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二歩目の始め


 ギシッ・・・ギシッ・・・・・・ギッ・・・・


 二階へとつながる階段に体重を掛ける度、穴が開いても可笑しくない音が足元から上ってくる。幽霊がいるかどうかは分からないが、人がいなくなって大分経っているのは確かなのだろう。家の損傷が進んでいるのだ。そんな所を五人全員で上がっているのだから、音が出るのは当然か。


「おいおいおい、雰囲気出てるじゃないのこのお化け屋敷。ハハッ」


 一番前を歩く健二(けんじ)が、調子のいい口調で声を出す。こういうのに一番興味あんのは健二だ。この家に入ってからは、当初の‘目的’を忘れたかのようにはしゃいでいる。


「うっわ、いろいろと描かれてるぜ。俺らよりも先に結構人来てんだなぁ~」


「ここ、有名な心霊スポットだからね~いかにも出そうでしょ?」


 健二に続き、その後ろを善樹たちの声が聞こえてくる。途中のコンビニで女の子達に買いに行かせた懐中電灯の光であちこちを照らしながらわいわいと昇っているのだから、恐怖感もムードもどこにもない。

 「肝試しにいかない?」と最初に持ちかけてきた未来(みく)は、いかにも楽しそうにしているが。

 思わず舌打ちが出そうになる。が、寸でのトコロで堪えた。不必要な行動が女の子に嫌われるし、敏感なコだとそれだけで不信感を持たれてしまうのは長年の経験から分かっている。遊び慣れていないコには特にね。

俺はちらっと斜め後ろを向き、最後尾をついてくる彼女に声を掛けた。


白雪(しらゆき)ちゃん大丈夫?怖くない?」


 自分の中にある「優しいお兄さん」をイメージして、出来るだけ優しい口調で尋ねる。彼女は声を掛けられて一瞬警戒するように体を止め、コチラに恐る恐るといった具合で目を向けると、それから小さく「だ、大丈夫」と答えてきた。

 派手なメイクとは反対に、暗がりの中でも怯えを含む目が、改めて彼女が遊びを知らない生娘だと俺に知らせる。

今日のナンパの‘戦利品’である女子高生、名前は白雪。そして本日の俺の‘ターゲット’でもある少女だ。

 昨日、俺と健二と善樹の三人で県外の海水浴場へナンパしに行こうと計画し、三塚町に到着したのは今日の昼前。

 海水浴場の方では全滅だったが、夕方にダメもとで町の中を攻めていたら二人の女の子を捕まえる事が出来た。どうやら二人は地元の先輩後輩の間柄らしく、夏休み中、高校に入ったばかりの後輩を家に泊まらせて遊び回っているんだとか。ホントはもう一人いた方が数的には良かったのに・・・と思ったが贅沢は言わないでおこう。計画もなにもなく、初日で二人も捕まえる事が出来れば戦績としては上等。しかもそのうち一人は俺の好みときてる。

 外見の事じゃない。何も経験していない、(うぶ)であるということ。

 先輩の方は未来(ミク)って名前だっけ。いかにも遊びなれている感じだったが、後輩である彼女は正にその逆だ。車の中で、俺がちょっと肩を回しただけでもびくっと反応して距離を開けてしまうのだから。

 未来は『この娘、まだそういうのに免疫がないんだからヒドイ事しないでよ~?』と言っていたが...つまりその派手な服や化粧とは反対に、中身は正真正銘「少女」であるということ。それを聞いた時、心の中にいる俺はほくそ笑んだ。

 いいね。そういうコの方が‘楽しみ’がいがある。

 階段も3分の2くらいの数を上がったところで、前を行く三人のうち、善樹が急に大声を出した。それにつられ健二や未来も声を上げ、後ろの俺もビクッと体を強張らせる。


「おおおおおお!!なんだよこれっ!」


「きゃあああっ、何!?って只の落書きじゃーん!!」


「おっめえはホントビビりだなこの野郎。でけえ声出すなよ!」


「う、うるっせえな!勘違いしただけだよ!」


 善樹は誤魔化そうと無意味に声を張り上げるが、根っからの小心者であることは俺たちの中では既に把握済みだ。以前、夜中にホラー映画の観賞会をした時は、「面白そうじゃん」とか言っておきながら、いの一番に叫び声をあげてたんだからよ。

