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 上下から容赦なく身を焦がす熱気と、頭蓋に反響する蝉の声。すっかり慣れてしまったそれらを口笛で躱しつつ石段を登る。

 夏休みも半ば、遅々として進まないねーちゃんの説得だが、もう暫くはそれもいいか。と考えてしまう程度に、最近の俺は馴染んでしまっていた。

 宿に関しては親戚がやっている民宿に厄介になっているから実質タダだし、夏休みを一杯に使ってじっくりといけばいい。という結論だ。それに、

「あいつのこともあるしな」

 手にした包みを持ち上げて、日課となったお参りに歩を早めた。



 リズミカルに両手を口に運ぶ様を、半ば呆れ気味に眺める。信じられない速度で開発されていくおはぎ山が更地になってしまうのは時間の問題。開発に勤しむ妖怪重機は、もっちゃりもっちゃりと両頬を丸々と膨らませている。

 その様子、さながらハムスター。

「にゅ、にゅぐー」

 一心不乱にぱくつく頬をぷにぷに突くと、情けない声を上げた。

「っぶ!」

「にゃにほふるは!」

 思わず吹き出した。そして何を言ってるか分かんねえ。

「もう少しゆっくり食えねえのかよ」

 あと普通に食え。

「んんぐんぐ、何じゃ、分けてなぞやらんぞ!」

「そんなこと言ってねえだろ。取らねえって」

「ふふん、どうかのう?」

 次々に頬張りながら、ちらちらと警戒心たっぷりの視線を寄越しやがる。野生動物かこいつは。

「いや、ほんと今日はもういらねえから」

 というか、さすがに毎日毎日甘い物ばかり食えねえ。妖怪すげえ。……妖怪、妖怪か。

 その言葉に、ふとした好奇心が首をもたげた。

「あー、ところでさ」

「んお?」

 本当に、今更ではあるんだが。

「ここに居た神様ってさ、どんなだった?」

 ねーちゃんの心を捕らえて離さないモノ。俺も知っていた筈のもの。居たもの。居ないもの。それがどんな姿形で、どんな心根で、ここにあったのか。妖怪だ、妖だと言うこいつがこんなだから、余計に気になるってものだ。

 けれど、それを聞いた途端、外道丸はぴたりと動きを止めた。引き結んだ口元に、表情は硬くなる。

「おい?」

「……さあの。お前の処の巫女にでも、訊けば良かろうよ」

 訝しんで覗き込む俺に、ただそうとだけ告げて視線を逸らすと、それきり黙り込んでしまった。

「何なんだよ……」

 ねーちゃんに、か。まぁ、確かに、真っ先に当たるべきところではあるのか。何しろ神様に直接奉仕していた巫女であるわけだし。誰よりもよく知っている筈だ。

 外道丸の態度はよく分からないが、ひとまず明日の見舞いの際に訊ねてみようと決めて、神社を後にした。


 ――あれ? そういえばあいつにねーちゃんのこと、巫女のこと、話してたっけ?


   ■  ■  ■


「キヨイ様がどんな神様だったか?」

 最近では日課となった、魔女鍋煮込みの手をはたと止めて、ねーちゃんは質問で返した。

「キヨイ様?」

「そう、キヨイ様。神様の御名前。……本当に、きれいに忘れてしまうのね……」

 どうしてだか、そう言ってねーちゃんは少し寂しそうに微笑んだ。何か、自分がとても酷いことをしでかしてしまった様な錯覚に、一度だって痛んだことのない胸の傷が、じくりと疼いた、気がした。

「でも急にどうしたの? 今まで気にしてなかったのに」

「え。ああ、いや、まあ、なんとなく」

 毎日妖怪見てたら気になって、とは言えないしな。まぁ確かに、今の今まで考えなかった俺もどうかしているって話ではあるんだが。

「ふうん? それで、キヨイ様の何を話したらいいの?」

「ん? うーん。そうだな、思い付くことなら何でもって感じなんだけど……それじゃ、とりあえず外見とか?」

 妖怪の外道丸は見た目人と変わらなかったが、神様ってのはどんなだろう。漫画みたく動物とかだったりするんだろうか。いや――

「キヨイ様は銀色の御髪がとても綺麗な女神様よ。御召し物まで真っ白でね。お綺麗な方よ」

 ああ、そうだ。薄っすらと記憶の端にちらつく白い影。ねーちゃんと、その誰かがガキの俺を構ってくれた。夏の日差し、目の眩む程の、醒める様な白。獣神などではあり得ない、いつかの誰か。


 ――彰吾、戻っておいで。そっちは危ないよ――


 瞬間、くらりと眩暈。

 脳裏を過ぎ去るのは、心配そうに引き止める、優しくて穏やかな誰かの声。記憶の中の風景は、真夏の炎天に漂白されて白く白く――

「彰ちゃん、彰ちゃん!」

「ん、あ……?」

 いつの間にか目の前にねーちゃんの顔があった。立派な眉を下げて、心配そうに顔を覗き込んでいる。

「え、何?」

「何、じゃないよ。急にぼうっとしちゃって」

「あ、ああ。いや、ちょっとくらっとしただけだよ。夏バテかな? はは」

 必要以上に心配げなねーちゃんに笑って返しながら、自分自身、よく分からない白昼夢に首を傾げる。とはいえ、ここのところ毎日真夏の山登りだ。疲れが出てるっていうのはほんとかもしれない。

「もう、何度もお願いしてるわたしが言うのも何だけど、あんまり無理しちゃだめよ?」

「……気を付けます」

 本物の病人にこれだけ心配させてしまう自分に若干凹みつつ、本題に戻ることにした。

「それで――」


 ――キヨイ……様って何の神様なの? と。

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