銃弾の仕組み 6
場面転換
「データは取れたか?」
威容を晒している黄色い粒子の足元、猫の被り物をした大男とその部下らしき兵士が薄型高速演算盤を覗き込んでいた。その画面では素人には意味不明な記号とグラフの羅列が次々に入れ替わり何かの情報を見る者に示していた。
「ばっちりとれました。バンドさんの排炎機能は方向精度が前回より二%上昇、グリモア高速計算機構搭載の弾道変更装置にも異常ありません。問題は黄塵ですかね?」
「膨張制御が最悪だ。近寄っていたのが俺じゃなかったら死んでんぞ」
バンドは着ぐるみの眼球内部で保護されていた小型情報記憶媒体を取り出すと、目の前の部下に渡した。
「これ使って〈白〉に検証させろ」
「了解です」
男はそれを受け取り、腰の小さな金属缶へと慎重に納めた。
「俺達の分担は終了だ。戻るぞ~」
バンドは体を動かして皮膚をほぐすと、部下に号令を掛ける。
彼らは地面に置いていた小型の高速演算板を背嚢に入れ、バンドの後ろに続く。
バンドたちの班は周囲を警戒しながらゆっくりと進む。
「この戦争、そろそろ終わりますかね?」
バンドの後方で控えている兵士が眼鏡を拭きながら聞いた。
「終わるだろ。まともな指導者ならもう降伏してるぜ」
猫の顔が不機嫌そうに歪む。
「そろそろ〈蒼〉の奴らも首都に入る頃合いだ。それでさすがに終わるだろ」
「確かにそうですね」
彼は眼鏡をかけ直すと、腰の金属缶を愛おしそうに撫でる。
「もう少し、実験しても良いような気がしますが」
「その考え方はかなりニライ寄りだぜ」
皮肉っぽい表情のバンドが窘める。
「もしくはカムリか?」
「僕は彼らとは違います」
声を荒げる。
「僕たちは実験を―――」
「勝手に自分以外を含めんじゃねぇ」
バンドは前を向いたまま部下の言葉を切った。
「……………申し訳ありません」
「まぁ、確かにてめぇとニライは違うんだがな」
バンドが肩を竦めながら言った。
その時斥候の声がバンドの耳奥から聞こえてきたので会話はそこで途切れた。
「どうした?」
猫の眉間が狭まり、神妙な表情になる。
「バンドさん、前方に複数の人影を確認しました」
無線の奥から部下が小声で告げてきた。
「武装してんのか?」
「表立っての武器所持は見られませんが、隠し持っている可能性はあります。この位置からでは何とも」
無線の奥の声には緊張が感じられるが、恐怖はない。今まで幾多の修羅場を潜り抜けてきた玄人としての自覚が滲み出ている。
「どんな集団だ?」
「数は七人、全員がフードで顔を隠していましたが、そのうち五人は女性であると思われます。また一人は子供、一人は男の可能性が高いです」
「フードで顔を隠してるのによく性別が分かったな」
バンドが感心する。
「腰の動きを見れば分かりますよ」
「………………………よく見てるな」
「趣味ですから」
「嘘でも仕事だからって言えよ」
「冗談を言っている場合ではありません」
「こっちのセリフだ」
バンドは髭をゆっくりと撫でながらしばらく考える。だが隊の動きが止まっている間も猫の目は周囲を警戒する様に動き続けている。
「俺たちがこのまま行くと追いつきそうか?」
「すぐに追いつきます」
「………………そいつらは一般人に見えるか?」
「外見は戦闘地域から逃げようとしている家族です」
「じゃあ、保護する過程で囲む。そいつらから目を離すな」
「了解」
無線の音が消える。
部下が先程の無線の内容を知りたげに長身のバンドを見上げていた。
「前に七人の一般人がいる。今から保護するが、武器を持ってるかもしれねぇ。心に留めとけ」
自分の背後にいる隊員に告げると、先程より少し早目の歩調で歩き始める。隊員は肩に吊っている中近距離掃討小銃の位置を正すと、バンドに合わせて動き始めた。
言った通り、集団の姿があっという間に見えてきた。狭い路地から斥候が音もなくバンドに近づいてきた。
「別段変わった動きはありませんでした」
「御苦労さん」
「あと、これはただの勘なのですが」
「……?なんだ?」
「彼らは一般人ではありませんね」
「…わかった」
