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 「朝か・・・・・・」

 気だるそうに伸びをした後、一連の流れとして体をほぐす。まだまだすっきりとしない頭で、今日一日の予定をイメージした後、枕元に置いてあったリモコンでテレビを点けた。特に変わったニュースもなくて、意識の中からテレビが消えていく。普段通り丁寧に身支度を終え、時間には余裕をもって家を出た。


 朝独特の匂いが体を抜けていく。

 顔を出しきれていない太陽。少し早目のペースで歩く人々。列になって賑わいながら歩く小学生。


 歩き慣れてつまらない道でも、毎日新しい発見がある。道の反対側にあるマンホールの柄だったり、ご近所さんの庭に新しく増えた花だったり、昨日は落ちていなかったお菓子の袋だったり。

 仕事が充実して少し楽天的になってきたせいもあるかも知れないが、こういったことに気づくと気づかないでは、何か差があるような気がして、気づけたこと一つ一つを嬉しく思う。

 例えそれが、意味がなかったものだとしても、気づける人間なのだという優越感に浸ることができた。




 以前勤めていた会社では、忙しいのかどうなのか分からず、煮え切らない毎日を送っていた。それは特別にしんどいことをしているわけでもないのに、心のどこか、或いは頭のどこかを延々と消費していった。

 大事な部分がなくなってしまいそうになって、二十五の時に辞職を決意し辞めてしまった。


 思い切って出てみたはいいが、二十代後半の高卒を雇ってくれる会社はどれも以前の仕事とさして変わらないことをさせられるような気がして気が引ける。生きていくための仕事だと割り切ることもしなければならないと、分かってはいたけれどまだ諦めたくはなかった。

 かといって、自分が何をしたいのかというと要領を得ない解答しか持ち合わせていない。今思い出しても早計だったと思う。会社を辞めてしまうことで新しい一歩を踏み出せると考えていたのだが、以前として、一センチたりとも前には進めていなかった。


人生というのはやり直しが利かない。改めて思った。ゲームでは簡単に選択肢が表示されて、色々な可能性を与えてくれる。

でも現実は違う。自分の人生において、選択肢を増やすのはあくまでも自分。そう思うと後悔ばかりが胸から登ってくるようで、さっき取ってきたフリーペーパーの求人誌を片手に、大きく伸びをした。


 家に帰って自分を考えることにした。いい考えとか、理想の状況っていうのは、あらゆる方向に自分の手を回して、誘導して作り上げていくことではないと感じていたから。単に自分の力不足だからそれができないだけという事を自覚していたのかもしれない。

 机に向かってパソコンを立ち上げて、大好きな焼酎をロックで啜った。自虐的になりすぎてもいけないと頭では分かっていたので、今の状況を考えすぎないようになるべく気をつけてフラットな頭にしてみた。

 いつものようにニュースに目を通し、好きな楽曲がでていないかとかそういったものをあらかたチェックした後、楽天だったり、アマゾンだったりのフリーメールのチェックをしようとメールを開いた。


----- Original Message -----

 初めまして宮本圭司さん。突然のメールでさぞ驚かれたことと思います。これには少し訳があるのですが、それについては特に今話すことではないと思いますので改めて説明の機会を設けさせて戴くことにしましょう。

 早速ですが、我社に入社してみませんか?

 あなたの事情は多少伺っていますので、悪い話ではないと思います。

 もし少しでも興味がおありでしたら、明後日の12時丁度に熊取駅近くにありますカフェ「杏樹」にてお待ちしておりますので、そこでお会いしましょう。

  

-----アーキテクト設計事務所  中川-----


 頭の中が動き出すまでに少し時間が掛った。不躾なメールに加えてこちらの状況を理解していると言われたことに、畏怖を感じた。改めて読み返してみると、圧倒的に言葉足らずではあるのだが悪い人のようには感じさせない不思議な口調だと思った。ただ、犯罪の匂いは感じなかった。

 

 とりあえず空になったコップにロックの焼酎を注ぎ、ベランダにでた。置いてあったLARKの箱から一本煙草を取り出すとゆっくりと火を点けて深く吸って吐きだした。

 困っていることは事実で行ってみたい気持ちも確かにあるのだけれど、身元不明のメールを信じて、のこのこ赴いていいのかという常識的な部分で、吐きだした煙のようにゆらゆらと心が揺れていた。

 中川という人は、悪い話ではないと言った。悪い話ではない・・・・・・。

 その言葉を反芻してみると、少しだけ信じて行ってみてもいいと思った。そもそも僕にはこれからがまだ未定なのだ。間違った道を歩んでリセットしようとしているのだから、もう少しだけ失敗を繰り返してもこれ以上のマイナスにはよほどのことでもない限りならないと、自分を納得させるように決意した。


 話はその喫茶店で聞く。人もいるし、相手もたいそれたことはできないだろう。もし、移動しようという提案があってもそれはそれで断ればいい・・・・・・。コップを持ち上げてそのまま少し揺らした。カラカラと氷がコップと擦れ合う音が心地よく響いた。

 



ーーー続ーーー







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