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銃弾の仕組み 3

アクション前章

ニライは、口に銜えていた煙草を瓦礫に放り捨てると、煙から目をそらした。

同時に突風が吹いた。その風は一瞬で周りの惨状を覆い隠す。汗と血の匂いを吹き飛ばし、ほんの少しだけ兵士達の精神を和らげる。

――――――筈だった。

違和感に誰よりも早く気付いたのは風上を向いていたニライだった。微かな人の気配を嗅いだニライは風が彼の金髪を楽しそうに弄っているのも気にせず、目を細め風上を凝視した。そしてその顔に緊張の色が浮かぶ。

「敵兵でスね」

ナユタは即座に手を上げて隊の行進を止め、手の形で敵の存在を知らせる。緊張が静かに渦巻き、すぐに隊全体を飲み込んだ。

脳内に興奮物質が生成される匂いが兵士達の緊張をさらに加速させる。

「ニライ」

「はイ?」

「――――――目が怖い」

その声に不穏なものを感じたバンドは反射的にニライのほうを向く。

ニライの瞳孔は開き、手の開閉を落ち着か無げに繰り返していた。心なしか彼の呼気が熱い。纏っている気迫は凄まじいを通り越してぞっとするほど艶やかだ。

ナユタの後ろにいる隊員が思わず震えるほど彼の雰囲気が暴力的なものになっている。

「距離と人数は分かるか?」

その気配を身体に感じながらナユタが声を低めニライに囁く。

「待ってくだサい」

ニライは目を閉じるとしばらく動きを止めた。微かな息遣いのみを残し、後はまるで彫像のように生気が消える。その間辺りには風の音しか聞こえない。

やがてニライは目を開ける。

彼は少し眉間にしわを寄せると、ナユタと会話するように手と指を動かした。

ナユタはその手の動きを見て顎に手を当てる。

「ずいぶん手際が良いな。ノトエトの奴らか?」

ナユタは顎に当てた手をそのままにして聞いた。

「はイ。しかしおそらく〈列強〉ガ絡んでます」

「なんでわかるんだよ?」

「使われている消臭剤の匂いに嗅ぎ覚えがありマす」

「…………………………犬みてぇ」

バンドがボツリと呟く。

「目でも悪いんでスか?私が犬に見えるんなラ眼球を治療なさい」

ニライが冷たく光る目をバンドに向けた。

「でも、〈列強〉がこの戦争に関わって何の得になるんだ?」

ナユタが口を挟んだ。

「さァ?そこまでは分かりマせん」

ニライはもう一度鼻を動かして空気の匂いを嗅ぐ。

「ずいぶんと手間のかかることしてるな」

「一応の大義はこちらにありますカらね」

あと、とニライが続ける。

「あなたを直接敵に回すつもりハないでしょ」

ナユタが苦笑する。

「そんなに怖いか?」

「要塞六つを、一日で壊滅させられたこの国の元首に言ってやりなサい」

ナユタが目を閉じ、小さく唸る。

「どうしマすか?」

唸り声に込められた感情を無視してニライが話を変える。

「分かれるぞ」

ナユタが隊員の方に向き直ると手早く指示を出し始めた。

「一班の指揮はアギス」

呼ばれたのは一際大きな防護服に身を包んだ大柄な女だ。防護服の規格が男性のそれと違っていることで初めて性別がわかる。それがなければ、肩幅も身長も並の男など足元にも及ばないこの人間を女性とは判断できないだろう。ヘルメットの奥に見える髪の色は赤茶色がかなり混じった金髪で炎を背負っているようにも見える。眼も炎のように輝き、体中から自信が満ち溢れている。

「了解です。ネズ・ナユタ」

腰に響く低音でアギスが返答すると、指示された方向へと向かう。それを追って数人の隊員が走り始めた。その中にかなり小さな防護服の中に納まっている、少年のような者がいた。体つきも貧弱で戦闘要員とはとても思えない。が、周りの彼を見る目は尊敬の念に満ちている。

「ニ班はバンドに任せる」

「りょーかい」

ニライとナユタに適当に手を振って挨拶を済ませると兵士を集め装備を軽く確認する。そこにいるのは先程車の中から出てきた兵士達のようだ。

外から見える装備が主に中距離掃討銃と連射できるぎりぎりの口径の銃だった一班と比べてかなり専門性の高い装備が多い。それに隊員も純粋な戦闘要員という人間が少ないように見える。かなり癖のある隊員をその中でも一際異質な容姿のバンドがまとめ、かなり速い歩調で脇の路地を進んで行った。

