現実.69
分からない世界で、更に分からない事が起きる。
まるで最初の頃のように疑問だらけになる。
[殺されたって、誰かの姿を見たの?]
[分からない]
[言い争いや、叫び声とかは?]
[聞いてない]
[志織だけ何故無事だったの?]
[だから、何にも分からないって]
少し大きな声で志織は言った。
俺は黙るしかない。志織の表情を盗み見る。怒ってるワケではない。道路一点を見続けながら歩いてる。何かを考えてる顔。思い詰めてる顔だ。
目の前で知り合いが死んだのだ。
[ごめん]
俺は謝る。志織は黙ったまま。少し不安になる。気弱な性格が出てくる。怒らせてしまった。イヤな気分になる。心が暗くなる。
これ以上気弱にならないように堪える。
ヨウジ君も黙ったまま。空気に溶け込もうとしている。存在を消そうとしている。こういう穏やかでない状況は凄く苦手だと思う。
まさかヨウジ君が関係してるとは思えない。
考えても仕方ない。やるべき事を考える。
その思考に逃げ込む。
やるべき事。農家の家から布団や冬に使える物を捜す。
ゾンビ二体の首をひねる。八つ当たり気味に思い切り。ゾンビは首の骨を折った位では死なない。治癒し復活する。治るまでに他のゾンビに喰われなければ。
三体ならなんとかヨウジ君に志織を守れる。五、六体でも守ろうと思えば守れる。でもより安全にしたかった。そう自分に言い訳をした。
[怒鳴ってごめんなさい]
志織が言った。
いや、俺の方こそ志織の気持ちも考えず自分の疑問を解消したいばかりに…と言いたかったが、俺こそごめん。という言葉しか出なかった。
[どう考えても分からないのよ]
志織が言う。
志織は志織で考えていたのだ。普通なら志織が俺に聞いてもおかしくない。
ねぇ、なんで死んだの?と。
俺も分からない。としか答えようがない。
本当に突然、志織の目の前で倒れて死んだのだろう。
志織は怒ってない。それがハッキリと分かって安堵する。
別に誰が死のうがどうでもいい。志織さえ無事であれば。
志織が突然死ぬのがイヤだ。その為に知りたかった。
そう思う一方で、志織がもし死んで自分独りになっても痛くないように、独りで生き抜く事も考えてしまう。
予想や想定をしとかないと、その時に心が痛いからだ。
[やっぱり、私達ツトムさんとこから出ましょう]
志織が言った。志織がそう思うなら反対はしない。
ヨウジ君は驚き何かを言おうとしてる。
きっと慰めの言葉だろう。
[そうだな]
と俺は口を開いた。
多分、親しくなった人の死に接するのは辛い。俺はその辛さが痛いから人を避けていた部分もあった。
他人の死は痛くない。でも身内や知り合い、友達の死は痛い。凄く痛い。痛い思いをするなら最初から無かった方がいい。
きっと志織もそうだと思う。
農家の車にゾンビを押し込む。農家をくまなく家探しする。
布団、服、台所の収納床に梅干し。味噌。塩漬けの竹の子。本に雑誌。
子供のオモチャ。積めるだけ積める。
車のドアを開けゾンビを開放し、再び歩く。三人無言。ヨウジ君が一番いたたまれない気持ちだろう。
コンビニに着く。ゾンビを店内に押し込む。
出迎えがあるとイヤなので、ここでヨウジ君にお別れを言う。
ヨウジ君は何も言わなかったが、言いたい事は分かっていた。
[俺達もゾンビに襲われた事にしといてくれ]
ツトムさん達に本当の事を言っても構わなかった。二度と会わないつもりだ。
荷物を荷車から降ろす。荷車と携帯電話。それで充分。他のはまた探せる。見つかる。
[また逢えるよね?]
ヨウジ君はそれだけ言った。
俺はうなづいた。俺もヨウジ君も志織も、それがウソだと分かっていた。




