現実.76
志織は廊下に使えそうな物を集めていた。
朝方、明るくなる頃に荷台に詰める事にする。
俺は屋上かベランダで、近辺を見張る。
薬にウィスキー。志織の読みたい雑誌。小さな物だけ荷台に詰めた。
いつでも逃げられるように。
俺はまだ、あの男が気になる。
手袋も頑丈な手袋にはめ換える。
石を指で弾く時に素手や軍手だと指先の肉が傷付く。すぐに治るのだが血が出て命中率が格段に下がる。
漫画では石つぶてで敵を倒すが、あの威力だと指が絶対えぐれる。
スパイダーマンみたいに、ロープで移動するのも着地場所に釘があったり、掴まる場所が安定でなかったり。投げたロープも外れない。
現実はとてつもなくシビア。
屋根もあの男のように早く走れない。必ず瓦が踏み壊れバランスを崩す。下手すれば屋根を踏み抜き足がハマる。
滑らない靴を履き、体重が十キロ位ならあり得る。
俺が下手なだけなのか?
冬の間、たくさん練習しようと思う。慣れれば大丈夫になるはずだ。落ちても雪なら大丈夫だろうし。
ゾンビの肩や頭をつたって渡る事も出来るのかもしれない。
カンフー映画でよくあるシーン。
考える時間は山ほどある。
暇になれば石を指で弾く練習。小石はいくらでもある。そしてバランス感覚を養う為にベランダの手すりで逆立ちをする。
目をつぶれば大丈夫なのだが目を開けると、高さの怖さで危ゆくなる。
落ちた時にどうするか?を考えながら逆立ちする。
もし落ちたら、下のベランダのフェンスに腕をかけて…とか。それが掴めなかったら、壁を蹴ってあそこの車の屋根に飛び移る。まだ衝撃があるから、そこで転がるように衝撃を分散し地面に移動する。
痛みも疲れも感じないから、現実味が薄れる時が三年も経つのにまだある。
ひょっとしてこれは映画の世界か、夢の世界かと。
朝になればまた現実だと認識するのだが、真夜中の思考はときたま突飛もなく飛躍する。
考える事。やるべき事をやってると、いつしか時間は経っていく。
明るくなり俺は廊下の荷物を荷車に詰め始める。古いものは捨てたりと荷物の整理。
志織はまだ起きてこない。
なるべくゆっくりと静かにベランダから登り、志織の寝てる部屋を覗く。
発光からの判断でまだ寝てる事が分かる。
下は地面。三階ベランダの手すりから手を離す。二階の手すりに掴まってみる。足をかけられずに、肩に体重がかかる。そのまま地面まで着地出来たが両肩が外れてる。失敗。
なかなか上手くいかない。




