このとんでもない世界にて
ざっと二ヶ月前の事を思い出していたのだが
…明らかに死んでしまっているよね俺
あんなに激しく電柱に激突していたら無理だよな。生存は絶望的だよな…
ここはあれですか?来世ってやつですか?
そしてこんなドラゴンみたいな姿は生まれ変わった自分ってことですよね?
何つまりずっとこのままの姿で生きろって事なんですかそうなんですか
中途半端に人間の頃の記憶があるし本当に訳が分からない。
けど何より自分が死んでしまったことを逃避していたというのが情けない。
何回同じことをすれば気が済むのだろう。
「はあ…」
二ヶ月前のことを回想していると思いっきり周囲に聞こえるようなため息をついていた。
突然何の前触れもなく起こった突拍子も無い出来事の連続。
自分の心を疲弊させるのには十分すぎるものだった。
思えば一番きつかったのはこんなへんてこな世界に来てから洞窟を見つけるまでの一週間だった。
今でこそなんとか心の整理がついているのだがその1週間は正直いってまえば難儀した。
人間とはまったく違う体では当然違和感が生じるのは当然で足の構造が違うので歩いていたらなんどもこけるわ
翼が邪魔で仰向けで寝れないわということでうつ伏せで寝る羽目に…
うつ伏せになるのは気に入らないから最初の夜はかなりいらいらしていたのを覚えている。
そういえばこんなこともあった。
それはこっちにきてから3日ぐらいの事だった。
食べることを忘れ、とんでもなく空腹に陥ってしまっていたことがあったのだ。
「あ~何か食べないと…」
自分が死んでしまったことを必死に否定して、何故この世界にきてしまったのか
何故この姿になってしまったのかと悩んでいるうちに食べるという事を頭の片隅から消していた。
「そういえば何が食べれるのかってろくに調べてなかった…毒に当たったらやばいよな…」
この世界に来てからどのようなものが食用として適切なのかどうかも調べていなかったことを後悔していた。
あの時になって何故この世界に来たのかと考えるよりはこの世界でどう生きるべきかを考えるべきだったと気づいた。
考えてみれば人間の姿に戻ってなおかつ元の世界に戻るだなんて無理難題すぐに解決できるわけ無い。
…そもそもあんたは死んでしまっているんじゃ?っていう突っ込みはこの時の俺には無しで。
「にしても視点が高い…変な感覚だなこれ」
立った時の高さが人間の時と比べて大分大きくなったせいで
3日経ったこの時までも違和感を覚えていた。
「あだっ!」
そんな違和感のために俺の中で転倒事故が多発。
まだ生まれたての仔鹿のようにバランスがうまく取れなかったんだ。
この時は派手にやってしまってベタなギャグ漫画のように仰向けに倒れていって
そのまま背中から地面に激突してしまい何とも見られたくない醜態を晒してしまった。
「痛てぇぇ…またやらかしたあああ!!」
ここまでの転倒数12回。
未だに慣れない体に見事な悪戦苦闘中な証拠だった。
「こんなんで食料確保できるのかね…」
食料確保以前の問題のような気がしていた。
もはやリハビリレベルの問題だ。
身体能力は人間のそれよりも高いはずだと考えていたので
それをあまりにも扱えなさすぎなのかと俺なりの推測を立てていた。
このままでこの世界で"しばらく"生きていけるのだろうか
そんな不安がよぎっていた時に
「うんっ?」
幸か不幸か。
目の前に兎のような小動物が通りすぎていった。
しばらく駆け回ったかと思うと俺から近い距離で静止していた。
「…」
"なんだろうそんなつもりは無いはずなのに…"
いつの間にか俺は無意識に慣れない体を動かし
"そんな本能で動いてしまうような…"
本能に身を任せて
"俺はそんな本能に流される奴じゃ…"
俺はその鋭い牙をその兎に向けて
