銃弾の仕組み 5
ものすごく勝手に生き生きしてるので個人的に一番好きなキャラクターが出てきます。
建物の屋上にいた狙撃手はその後ろから飛来した銀色の光によって後頭部を貫かれる。そして大きく痙攣したところを二度目の光に首を刈られた。胴体と離別した首は屋上から落ち、地面で数回跳ねた後にその曇った目を地面に向けて停止した。数秒遅れて体の方も崩れ落ちる。
先程まで狙撃手がいた屋根には奇抜な格好をした女がいた。
「おいたをする子には、お・し・お・き❤」
そんな声が屋根の上から響く。
鮮やかな原色が目につく軍服は道化師のような恰好に改造されていた。赤を基調とした様々な色を配された長い髪は無造作に垂らされ、風が吹く度に鮮やかな彩色を周囲に晒す。装飾品は銀のフレームが特徴的な眼鏡だけだ。赤い唇が白い顔のアクセントとなっている。眼鏡から覗く大きい目の下ギリギリの所に銀色の星、そこから伸びる鉄の鎖が肩に消えるというような型の刺青が彫られている。
孤独の演技をしすぎて壊れた悲しいピエロが持つ、見る者が怖気立つような凄味が挙動一つ、言動一つに、毒のように滴っている。
異端な目の輝きをニライの方に向けながら、虚空に向かって呟き始める。
「愛する人を守るため、この手を血に染めなければいけないだなんて―――」
女は道化の様な笑みを浮かべこう続けた。
「失禁しちゃいそう♪」
女はそんなことを言いながら屋根の上から飛び降り、着地地点にあった狙撃手の首を革のブーツで踏み潰す。意外に水分質な音と共に顔が弾けた。
「ダーリン♪ただいま」
その女は弾んだ声でニライに声をかける。
満面の笑みを浮かべる女にニライは無機質な返事をする。
「カムリ、〈蒼〉へノ出向御苦労さま」
「大変だったわ~。とっても疲れちゃった」
「そウですか」
女は少しずつニライの方に近寄ってくる。
「ダーリンに触ればとても元気になれそう」
「ごめんコうむります」
「ダ――――リィ――――ン!」
カムリは走り出し、両手を広げて抱きつこうとした。
ニライはそのカムリに旋回からの強烈な回し蹴りを放つ。
カウンター気味の蹴りはカムリの顔に減り込んだ後その小さな体を吹き飛ばし、空中で複雑に回転させながら近くにある瓦礫の山に突っ込ませる。大きな音と大量の粉塵が舞い、分厚い煙幕の中カムリの体が瓦礫の中に埋もれているのが辛うじて見える。
「なんでここにカムリがいるのか聞いても良いですカ?」
淡々とした口振りでカムリに話しかけている。
「……………………それどころじゃないわ」
瓦礫の中から微かな返答がある。彼女がずり落ちた眼鏡を整えながら、何とか起き上がろうとする姿が白く舞っている埃越しに窺えた。
「一応聞きマしょう。大丈夫デすか?」
全く心のこもってない言葉が紡がれる。
「腰が抜けちゃった」
「どこか損傷しタんですか?」
「感じすぎちゃって――」
ニライは踵を返して速足で歩き始める。
「あぁん、ダーリン。起こしてよ~」
瓦礫の中からニライに向かって手を伸ばす。その指先の動きは何ともいえず色っぽい。
「嫌デす」
ニライはカムリの嘆願を即座に切り捨てた。
カムリの体が快感に震える。
「さ、さすがマイダーリン。言葉だけで、こんなに私の体を熱くするなんて」
カムリの目は強烈な刺激に蕩けている。
それを一瞥するニライの目はひどく冷たい。
「くだらないことを言っている暇があったらさっさと動キなさい」
ニライはどんどんカムリから離れていく。
「あ、ダーリン」
彼女はあっという間に起き上がると、そのままニライを追いかける。
「ねぇ、ダーリン」
「何デすか」
「さっき持ってたあれ、持っていかなくてもいいの?」
ニライはその言葉に足を止めた。
「――――――あぁ、忘れていまシた」
ニライが振り返り、先程生かしておいた兵士の方を向く。
その兵士は落とされた時の姿勢が悪かったのか、首があり得ない方向に曲がっていた。
「……………………………」
永遠に沈黙する男が建物から見える青い空を見つめながら鼻から血を流している。
「……………………………」
太陽の前を雲が通り、移動する影を作った。
「……………………………」
ニライが思わず溜め息のような呻き声の様な音を漏らす。
「………………………あァ……」
「何するつもりだったのか知らないけど、そのうち笑い話になるんじゃない?」
「どんなブラックジョークですカ?」
「『いや~、せっかく生かしておいた人間を放り投げたら首の骨折れちゃってさ~』『分かる、分かる。そういうのってよくあるよな』」
「無いデす」
「ダーリンが生け捕りに失敗したってこと隊長に言っちゃお♪」
カムリの眼鏡が光った。その奥の目は子供の様に輝いて、ニライを見上げている。
「………………………………」
ニライは微かに顔をしかめる。
「もう、拗・ね・無・い・の」
カムリがニライの頬を軽く突く。
「ナユタに言うなんてうそ。だいたいなんでこんな兵士を生かしておいたの?」
「あぁ、それデすか。それハ―――」
少し彼の動きが止まる。
「かくかクしかじかです」
「なるほど」
カムリは合点がいったという風に手を打ち合わせる。
「つまり建物の中に入って私と一発やりたいということね」
「殴られたイんですか」
「とっても」
「……………………………」
ジトッとした目でカムリを見つめていたがすぐに方向を変え足早に歩き始めた。
「あぁん、待ってよ~」
カムリがそれを追いかける。
そんな二人の視界の中、大きな通りを幾つか挟んだ先で黄色い巨大な物体がその体積を異様な速度で膨張させているのが見えた。無音のまま不気味に膨れ上がるその姿からは生き物の様な熱を全く感じることができない。密集した群れに対する本能的な嫌悪感が湧き上がる。
「あら、綺麗ね。何かしら?」
カムリの指が極彩色の髪を掻き上げた。
「バンドの部隊でスね。今度はまた派手な物を使ったもノです」
ニライもしばらく足を止める。
「お祝いしてるみたい」
「いい加減な妄想はやめナさい」
ニライは肩を竦めると本格的に歩き始めた。