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 突き刺さる様な陽光がジリジリと痛い。

 ――クソ。

 合唱する蝉の声がガチャガチャと喧しい。

 ――クソ。

 だらりと顎を伝う汗が気持ち悪い。

 ――クソッ

 耳と言わず全身を叩きつける雑音が煩わしい。

 ――クソッ!

 目の前の鳥居の赤色さえ、苛立ちに油を注ぐ。

 ――クソ、クソクソクソッ!

 もう慣れきったはずのそれらが全部。全部全部煩わしい。ガリガリと神経にヤスリを掛ける。苛々する。ああ、ああ、ああっ――!

「くっ――そおおぉぉぉぉっ!」

 ゲージを振り切った苛立ちに、蒼天を仰いで絶叫した。

 と、

「な、何じゃ!? むお!? お、お、おおぉぉっ……!?」

「あん?」

 空から頓狂な声が近付いてきて、

「――っぎゃおん!」

 目の前に黒い何かが降って来た。

「お、おごご……、ぬ、ぬし、彰吾……」

 見れば真っ黒な塊がもぞもぞと蠢いていた。くねくねと身を捩らせながら両手で尻を擦っている。とてつもなく奇妙な生物である。

「お前、何やってんの」

「そ、それはこっちの科白じゃ! 出し抜けに喚きおって! 見よ! お陰でワシの尻がまっぷたつよ!」

 痛みに尻をくねらせていた黒いのは、もちろん外道丸だった。マヌケめ鳥居から落っこちたらしい。尻から。あと、どうでもいいが尻は端から二つに割れている。

「う、うるしゃいわあ!」

 涙目だった。よほど痛かったらしい。

「ああ、悪かったよ。ったく」

「く、くぬぬ……」

 未だに立ち上がれない尻割れ妖怪の脇を抜ける。

「お、おいこら! 手を貸さんかーっ!」

 背中に掛かる声を無視して社を目指す。正直、今はこいつと馬鹿話を続けられるような気分じゃ、ない。


 ――キヨイ様? キヨイ様はね――


 ああ、姉ちゃん。だったらどうして、そのキヨイってヤツは――


      ■


「…………のう」

「何だよ」

 遠慮がちに掛けられた声に、振り向きもせずに応えた。

「む……、いやの、先からじっと座り込んでどうしたのかの、と」

 背後で微妙に距離を置いた外道丸が、柄にもなくおどおどとこちらの様子を窺っているのが伝わってくる。

 まぁ、いきなり何の事情も話さず、来るなり座り込んで、祭壇とにらめっこなんて始められては困惑するのも仕方ないだろう。しかし、今は他人に気を遣っていられるほど、心が穏やかじゃない。そんなに、俺は大人じゃない。

「別に」

「うぬ……、な、何をそんなに怒っとるのかの……?」

「だから何でもねえよ」

 素っ気なく返す。だから、放っておけってんだ。

「いや、しかしの……」

 もう、言葉を返すのも面倒で、すっぱり無視した。さっさと飽きて、そこいらで蝉捕りでもしていくれ。喧しいのも減って一石二鳥だ。

 徹底した拒絶が功を奏したのか、それで外道丸は喋るのを止めた。これでいい。お陰でやっと頭の中身の整理に掛かれる。姉ちゃん、どうして――

 なんて、折角人がこの胸のグチャグチャを何とかしようって時に、

「…………な、」

 何だってこのバカはリブートしやがるんだ。

「ん? うお!?」

「――なんっじゃ! ワケくらい言うたら良かろうが! 余所様の棲みかで鬱々暗暗しおって! キキキー!」

 なんか床をゴロゴロ回転し始めた。

「んもぉー! きぃーっ!」

 ごろごろ。

「お、おい」

「んまぁーっ! きききぃーっ!」

 ごろごろごろ。

「ちょ、おい」

「きえっ! きえぇえぇぇぇーっ! △×※■□×○※!!」

 ごろごろごろバキバキー。

「ちょ、ちょおぉーい! うるせー! ていうか、今バキバキって……、うおぉい!? こないだ直した床板が!」

 何かぎゅいんぎゅいんというアリエネー効果音付きで回転し始めた妖怪ホイール娘は、俺の汗と涙の結晶を無慈悲に粉砕していたのだった!

「わあぁぁ分ぁかったぁっ! 話す、話しますぅ! だから鎮まれ! 鎮まりたまえ! 何故その様に荒ぶるのか――っ!」

 猛り狂うアラガミを前に人類になど成す術は無いのである。

「……本当か?」

 ぴたり、と体を止めて、外道丸はぽつりと言った。小さな背中越しにちらっと視線を寄越す姿はまるで小動物のそれだ。叱られたこどもが、許しを得るときのような可愛らしい様子にも思える。……そう、奇声を上げ、床板をギタギタにしてさえいなければな!

「おう。俺にはそれ以外に選択肢は無いようなんでな……」

 最早白々しいとしか言えない態度を見せる外道丸に適当に返しながら、変わり果てた床板の再修理を思って頭を抱えた。

 クハハ、と何事も無かった様に身を寄せてくる外道丸に溜息を吐く。まぁ、よくよく考えればこいつの傍で考え事など出来る筈も無いのだ。

「ん……?」

 そこまで考えて、じゃあ俺はなんだってここまで来たんだと考えて、

「ああ」

 少しだけ胸が軽くなっていることに、気が付いたのだった。

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