小説.8
ホテルの一室。女の子が、もうどこにも行かないでと言う。
[俺の名前はヒロム。桜井広夢。君の名前は?]
[梶田志織]
[しおりちゃんか]
俺は安心させる為に笑った。うまく笑顔になってるか分からないが、笑ってみせた。
[いいかい。とにかく水が必要なんだ。電気が無い以上、水道水は出ないだろう]
[出るわ]
志織は蛇口を開けた。
[今はまだ出るが、これから止まるんだよ。必ずね]
[なんで分かるの?]
[友達がこういうの好きなんだ]
俺は少しよどんでから言った。
[俺もだけど]
サバイバル物や終末世界系は好きだった。ゲームも映画も好んでやったり観たりしていた。将来は小説家になれたらいいと思ってる。学校でも休みの日でもヨシオとよく話しあっていた。
好奇心からの知識はネットで散々調べた。面白かった。飽きなかった。いつか役に立つと思ってた。でも本当に役に立つ日はこれっぽっちも望んでいなかった。ヨシオは分からないが、俺は妄想の世界、ネットや映画の世界で満足できていた。
浴槽に水を溜めておくのも知った知識の一つだ。
まさか本当に役立つとは思わなかった。
[じゃあ、一緒に行く]
志織は断固として行った。
この現状を理解していないのか?
見たところまだ中学生だろう。
幼いから解っていないのか?
少なくとも、独りは怖いと思ってるのだけは分かった。
頭の中の妄想と現実は全く違う。大きく違っていた。
死体の気持ち悪さは想像以上だった。
生々しさはネットの画像や映像をはるかに凌駕していた。
テレビ画面を消したり、リセットや一時停止の効かない現実世界。説明書も無い。回復剤や撃退用の武器なんか落ちてない。
それでも生き延びるしかない。
あのワクワク感よりも不安や絶望感の方が強い。
無事な人間は見かけなかった。人間はもう一人も居ないかもしれない。俺と志織以外。…俺は人間だ。今は人間じゃないとしても人間に戻れるはずだ。自分に言い聞かす。
[分かった。一緒に行こう]
俺は言った。




