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お砂糖は何杯?

作者: 須川元介
掲載日:2015/05/31

「お砂糖は何杯?」

 向かいの席に座ったエリザベスはそう尋ねると、

「いや、いらないよ。代わりにミルクを貰えるかな」

 といって、ミルクの入った小瓶をゴードンは手にとった。

 こうして一緒にコーヒーを飲むことが出来るとは、なんと幸運なのだろうか。ミルクを少しだけ入れたコーヒーを片手に、ゴードンは幸せな気分に包まれた。

 ほんの三十分前、ゴードンは駅にいた。いつも使うような駅では無く、初めて来る駅だ。行ってしまえばこの国の鉄道のシステム、切符の買い方さえまだろくに分からない。不安に駆られながらも、真新しい風景の連続にどこか高揚感を抱いていた。

「さて、どうしたものか……」

 独り言を呟きながら、ゴードンは自分が空腹であることに気がついた。駅についた頃、時間は昼を過ぎていたが、そういえばまだパンを一つ食べた程度であった。

「まずは腹ごしらえかな」

 とはいったものの、言語が全く分からない、かろうじてローマ字表記であることから何となくの意味は分かる。しかしドイツ語と英語の壁はゴードンにとって大きかった。

 駅を少し歩くと、香ばしいパンの匂いに惹かれた。喫茶兼軽食もとれるような店だ。この店でコーヒーとサンドイッチでも食べて行こう。ゴードンは空いていたテラス席に腰をかけた、その時だった。違和感に気がついた。どうもポケットの中身が軽い……。ズボンだけでなく、上着のポケット、カバンの中まで探してみたがやはり無い。

「財布を落とすとは、とんだ一日だな。ハハッ」

 笑ってはみたものの、事態は深刻で、この国に来たばかりのゴードンに頼れる人などもちろんいない。会ったこともない外人にお金を貸してくれるような親切な人も、このご時世そう簡単には見つからないだろう。

 解決策を考えるうちに、絶望感が段々とリアリティを増して迫ってくる。そんな時だった。

「あら、もしかしてゴードン。あなたなの?」

 どこか聞き慣れた女性の声がした。声の方向に顔を向けると、これまたどこか馴染みのある顔があった。しかし、ぼんやりとした面影で、まだ決定打となるような答えは出てこない。

「私よ、エリザベス。最後に会ったのは十五年も前の事だから。すぐに思い出せないのも無理は無いわ。」

「ああ。それだけでは無く、こんな場所で奇跡的に会えるなんて思ってもみなかったから……。その、記憶の処理が間に合ってないみたいだ。あぁエリザベス。本当に久しぶりだね。何だって君はドイツにいるんだい?」

「二十歳の時に家を出て、ドイツに移り住んだのよ。ちょっと大胆な事がしてみたくなってね」

 そう言って笑ったエリザベスのお茶目な様子はとても懐かしく。あの頃と変わらない様子だった。

「少しお茶でも飲まない?こんな所で会うなんて本当にすごいわ」

「ああ、そうしたいのはもちろんなんだが……。実はね……。」

 ゴードンは財布を落とした事、ドイツにはさっき着いたばかりで頼れる人がいないことを説明した。

「あーら、あなたは本当にツイてるわね。何も心配することは無いわ。さあ、座って。飲み物はコーヒーでいいかしら?」

「僕は君にどれだけ感謝したってし足りないな。本当に助かったよ。エリザベス。」

「えぇ。私も感謝しないと。あなたが財布を落としたことに。」

二人は、お互いに顔を見つめ笑いあった。エリザベスは片時も目を離すまいというような視線をゴードンに送る。ゴードンもようやく安心できたようで、ホッと一息をついた。

「お砂糖は何杯?」

「いや、いらないよ。代わりにミルクを貰えるかな。」

 エリザベスはミルクの入った小瓶をそっと差し出す。

 ミルクを少しだけ入れたコーヒーを片手に、ゴードンは幸せな気分に包まれた。

 コーヒーを口にすると、ゴードンはその幸せな表情を保ちながら深い眠りについた……。


「財布の中に鉄道の予約表を見つけてね。間に合うか不安だったけどすぐに飛行機のチケットを取ったらどうにか。ゴードン、私もドイツに着いたのはついさっきよ。大事な所でミスをするのは昔と変わってないわね。あなたが盗んだ新薬は、世界を変えてしまう可能性があるの。その特許だけでも莫大なお金になるわ、きっと。私はもう一生働かなくても困らないと思う。あなたがまだ遊んでいた十五年前、私は研究をスタートした。辛く地味な日々だったわ。でもこうして努力の結果を目の前にすると、後悔は何も無いわ。ごく微量、一瞬で人を死に至らしめる毒薬。どう苦痛は無いでしょ? 身を持って味わってね」


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