"やめろ…”
慣れていないはずの体で4本の足を巧みに使い
"やめ…"
その哀れな獲物を視界に捕らえ、
"…"
牙が強くその獲物に食い込んでいた。
…
しばらく何が起こったか理解していなかった。
なんか食べたいなと思って、目の前に兎が現れたと思った辺りから記憶が曖昧だった。
俺が何をしていたか分からない奇妙な感覚。
口の中がなんともいえない様子になっていて、周りを見渡してみると
食いちぎられてかなり損傷していた兎の末路が映っていた。
口の中の違和感。損傷の激しい兎の死体。
そういえば口の中の違和感の正体…非常に生臭い匂いがする。
もはや答えは明確だった。
後で大分自己嫌悪に陥ったこともよく覚えている。
少なくともいくら腹が減っているからといっていきなり兎に飛び掛るような奴じゃない。
…それが気が付かない内に牙を兎に食い込ませて、なんの躊躇も無く捕食していた。
正直怖かった。
あれが竜としての本能だったのだろうか
竜としての本能が剥き出しになったとき何の感情もなく冷酷な行為を行ってしまうのか。
もしこのまま竜の意識が強くなってそれまでの俺がいなくなったとしたら
…何をしでかすか想像したくなかった。
最も嫌になったのは兎を食べてしまった後の一言。
「生で肉なんか食いたかねぇんだよおぉぉぉ!!」
何故すぐに考え付くべき問題に至らなかったのか。
…俺のアホさ加減の方をどうにかしないといけないんじゃないのかと
気がつけさせられた出来事でもあった。
何故真っ先に生肉がダメな事を叫んだのかさておき
これはまあ、いろいろと問題だろう。
いわゆる竜としての本能なのだろうがこれからどう抑えていくかが課題となるのだろうか。
取り敢えずあの3日目みたいな状況を作り出さないようにしていかないと駄目だろうな。
この世界の事に来た理由とか生まれ変わったしても何故こんな姿になったのかってあんまり常に考えないほうが良いかもしれん…
そんなの難しいと思ってしまうのも正直な所だが…
それよりかは自分の住んでいる洞窟の近くの事を知ったほうが良いだろう。
正直言ってこの二ヶ月近くがむしゃらに狩りだの行っていたので
効率が良いとはお世辞に言い難い状況だ。
この洞窟の周りの地形がどうなっているか。周りの生き物がそのような生態なのか。
どう効率良く狩りが出来るか。
まあ、この体はそんなに意外にも食べなくてもしばらくは問題無く動き回れるから
この世界に来て直後の時はともかく洞窟暮らしの今であれば
あまり無駄な狩りはしないという判断もありなのだが…
薄暗い洞窟の中で思案していると本当に落ち着く
頭の方も冴えて考えことには最高の環境だ。
しかし問題もある…
ここに来てから言葉を操れる種族を確認しているにも関わらず
誰とも関わりを持てていないということ
いや、怖いんですよ。
俺この世界の常識とか知らないですし
下手なことしでかして酷い仕打ちなんて受けたら
精神的にも肉体的にも非常に不味い。
しかし、この世界のことを知るのに俺の独断だけで決めるのは安易すぎる。
誰かから何かしら情報を仕入れなきゃ何にも始まらない。
よくよく考えれば今ドラゴンだからありきたりな事いっていれば
さほどまずいことはないだろう
いや、まて名前はどうすんだ。
漢字使ってる名前なさそうな雰囲気出てるし…
カナカナだよね絶対。
だとしたらどんな感じなんだ。
イタリア風?フランス風?スペイン風?それとも別の何か?
駄目だ。どんな風な感じの名前にすればいいか分からん…
「ホントに頭冴えてんのかこれ」
これじゃあ堂々巡りだ…
仕方が無い一旦寝て、そこから考えよう。
しばしの間おやす…
「…」
…なんだか胸騒ぎがする
洞窟の外で変な気配がある。
あの馬鹿でかい狼がまたここらあたりに来ているのか?
