銃弾の仕組み 2
ぼちぼち放出していこう
二人と後ろに展開する兵士達がいるのは、すでに街の中心部らしく建物も道路も整えられていた痕跡が残っている。町を構成する大きな石の建物は、数百年の年月を感じさせる堅牢な作りで、道路には整然と並んだ石畳が敷かれている。
以前、ここは地元の住民と未だに残る美しい歴史を見るために訪れた観光客で賑わっていた。
今は人気もなく、八本の車線と豪華な店の残骸が絶妙の寂幽を醸し出していた。
風に馨る火薬や汗の匂いが薄い。人のいない間に蔓延った幽霊は銃と兵士が来るまでの平穏を味わっていることだろう。
「もったいないな」
ナユタが呟く。
歴史的に大変な価値がある建築物はこれからの数百年も変わらずあった筈なのだ。
言外にそう語る自分の上官に、ニライが冷たい視線を返す。
「気に病むことも無イでしょう?」
ニライが足を踏み鳴らした。それだけで頑丈であるはずの石畳は無残に砕け散る。銜えていた煙草を陥没した石畳の中に落とし、火を踏み消した。
「この国が平和ならその石畳も壊れていない」
冷たい風が吹いた。朝の陽も一瞬陰る。
「平和ボケも甚だしイですね」
ニライは自分の煙草を後ろポケットから取り出して、流れるような動作で口に銜えた。
「こんなことに税金ヲ使う暇があったら―――――」
「あったら?」
「煙草でも買えバいいんです」
袖口から現れたライターで煙草に火を付ける。
「………………………忘れて下さイ」
「いや、忘れようにも……………」
「頭が悪すぎて忘れることモ忘れましたか」
「んな訳かあるか」
「そうでしたか、人間の進化の可能性はあなタの頭の中に眠っていたとは」
「聞けよ」
「いやデす」
「俺は上官だぞ」
「忘れテました」
「んな訳あるか!」
ナユタがニライと会話を続けていると、後ろのほうから爆音が聞こえてきた。振り向くと、数台の大型装甲車がこちらに暴走車の様に埃を巻きあげて走ってくる。濃い灰色に染色された分厚い外壁を持つ装甲車だ。六輪のタイヤは抜群の安定を誇って駆けている。
その車両はナユタ達の隊に近づくと無意味に激しいドリフトで横一列に停車した。
その装甲車から数体の同系の鎧を装着した人間が降りてきて隊に合流した。
遮光性能の高いガードの奥から覗く目にはどことなく科学者の様な神経質さが垣間見える。
「遅いデすよ、バンド」
出てきた男の一人にニライが声を掛ける。
「すまねぇ」
恐ろしい程の偉丈夫だ。それなりに大きい部類に入るナユタから見ても頭一つは違う。丈夫そうな迷彩のズボンと分厚いブーツを履いている
――――というよりまともな服はそれしか身に付けていない。数え切れないほどの傷が残る肌とその下で唸りを上げている筋肉がよく見える。
肉体が技術の粋を結集した防護服に匹敵する防御なのだといわんばかりに筋肉がうなりをあげる。鎧の中にあっても見劣りしない迫力があった。
だが、そんなことよりももっと目を引くのは顔だ。
彼は人面の数倍はあろうかという猫の被り物をしている。被り物の筈だが髭や毛までまるで生き物の様にリアルな動きを見せた。それどころかその顔にはなぜか表情が浮かぶ。腰と背中には何かの液体がたっぷりと入っている大きい筒が吊るしてあり、それが頭にある猫の被り物に繋がっているようだ。
「別にかまわん」
ナユタがめんどくさそうに手を振る。
「いいのか」
「ここで遅れたところで何の影響も出ない」
「―――そう言うならいいけどな」
ナユタは笑みを浮かべながら煙草を取り出そうと腕を動かす。
だが、その手は空を切る。
「あれ、俺の煙草は?」
「あナたは馬鹿ですか?さっき私ガ没収したでしょ」
ニライが手にナユタの煙草を持ちながら言う。
「あぁ、そうだったな」
ナユタがいったん口を閉ざす。
「―――いや、返せよ」
「身体に悪いでス」
ニライは澄ました表情でナユタの横を歩き続ける。
「お前も吸ってるじゃねぇか」
「私が吸っているとあなたへの煙草の悪影響が軽減されるんでスか?」
「そういう意味じゃない」
「体への影響を考えると吸うべきでハありません」
というそばから自分の煙草を吸い始めた。
「……………………俺にはお前がよくわからん」
「二十年以上一緒にいるんですから少しは努力してくダさい」
ニライは横で二人の話を聞いていたバンドに煙草を向ける。
「吸いまスか?」
「吸わねぇよ」
猫の顔がそっぽを向く。
「俺に煙草を吸わせてくれよ」
ナユタが呟く。
「情ケない」
ニライがナユタの煙草を胸ポケットに入れる。
「命令して私から煙草を取り返せばいイのに」
「お前が大人しく渡すとは思えん」
「やる前から諦めルんですか?」
ナユタはしばらくその視線を受け止める。
大きく息を吸い、それからニライに視線を返す。
「…………………………俺の煙草を返せ」
「拒否しマす」
「理由は?」
「上官の命を守るのが副官の役目だかラです」
「ニコチンからは守らんでいい」
「他の発癌物質や依存性の高い物質カらは守れという事ですか。それトも敵がニコチンをベースにした薬物で攻撃してきた場合私はあなたの身を守る必要はないということですか?自分のニコチンに対する耐性を過大評価しすギです。根拠のない自信は身を滅ぼすもトになります。即座に改メる事を推奨します。仮にあなたの言ったことが煙草の害からは守らなくテもいいという意味であったなら、たばこ以外のどの害からあなたを守ればいいのか、どの害から守らなくていいのかという明確な線引き、そしてなぜタバコの害からあなたを守らなくてもよいのかという詳細な理由の説明を求めます。そもそも副官の業務の一つには上官の最低限の体調管理がなされていルかということに対する監視業務があります。たばこの摂取は慢性的な体調の悪化が考えられますが、その点と私の業務内容との関連をどういう風に考えているのかという隊長の見解も必須でシょう。だいタいあなたは―――」
「すまん…………もういい」
「そうデすか」
ニライは口を閉じた。
「ニライ、何がしてぇんだよ」
バンドがニライの遥か上から声をかける。
ニライが肩を竦めながら、煙草の煙を燻らせる。後ろの隊員の口から思わずため息が漏れた。
「この戦闘が終わる前に煙草を吸いつくさナいと、もったいないですね」
「じゃあ、早く返せ」
「焼却しマす」
「なんで!?」