斥候は軽く敬礼して隊の中に潜る。
「総員、警戒態勢」
バンドが静かに告げる。その声に反応して兵士たちは小銃を構えた。まだ引金には指をかけていない。だが、彼らの目には軍人特有の据えた光が浮かんでいる。
バンドは大きく息を吸うと背中しか見えない集団に向かって声を張り上げた。
「そこのフードを被って歩いている奴ら!その場から動くな!」
その声に反応して七人の動きが止まった。敢えてその言葉に逆らおうとしないものの、状況が掴めていないのか、不安そうに目配せしている者もいる。
「手を頭の後ろで組んでゆっくりと振り向け」
バンドは少しずつ近づきながら指示を出す。その後ろから銃を構えた鎧姿の男たちが近づく。
振り向いた彼らの姿を確認したバンドは改めて斥候の目の良さに感心した。
報告通り女五人に男一人、子供が一人という構成だった。
「そこから動くんじゃねぇぞ。俺たちはてめぇらが怪しい行動をとらねぇ限り、傷つけたりはしねぇ」
女たちと子供の挙動を確認する。
バンドの言葉に女たちは不安そうにしながらも指示に従っている。
だが、その不安そうな目の奥が全く揺れていないことにバンドは気づいた。
バンドは一人で七人に近づくと、視認感覚対象を電磁波から金属に切り替える。
その視線で七人の全身の金属を確認する。顎をしゃくって部下にその集団を囲ませると、兵士の輪から一歩離れる。
その途中、女の挙動に気をつけるよう部下に耳打ちする。
「武装はしてないが、不必要に接近するな」
兵士は軽く頷くと七人を保護しているような陣形を組んで待機する。だが、その隊列は彼らが何か怪しい行動をしたら即座に射殺できる様に出来ている。七人は自然と隊列の真ん中に集まり周りに壁を作った。
そんな状況を横目で確認しながら、バンドは耳の奥にある無線をナユタに繋げる。
「こちらバンド、応答をどうぞ」
『あ?どうした?』
無線の奥から少し疲れたようなナユタの声がする。
「交戦は終了したんで一応報告しておこうかと思ってな」
『それだけか?』
「いや―――」
バンドは一拍置いて話し始める。
「民間人らしき団体を保護したんだが、何とも言えねぇ違和感がある。指示を仰ぎたい」
『漠然としすぎだ。もっと具体的に報告してくれ』
「…………………女五人に男が一人、子供が一人の計七人の非武装民間人を保護した。けど、なんか怪しい。特に女五人の目がらし(・・)く(・)ない」
『つまり。お前はその保護対象に対して違和感を持ってるんだな?』
「あぁ」
『じゃあ、射殺しろ』
「そ―――――」
『冗談だ』
「全然笑えねぇぞ」
『だが、民間人の中に軍人が紛れ込んでいたら民間人ごと殺してかまわないからな』
「……………分かってる」
バンドは何の気なしに七人の集団を見た。
女たちは、緊張は残っているが先程よりも警戒はしていない。少なくともそういう風に見える。時折仲間内で弱々しいながらも微笑みを交わす場面すら見られた。
更によく見ると、女たちは自然と子供を守るように動いている事が分かる。
その動きを意識したバンドは気づいた。足運びや挙動が、明らかに戦闘訓練を受けている者のそれだ。それも生半可なものではない。
「ナユタ、民間人の中に明らかに専門的な軍事訓練を受けた奴らがいる」
『………そっちにニライを向かわせる。敵対勢力であると認識出来たら即射殺しろ』
「助かる」
その時いきなり女の一人の顔が苦しそうに歪む。
「…――ぐヴぅ!」
女の一人が急に腹を押さえて蹲る。苦悶の呻き声と共に脂汗が女から噴き出し、激しい痙攣が始まる。
周りの女が酷く狼狽し始めた。一人は懸命にその女の背中を摩り、一人は持っていた水を呑ませようとする。だが、泡を吹いて暴れ、水を飲ませようとする腕を払いのける。他の女たちは何かしようとおろおろし始めた。
一人が近くにいた兵士に助けを求めるような視線を送る。
「大丈夫か?」
バンドの部下が数人その女の方に駆け寄る。
バンドは視覚方式を電磁波の探知から熱探知に切り替える。
―――途端にバンドの怒号が兵士たちを貫く。
「そいつらから離れろ!」