 その後も何度か、「うおっ!!?」、「キャア!なによ!?」とワイワイと騒ぎながら階段を踏みしめていく。俺は後ろについてくる彼女に振りかえり、また声を掛けた。


「ハハハ、前は盛り上がってるね」


「・・・・・」

 

 しかし、彼女は俺の独り言かと思ったのか知らないが、返答は返ってこなかった。

 ちっ、黙んまりかよ。また舌打ちしそうになったがグッと堪える。誘った時もそうだったが、このコはイマイチ「ノリ」が悪い。俺らが年上だからとも考えたが、会ってから時間が経っても、彼女は楽しそうな顔を見せてない。俺らを警戒しているのか?今日、カラオケやらメシ代なんかに使っている金は俺らが全部払ってるってのによ。

 

まあ、いいさ。俺は俺で、払った金の分は「楽し」ませてもらうから。

 正直、ここが心霊スポットだろうがなんだろうがどうでもよかった。彼女と二人きりになる。それが俺の大切なことだった。

 健二や善樹、それに彼女の先輩である未来も一緒に二階へと向かっているわけだが、こいつらは探索のほうに夢中になってる。まあ、お前らはお前らで楽しんでくれればいいさ。

ちゃんと『打ち合わせ』通りにしてくれよ?

 な~に、多少強引にいっても、後でどうにもなる。もしなにか言われても、はぐらかすなり逆切れでもすればいいさ。

 

(うわ、俺って鬼畜~)

 

 舌打ちの代わりにフフフと笑いが起こりそうになる。その時、前を歩く健二の方から声が上がった。二階へと着いたらしい。



****




「到着・・・っと」


  健二と善樹が懐中電灯をゆっくりと動かして中の様子を映し出す。壁に窓らしきものが見えたが、外の光は入っては来ない様で、闇だけを家に入れていた。

 廊下はスルスルとのびて左右に折れ曲がり、散乱したゴミがカサカサと音を立てている。  

 正面には部屋へと繋がっていそうなドアが、落書きと埃で汚れながらも壁に張り付いている。左側は手前の壁に遮られて見えないが、右の方には和室だろうと思われる襖がボロボロになっても、かろうじて立っていた。

 何処にでもあるような一般的な家の間取りである。違うのは人が住む気配がないことだ。

 先ほどまでは色々と話していた三人も、不気味な雰囲気を感じ取ったのか、先程よりも会話の声は低い。健二は正面のドアを照らしながら、俺らに確認するように声を出した。


「よ、よおし...んじゃ、正面の部屋に入ってみるか」


「マジで?うわぁ、何か出てきそー」


 独りでに意を決した健二に、善樹が懐中電灯で正面のドアを照らしながらゆっくりと近づいていく。その後ろを未来と俺、そして彼女がついていく。

 ドアにはなにやら訳のわからない文字や絵が描かれ、ドアノブには埃が生き物のようにまとわりついていかにも汚い。「うわっ、きったねぇな」と健二は愚痴りながらドアノブをひねり、ゆっくりとドアを動かした。

 ギギギッと鈍く、金具の錆びた音が背筋を流れる。部屋の中で籠っていた空気が飛び出し、前髪を吹いた。

 思わず鼻を押さえる。なんだ、今の臭いは?


