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(五)




世の中には‘セーフ’と‘アウト’を分ける、いわば線のようなものが、アチコチで引かれている。

もちろん、道路でよく見かけるようなヘルメットかぶったおっさんが頭を下げて、「危険、この先行き止まり!」と書いてある看板とかのことではない。‘自分の中’での危険線の事だ。

「これはヤバい」とか、「これ以上はまずい」といったようないわゆる心のブレーキのことを俺は言っていまして、同じ状況下でも人によって「危険だ!!」と思うラインというのはマチマチだと思う。そして‘何処で’その線引きをするかという基準も。

現在、無意識ながらも俺はその線を跨ぎ、アウトゾーンへと踏み入ってしまった。いろいろな物が散乱して、生活している空気は消え去った廃屋の和室。そこにはねっとりとしたプレッシャーがうねうねと留まっており、俺の体に纏わりつき始めていた。


(うっ・・・・)


 腹に違和感を覚える。サラサラと流れてくる汗は夏場だというのに不快な冷たさを感じさせた。部屋に入ってまだ数メートル、も入っていない俺の体は危険信号を鳴らしまくっていた。


―君には見えるだろうし気配も感じるだろうさ


(『感じる』ってこういう事かよッッ!)


 単衣が言っていたことが頭の中をよぎり歯をギリッと鳴らす。

 映画の武士や凄腕のヒットマンとか名探偵とかが頭にピーンッと音を出して閃くような感覚とは程遠い。幽霊の気配を感じるのがこんなにも「重い」ものだとは思わなかった。

 そう考えている間にも、俺の体にはねとつくようなプレッシャーが襲ってきた。今頃であるが単衣の話にビビっていた方が良かったと頭の片隅で思った。もしもこれが単衣の言っていたように、


「逃げる者もいるし話しかけてくるのもいれば殺しにくるのもいる」


 だとすれば、もしそう言うのがいるのなら絶対に逃げるだとか話すとかそんな平和主義じゃないのは確かだ。


(帰ろう・・・これ以上いると不味いなこりゃ・・・)


 恐怖、というよりも危険を感じた俺はすぐさま‘撤退’を決定した。

 体も頭も自分が危険だと警報を鳴らしているのは良く認識出来た。ここは俺が入ってはいけない場所。入るのなら有名な霊能力者や素人さんがいい。どうやら俺みたいなどっちつかずには居心地のいい場所ではない。

 部屋を出ようと決心し、最後に部屋の中を見回した。そして顔を視線の先に立つ襖に向けたまま下がろうと行動に移す。本当はすぐにでも逃げたいのだが、この部屋に背を向けるのには抵抗があった。

体の重心を後ろに移してそのまま足を後ろに下げようと足を床から離す。しかし、


(・・・・・・は?)


 俺の足は元の場所から一歩、「前進」していた。

 確かに後ろに行こうとした。今でも逃げたい気持ちでいっぱいなのだ。なのになぜ・・・


ズリッ


そう思っている時、足がもう一歩前に出た。


「お、おいちょ・・」


ちょっと待て。そんなこと言っても何も意味がないのは分かっていたのだが、無意識に口から零れる。だけどそんな俺の抗議も無視するかの如く足はまた一歩前へと踏み出た。

 

「くそッ!!どういう事だよチクショ!」


 俺は必死で体を後ろへと抗うが、どれだけ抵抗しようとも足は前へ前へと進んでく。まるで誰かが俺を操ってるように、意志とは反対に襖の方へと体は近づいていった。

 長い時間と人の手によって、部屋を区切る二枚の襖は既にボロボロとなっていて、扉の役割を半分くらいなしていないように感じる。

 だが今の俺には、その襖が本当の「線」のように感じられた。

 背筋にぞくっと寒気が走る。流れていた汗が逆走する。とうとう襖まであと2,3歩までとなった。

もう後ろでなくてもいいから体を止めようと、俺は腰を落として足が歩くのを防ごうとした。下にガラスの破片があったらどうしようとも一瞬思ったが、それで立ちッぱになるほど頭は馬鹿じゃない。俺は足から力を抜き、勢いよく畳へと腰を落とそうとした。

