ?これ女の身体か?
周りを見渡す。ゾンビが襲って来るのが分かる。
俺は這いずり逃げる。
しゃがみ込んでくるゾンビを振り払うように殴る。腕の折れる音と共にゾンビが横へ吹っ飛ぶ。
車の中に避難だ。
急ぐが身体が上手く動かない。
ゾンビの少ない場所を探す。
ヤクザの死体の脇に転がる。後ろから来たゾンビは死体の方にしゃがみ込み喰べ始める。
他のゾンビもソレにならう。
一時しのぎ。だが、その一時で助かる確率が上がる。
這いつくばりながら進む。車のドアを開けて車内に転がり込む。
とりあえず助かった。
空は夕方。何日目の夕方かは分からない。
俺を撃ったヤクザは居ない。
数体のゾンビが俺の車の周りに取り囲むようにウロツキだす。車がギシギシと鳴る。
曲がった腕を元に治す。ムシリと嫌な音がしたが痛みはない。多分治るはずだ。
足は片方折れて、もう片方は膝下から無い。
多分治るはず。治って欲しい。頼む。強く願う。
疲れは無いものの非常に億劫な気持ち。
何にもヤル気が出ない。曲がった足をまっすぐ伸ばす気力さえなく、面倒臭く感じる。全てがどうでもよくなる。
折れた腕がモゾモゾと動く。多分修復してるのだろう。少し安堵する。
動きたくないから動かず。
食欲は無い。多分、喰べないと元には戻らないのだろう。多分。
多分。多分。多分。何も分からない。
憶測と推測からしか行動出来ない。
しばらく何も考えてなかった。我に返った時には外は真っ暗だった。いつの間にか車の周りのゾンビも居ない。
夜はゾンビは喰べなかったっけ。いや、どうだったか?
視界と思考がハッキリしてきた。
身体も心なしか軽い。足を伸ばす。治っていた。片方のなかった足も擦りむけたように血管や肉も見えていたが生えていた。
シートに寄りかかり座る。身体を見渡す。
俺の身体は女の身体になっていた。何故かは分からない。意識と思考は前と変わらず俺のだった。
車から出る。ゾンビは近寄って来ない。俺はいつでも車内に戻れるようにドアを開けたままゾンビに近寄る。ゾンビは逃げないが近寄ろうともしない。
見覚えのあるリュックと服。そして胴体。
俺の身体だ。
元には戻れない。手足も頭も無いからだ。胴体も多分ほとんど無いだろう。
リュックを拾う。血まみれだった。
リュックを放る。使い物にならない。
拳銃を探す。こんな目にあって何もなかったはイヤだから。
暗くてよく分からない。
明るくなって必ず見つけようと思う。だが、襲われる可能性が高い。
食欲は無いが、頭の隅にある一つの思考。
死体を食べたら身体が治るのか?
それは確信に近い真実と思えた。その思考が思い浮かんだ瞬間、それは当たり前に思えた。
死体を食べたいとは思わない。
でも食べないといけない。
壊れた箇所を治する為に。疲労し磨耗した身体の修復の為に。腐っていく身体を戻す為に。
だからゾンビは人間を襲い死体を喰べる。
唐突に理解した。
それしかなかった。それが当たり前だと思った。
目があるから見え、耳があるから聞こえる。その常識と同じように。
新しい死体を食べる程、早く丈夫に再生出来る。生きた人間を喰べればもっと丈夫になるのかもしれない。
俺は生きたい。それは人間もゾンビも同じ思考。生命としての本能。
俺は急いで、なるべく新鮮で欠損部分の少ないヤクザの死体を捜す。噛みつき、千切り、骨を噛み砕き、口の中に押し込んだ。
罪悪感や嫌悪感は無かった。
人間の世界は終わった。
生きる為に必要な事をするだけだ。
そう思い込む。信じ込む。仕方ない事だ。これは自然の摂理だ。人間だって豚や牛を食べるじゃないか。自分を納得させる。そうしないと食べられない。
口の中。味も無い。なんとなくの感触しか無い。
匂いもマヒしたのか全く感じない。
ひたすら噛み千切り、喉を通る大きさになるまで咀嚼し飲み込む。それを繰り返す。
左胸が膨らむ。何気なく鷲掴みにする。ズルリと肉がズレる。掴んだ手を見る。手の中には布切れや髪の毛がゴッソリとこびりついてる。
慌てて胸元をこすり落とすように掻く。
服が破れ右と同じ大きさの乳房が見える。
乳房は、すり切れたように血が滲んでる。だが徐々に皮膚が再生されていく。
気付かなかったが、どのゾンビにもどこかしらに大きなコブのようなモノがある。
近くの立ってるゾンビの腰にあるコブを触る。
ドシャっと塊は落ちた。
塊の中には骨や布切れ。髪の毛。俺と似たようなモノがあった。
不必要なのは、こうして排出されるのだろう。