「おじゃましまぁ~す」


 今更のように健二が言うと、全員でゆっくりと部屋の中へと入っていった。誰かは知らないが、ごくりと唾を飲む音が響いた。

 部屋は6畳程度の洋室でかなり荒れていた。壁はボロボロと崩れており、壁紙は剝がれて、木が飛び出ているところも見える。

 既に持ち主のいなくなったベッドにはもちろんシーツや布団などはなく、灰色のマットレスだけが、骨組みにはまっているだけだ。

学習机にはノートの代わりに、誰が置いたのか分からないようなゴミや木の破片が散乱していた。この家の、息子か誰かの部屋だったのだろうか。

 健二や善樹はそこいらを調べるように懐中電灯をあて、乱暴に壁を蹴ったりしている。未来は健二の横に陣取り、懐中電灯の当たった場所を興味津々といった具合で観察している。そして彼女はというと、何をするわけでもなく、なんとなしに視線を部屋の中に泳がせていた。


・・・ここならいいかな


 俺は手に持っていた懐中電灯を消した。一本分の光源が無くなった分暗くなり、未来がキャッと悲鳴を上げたのが聞こえたが、すぐに明かりを点け直す。


「わりぃわりぃ、間違って消しちゃった」


「おいおい頼むぜ隆。霊の仕業かと思っちゃったじゃん」


 健二が軽口を叩いて俺を茶化したが、ぼんやりと浮かんだ健二の顔が、ウィンクしたのが見えた。『合図』は伝わった。善樹の方にも視線を移すと、わずかだが、顎をひいて頷いて見せた。こちらもOKのようだ。

 

「だ、だけどよ、見たところなんもねえじゃん。ちょっと拍子抜けだぜ」


 半ばイライラしているかのように善樹が壁を蹴りながら言う。さっきまで大声をあげて階段を上ってたヤツはだれだっつーの。そんな時、未来がボソリと呟いた。


「話によるとさ...この家には呪いの人形ってものが何処かにあるんだって」


 わざとらしい低い口調で喋る未来に、善樹と健二は体を向ける。なんだ、その何処にでもありそうな話は。


「の、呪いの人形?なんだよそれ」


「なんでも白い髪の、西洋風の人形なんだって。それでさ、それを見つけた人はその人形に祟られて...」


「死んじゃうってか?」


 健二が言ったセリフで、一瞬辺りに沈黙が生まれる。しかし直後、健二からハッと鼻で笑うような音がでた後に、


「ほうほう呪いの人形ね~いいじゃん、面白そうじゃん。んじゃ、その人形を探しに次の部屋にいきますか」


 未来の話に俄然興味を持ったかのように、健二は早足でドアを開いて部屋から出ていく。それに続いて楽しそうに未来が後にならう。


「ちょ、待てよ!」


 善樹は慌てて部屋を出ようとするが、床に散らばっていたごみに足を取られそうになりながら、転がりそうになりながら部屋の外へと出て行った。そしてまだ部屋には俺と彼女がいるにも関わらず、乱暴にドアを閉めてしまった。

 暗い部屋に俺と彼女が取り残される。

この時だ。

 ドアを閉められたことで一瞬ビクっと体を縮めた彼女であったが、3人についていこうと部屋を出ようとしたが、ドアノブに伸ばした手を俺の手が掴んだ。


「な、なに?」


 訳が分からないような表情をこちらに向けてくるが、そんなのはお構いなく、俺はさっと彼女を引っ張ると回り込むように位置を変えた。

 これで俺は彼女とドアに挟まれるようになる。つまり、彼女は俺を超えていかないと部屋を出れないワケとなった。

 よしよしさっき三人で『打ち合わせ』をしていたから上手くいったよ。


―俺がこのコで、二人は未来の方。場所が良い具合なら作戦開始ね。

 

「大丈夫、怖くないから。安心して」


 3人が部屋から離れるのが遠のく足音で分かった。俺は掴んでいた彼女の手をグイッと引き寄せる。

 宥めるように話しかけるが、白雪はまるで聞いてないといった具合で後ろへと下がろうとする。その顔はTV番組でよく見る、悪役に捕まったヒロインのようだ。

 おいおい、そんな顔で見るなよ。まるでお兄さんが悪者みたいじゃん?


「大丈夫だって、ホント大丈夫だから。ね?白雪ちゃんは俺の事嫌い?」


「いや、離して」


「ちっ」


 ああ、思わず舌打ちが出てしまった。どちらかというと俺もあんまり強引には行きたくないんだけどね。どうせなら、お互いいい気持で終わりたいじゃん?だけどまあ、あんまり聞き分けのないコにはお仕置きしないとね?