残ったのは数台の装甲車両と二人の軍人だけだ。

ニライは抑えきれないらしい微笑みをナユタに向ける。

「残りは真正面の道路を歩いている隊と、屋根を伝ってくる隊の二つに分かれてイます。挟撃したいんでしょウか」

「そうだろうな。俺は屋根から来るのを担当するから、お前は正面のやつらだ」

「了解でス」

そう言って歩き出そうとしたニライに声がかかった。

「その前に煙草返せ」

その声にニライは目を開いて振り返った。

「これから鼻で敵の位置を把握しないといけナいのに、ここで煙草を吸うつもりですか?あなたの正気を疑いマすね」

「あ、いや、すまん。そうだった―――」


ふと顔を上げるとニライが盛大に煙草の火をつけていた。


「………………………………おい」

「はイ?」

「鼻を使うから煙草の匂いを排除したいんじゃないのか?」

「いいえ、あなたをからかっているダけです」

ニライが言い放った。

「…………………………………楽しいか?」

「とてモ」

ニライは纏っている空気をそのままにして楽しそうに笑った。

しばらくすると辺りに爆音が響いた。ナユタ達に放たれたものではない。その爆音に銃撃の音、銃弾が石壁に減り込む音が続く。よく聞くと銃撃の音は二種類あり、片方のそれには人間の叫び声が付随していた。

「アギス達ガ交戦開始です」

耳に手を当てニライが報告した。

「そろそろバンドたちも交戦状態に入るだろうな」

「ええ、バンドたちも敵影を確認したヨうです」

その声に前後して轟音が辺りに響き渡った。爆音というより大気の熱膨張の音だ。通りを幾つか挟んだ場所から、人が焼けた臭いと脂肪が蒸発して出来る陽炎が浮かびあがる。

「こっちにも来るぞ」

「分かっていマすよ」

ニライは煙草を地面に落とし、靴底でそれを踏み潰した。

その途端ニライの体から黒い何かが噴き出す。


一見すると霧の様だが、あまりにも一粒子に存在感があり過ぎる。ガラスの様でもあり、木、石、陶器、炎、水、生き物など見方を変えれば何にでも見える。そして明らかにそのどれにも属していないことも感じられる。

その黒い物質はニライの体に纏わりつくと、一気に金属の光沢を帯び始めた。体全体を覆う物質は明らかに統制された動きで次第に主人を守る鎧の性を成し始めた。

関節部は滑らかに、他の場所はそれと反比例するかのように粗く構成されている。ほかの隊員の防護服を、より狂気に満ちた天才が手掛けてもここまで暴力的にはならないだろう。手甲は鮫の肌を数十倍に拡大した様な鑢状で、殴られた人間の体を骨まで削り飛ばしそうだ。

ニライの頭部を覆う兜には一本の角が付き、顔面は目以外を完全に覆い神話に出てくる鬼の形相を忠実に模している。型としては甲冑に近いが垂は足首の辺りまでとかなり変則的な形だ。甲冑独特の鈍重な印象はそれにはない。人知を超えた暴風をイメージして創作された様な、他を圧倒する力を具現化。結果何よりも荒々しくも清々しい、吹き抜ける暴力の象徴と化した。

面頬から見えるニライの蒼い眼も鎧の異様さに負ける事のない輝きを放っていた。

ナユタはニライの姿を見て感心したように顎を撫でる。

ニライは動いても支障がない事を確かめると、軽く屈伸し始めた。動く度に金属質の軋みが生まれる。

「凄いな」

「厭味デすか」

鎧の軋みと共にナユタのほうを向く。ナユタの方が背が高いのでニライは自然と上を見上げる態勢になる。

「気を付ケてくださいよ」

少しくぐもった声がニライから発せられる。

「はいはい」

ナユタは傲慢ともいえるような口ぶりで相手に返す。その言葉にニライは目を光らせて何か言おうとしたが、結局何も言わなかった。

「さて」

ナユタはおもむろに腰のポケットの中に手を入れ褐色の瓶を取り出した。瓶の中身は白い色の錠剤。それを数粒手の上に取り分け、口に入れ噛み砕く。飲み込みながら顔を下げ、自分の表情を隠すような動きを見せる。錠剤を今にも吐き出しそうだ。肩が震え、それ以上に腕が震えている。喉の奥から苦悶の唸り声が鳴る。

だがそれを堪え、細く息を吐き出す。

やっと顔を上げた時、目には充血した血管を隠す程に、赤で覆われていた。

「始めるか」

ナユタが呟くと先程のニライの様に黒い物質がナユタの体中から噴き出した。噴き出した物質は重力に従って地面に流れ、不可思議な速度で辺りの地面や壁、家の内装、屋根を侵食していった。

ニライの場合と大きく違うのは、その物質自体から何か圧倒的意志を感じることだ。

まるで地面を覆っている黒が冥界の生き物がこちら側を除くための鏡であるかのような、強大な存在感その物質から発散されていた。

戦火を耐えて残っていた鳥や虫ですら一目散にその場から逃げ出した。

そのためか黒の侵食と共に生き物の音が消え、静寂が広がる。


………


ナユタが鋭く手を叩き鳴らした。


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