その時だった

 目の前にある襖。ちょうど俺の目の高さの部分は中の部分もグズグズに崩れ落ち、500円玉程の穴があちらの景色を覗かせていた。

 本来は家の廊下の壁なんかが見えるのだろうが、そこには、


「まじかよ・・・・」


 ぎょろっとこちらを覗く「目」があった。

 その時、俺の体にかかる力が強くなる。今までのように「歩かされている」という感覚から「無理やり引きずられる」ような感覚へと変わった。


「ひっ!」


 喉から悲鳴ともとれる声が出てくる。情けないとかだせえとか言ってられる筈もない。あの襖を超えたら、どう考えても無事では済まない!

 襖の穴から見える「目」はこちらを見続けており、生気を感じさせない「人形」のような瞳が俺を見る。

 その目が正しく「目の前」に来た。すると今まで静かだった襖がガタガタっと動き始め・・・

 

「うおおおおおおおおっ!」

 

 叫んだと同時であった。何かが俺の服を握ったかと思うと、グイグイと引っ張られていった。襖がどんどん遠くなっていく。

 そして引きずり落とすかの様に部屋の外にある網戸の上に、俺の体は落ちた。

 纏わりついたあのねっとりとした空気は、いつの間にか消えていた。




****




それから一時間くらい経っただろうか。俺は今、コンビニの雑誌を持ってぼんやりと立っていた。

あの家から脱出した後、俺は急いで駐車場に停めていた自転車を漕ぎ、あのお化け屋敷のあった下塚と我が家のある中塚の丁度真ん中にあるこのコンビニまできた。ここまで必死で自転車を回して来たからか、心臓がドクドクと派手に動いているのが聞こえた。額から汗が落ちそうになるのを手で拭う。

時計を見ると時刻は既に9時近くを刺そうとしていた。俺が下塚へ行った時も、ほとんど道路を走っている車は見かけなかったのだが、この時間になるとさらに寂しさを増し、ガラス越しに見える車道を通る車はほとんどなかった。

コンビニ内にも俺以外はアルバイトの兄ちゃんが一人いるだけで、店の中を薄汚れたモップでいかにもやる気なく床を拭いている。

あの家での体験、心底に怖かった。冷房の効いたコンビニの中でも、あの時の事を思い出すと冷や汗がわき上がってきそうになる。手に握っていた懐中電灯もいつの間にか、失くしていた。

時々、足がちゃんと動くかと足首を回して腿を上げて見る。

さて、それなのになんで俺はこんな場所で立ち読みなどしているのだろうか?

あの家でマジで怖がり、あんなのを喰らったんだからすぐにでも家に帰れば良いのに、なぜか俺は、特別読みたくもない雑誌をこうして両手に持ってぼ~っと突っ立っている。

それはなぜ?答えは俺がむちゃくちゃにペダルを漕いでいた時、頭に微かによぎったあの言葉だった。


『帰ってくる時、あんまん買ってきてほしい。つぶあんとこしあんの二つ』


 我ながら下らなさ過ぎて力が抜けてくる。さっき死にそうに怖い事があって、必死でそこから逃げだして来たのにも関わらず、あの食い意地貼った単衣の注文を遂行しようとしているのだ。

 それならばさっさと買って帰れば良いと思うのだが、コンビニで自転車を止めた時、俺は息を荒くして汗を流していたのだ。

 汗をダラダラと流し、息をゼハゼハと吸いながら、

『ハッーハッー、すいません...あんまん二つ下さい』

と言う高校生。どう見ても変な目をされるだろ。気にしなくても良い事なのかもしれないが、なんというか...恥ずかしい。


 そうして俺はあんまんを二つ買うために(つぶあんとこしあんの二種類買ってこいと言ってた気がするが、ここにはどうやらこしあんしかないようだ)、気持ちを落ち着かせようとコンビニの中で待機していたのだった。