 俺は彼女の腕を握った手に徐々に力を入れていく。これに彼女も驚いたようで、まるで誘拐犯にでも捕まったかのような表情をこちらに向けてくる。

 騒がれる前に後ろへと押して、埃だらけのベッドに倒す。おおっと、落ち着けよ俺。手に持っていた懐中電灯を脇に置き、彼女の肩を押さえた。


「い、やだ。やめて」


 まあだ騒ぐか。いい加減に諦めればいいのに。


「騒いでも聞こえないよ白雪ちゃん。それに、なんだかんだって君もその気だろ?」


 口調は優しくしたつもりだが、彼女の顔には絶望したような表情が浮かんでいた。自分でもほれぼれするような悪役のセリフだったなと感心する。

 これくらいの歳のコには結構効く訳で...まあ、その後の心証は最悪になるが、どうせ二度と来ない町だしな。

 うわ、俺ってホント、鬼畜だな。

 自分でも悪そうに顔が笑っているのが分かる。未だに嫌がる彼女の顔を、俺は片方の手で押さえつける。そして彼女の唇に顔を近づけて...


「いやあっ!!」


 瞬間、俺のこめかみに衝撃が走った。視界の中に光が飛ぶ。イメージ的な話じゃない。懐中電灯をぶつけられて、光が部屋の中で暴れたのだ。

 思わず彼女を掴んでいた力が緩んでしまい、体勢を直す前にみぞおちへと衝撃が続く。

 

「がっ!」


 彼女の伸びた足が見え、みぞおちを蹴られたのが分かった。後ろによろめいた拍子に何かに躓き尻もちをついてしまった。ガシャガシャと、床に転がっていたゴミが音を鳴らす。

 立ちあがろうとする俺の横を、彼女、白雪が通り過ぎていった。 


「てめ、待てよッ!」


 引きとめようと声を上げたがそんなのはお構いなしに(当然だろうな)彼女はドアを開くと廊下に出ていった。立ちあがった時には既に階段を駆け下りており、ギシギシギシギシッと階段を軋ませる音が聞こえてきた。

 すぐに廊下へと出たが、彼女の姿は何処にもない。すでに階下へと降りていったようだ。


「うっわ、マジかよ・・・うぜえな」


 最悪だ。何もヤらないで逃げ出されるなんて・・・

 体についた埃がイラつく。くそっ!これから追うか?いや、下手に追ってケーサツなんかに行かれたら不味いことになるしな。町から出た方がいいか?

 ちっ、クソガキが...

 イライラとしながら口の中で愚痴を零す。そして膝についた埃を払っていると、ふと、違和感を覚えた。


「あれ?」


 アチコチに振り向いているが、廊下には先程の争いを消すかの様に静まりかえり、出てきた部屋から洩れる懐中電灯の光だけが、闇の中を照らしているだけだ。

 あいつらは?健二に善樹、それにあいつらについていった未来は?


「おい健二、善樹!何処にいんだよ!!?」


 大声で二人を呼ぶが、それに反してくれる返事は物音すらも聞こえては来ず、俺の叫び声が僅かに家の中で反響して、元の静けさに戻った。

 あいつらまさか、外に出たのか?いや、それなら外からなんか聞こえてくる筈だ。

 さっきまでは5人で騒いでいた家の中は、まるで別世界のように静まっている。

 いや、‘静か過ぎ’。自分の呼吸音すらも、闇の中に吸い込まれていく感じがする。

 今まで感じなかった恐怖感が、アリが這い上がってくるかのように、足元からジワジワと俺の体を侵していく。ヤバい。すぐに出ないと。

 すぐにでも階段を下りればいいのに、そこで俺は部屋に残した懐中電灯を思い出した。こんな時だ。安っぽい灯りでもそれに縋りたい。開けっ放しにしていたドアの方に視線を移す。

 俺は息を呑んだ。

 懐中電灯の光を背に、女がいた。


はっ?なんだよこれ


 誰に言うでもない言葉が口から出そうになった時、耳元で聞こえた。



一緒にいてえぇ


最後、俺の目に見えたのは女の歪んだ「笑顔」だった。


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