その場合大分厄介なんだよな。
この体でどう戦うかはまだあんまりイメージ掴めていない。
まあ、適当に様子見ておこう
あと毒キノコあるところは何故かあの馬鹿でかい狼は避けていくから
一応撒いておくか…
二ヶ月前と比べて大分慣れた足取りで洞窟の入り口に向かっていく
外はもう既に闇夜に包まれ、無数の星が輝いているはず。
空だけ見れば元の世界なんか比較にならないぐらい綺麗だと感じるが
あの馬鹿でかい狼などなど凶暴な魔物を一度でも見るとおちおち落ち着いてみる余裕なんて無い。
この世界は落ち着いて華麗な景色を見るにしてはいささか危険が多すぎる。
今日も景色を見ることなく馬鹿でかい狼を地味な方法で追い払って
さっさと寝るというのも華が無いと感じている。
もう少しあのきれいな星空を見たいという余裕が生まれないものなのだろうか
まあ、無理なんだろうけど…
さて、様子はどうかな…
入り口に着いた。
洞窟内の淀んだ空気とは変わって外の澄んだ空気が鼻腔の中に入り込んだ。
周りを見渡してみるが特に変わった異常みたいなものは見受けられない。
目視だけなのでなんとも言えないのだが闇の中に紛れ込んだ影はおろか気配すら感じられない
ひょっとすると俺の勘違いなのか。過剰反応しすぎというオチか…
まあ、それなら越したことはない。
「さてと…寝るとしま…」
怪しげな影が無いことを確認して安心しきって
寝ようとして洞窟の方に体を向けたときに
「あがぁ!」
あまりにも不自然な突風が俺の方に向けられ
成すすべも無く洞窟の壁に打ち付けられた。
「っつうう…」
壁に強く打ち付けられたゆえに体の節々が痛い。
一体何が起こったっていうんだ。
ちゃんと念入りに確認したっていうのに…
「くっそ…一体何があったてい…」
唖然とした。
暗くて断言は出来ないが体色は青と白で構成され、
頭は金の鬣が生えていた。
下を見てみると自分と同じ尻尾があった。
黒い翼と服みたいなのを着ているのを除けば
どこかで見覚えのあるものばっかり…
二ヶ月前にあの水溜りで見たものと…
紛れも無い俺以外のドラゴン。
そして良く似た姿。
恐怖を感じずにはいられなかった。
さっきの突風はおそらくこのドラゴンが起こしたもの。
未だに体に完全になれていない俺が満足に戦えるわけなかった。
ドラゴンは近づいてきた。
一体何の目的なのかは今の状況下でまともには考えられない
だけどもあんな手荒なご挨拶をしたところを見ると穏便に済まされる様子じゃない
どうする。
どうするんだこの場合。
必死に頭の中で思考を張り巡らし
解決策を見出そうと
「まあ、随分と情けない姿ですね」
「…へ?」
いつの間にかドラゴンは顔を近づけていた
近くで見てみるとますます自分の今の姿の生き写しのようなだとはっきり分かる。
あの独特の細長い顔がこうも近くにあると変に感じてしまう。
しかし、変な突風起こしておいてあの言葉はなんなんだ
あんな事言われてもどう反応すれば良いか分からねえよ
あと、いくらなんでもこいつ顔近づけ過ぎだ馬鹿。
その細長い瞳持ってる目が怖いんだよ。目が。
…よく考えたら俺もだよ
「あんた、なんなんだ!いきなり変な突風みたいなの起こしてよぉ!」
「すまなかった。このあたりに私と同属の者がいると聞いたもので探していたんですが
中々見つからなくて、退屈凌ぎに魔法使ってみたらあなたの方に当たってしまいまして」
「周り見えないのかあんた!退屈しのぎに魔法って…」
魔法?
えっ何いよいよ訳分からない。
そんな危険で便利な代物あったのここ?
っていうかあんた何者?
同属ってどゆことなんですか?
とりあえずその魔法で発せられた突風でぶっ飛ばされた件は許しておこう。
優先させておくことがある
「まあ、さっきの事は許しておく。んで…あんたなんていう名前なんだ?」
「んっ?ああ私の名前ですか…」
その瞬間の事をよく覚えている
「フェルディ・ヴェントといいます」
自分と瓜二つなドラゴン。
フェルディと名乗ったこいつのせいで…
そのことは後で分かるだろうが…話したくない…