約百年後
百年前のパンデミックは完全に過去の遺産となった。
当時を詳しく知る人間もいなくなり、地球政府の戦略で百年経った事の放送やイベントは無く、過去よりも未来を!をスローガンに掲げ、凄惨だった過去を蒸し返す事はなかった。
バイオ工学の進歩。重力と紫外線の研究。
地球政府の宇宙への熱は以前より落ち着いたが下がる事は無かった。
希望溢れる宇宙開拓を推し進めていた。
よりよい未来への期待が人類を支配していた。
各国間の争いも宇宙開拓という良い方向へ向かった。
五年後には民間シャトルの出航。月面基地の拡大。月面からの宇宙ステーション開発開始。
俺と志織は相変わらず何ヶ所もの住処をグルグルと住み分けていた。
一番長く住むのはインドにある貧困地区の寺社だった。
インドは今だに土葬や川に死体を流す文化があり摂取が容易。保存用も大量に作っている。
日本で住みたい気もするが、インドやアメリカに比べると窮屈さと綺麗過ぎて行かずじまい。
俺も志織も何処で生きても変わらない。
ポピュレーター探しも興味が無くなったし、殺し屋やアングラの闘技者でもなるか。とか冗談で話す程度だった。
一日単位で生きていた感覚を失い、一年単位。下手すれば十年単位で生きてる感覚になる。
毎日幸せか?と思うより、この十年幸せだったか?と思う。
不安要素は相変わらず無いし、アレが欲しい。これをしたい。という欲望も無い。
食欲も性欲も睡眠欲もない。
満腹や射精、熟睡後の快適な目覚め。それらの快楽は忘れてしまった。
それでも不幸とは全く思わない。本当に幸せなのか?と何度自分を問い詰めても、断言出来る。志織がそばにいるから。
そんな事を考えていたら、ふと懐かしい思い出が蘇った。
志織の居る部屋に行く。すでに開いていたドアをノックした。三三七拍子のリズムで。
志織が振り返って俺を見て笑った。