 適当にめくっていた手元の雑誌も終わりまで来た時、再び頭をよぎったのはさっきの体験だった。しかし今度は恐怖よりも疑問が沸き出てきた。

 

(襖からのぞいていたあの目・・・あれは一体)


 今までの事から考えると、あの家に巣食ってる「呪いの人形」だとは考えられる。しかしさらに出てきた疑問に、俺の頭はしっちゃかめっちゃかに混ぜ混ぜされた。


―襖が開こうとした瞬間、俺を引っ張ったのは誰なんだ?


 正直、あれがなければ今頃あの世の住人決定だった。俺もめでたく単衣と同じのに仲間入り。だけどあの部屋に入った時、俺の体は見えない力でドンドンと中へ引き込まれていったのだ。それなのに最後、部屋から出されたわけだ。助かっただけありがたいわけだが、どうにも納得できない、喉にさかなクンの骨が引っ掛かった気分が胸の中に沸く。

 その理由を雑誌を開いたままポカンと考えていたが、ふとコンビニの前に車が止まった音に気付き、俺は雑誌を閉じた。


「...まあ、あちらさんの都合があったと言うワケで」


 誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるようそう呟く。そう、人間の俺がどうこう考えても、あっちはあっちで色々あるというわけ。俺がどうこうまさぐる事は何もないのだ。

 体から熱も逃げ、そろそろ帰ろうと思いレジへと足を運んで行くと、丁度自動ドアが開いて、二人の女子が入ってきた。

 俺は何気なくそちらに目をやり、思わず「あっ」と口から声を漏らしてしまった。

 片方は俺よりも歳が上の、大学生くらいの人だろうか。

 派手なメイクがコンビニの空間に呆れるくらいマッチしておらず、不自然に茶色くなった髪の違和感は半端ではない。

 問題は隣のもう一人の女の子であった。

 俺よりも小さい背に大きめのシャツを着て、顔は隣の大学生よりも幾分「落ち着いた」化粧をしている。しかし同じ茶色に染まった髪は、高校生の彼女には十分派手さを醸し出していた。

 なぜそう言えるかと言うと、俺はその女の子を知っているからだ。

だってクラスメイトだもの。

 あちらも俺に気付いたようで、分かりやすい程に表情を変えた。「なんでお前がここにいる」といった感じで。俺はそれに気付いたがあえて彼女、江戸妻(えどづま) 白雪(しらゆき)に声を掛けた。


「ハク・・・どうしたん?こんなとこで」


彼女の学校で呼ばれている愛称で呼ぶと、ハクはそれにピクリと反応した。


「・・・別に、なんも」


ハクは自動ドアから少し離れ、こちらを見て呟くように言ってきた。見られたくないものを見られたような表情で顔を歪める。同級生に合うのがそんな嫌か。

 俺はレジの方に近づきながらハクの方を見る。変わらず変な物を見るような目でこちらを見ている。

すると隣にいる女子大生がこっちとハクの方を交互に見やって大声で尋ねてきた。


「え、なになに白雪?この子誰?もしかして彼氏?」


 いかにも頭悪そうに聞いてくる。なにも答えずにハクが黙ったままだったので、俺はレジで店員にあんまんを二個、そして自分用にと肉まんを頼むと「いやいや同級生ですよ」とその女子大生に言った。すると何が可笑しいのか手を叩いて、


「なにそれー!!チョーうけんだけど!」


とかアホそうな返答が返ってきた。心の中で「うっせえ」と呟きながら、苦笑いが浮かんできた。今の何処に笑える要素があったのか、小一時間問い正したい。

 そんなこと思っているとハクは「早く買お!」とその女子大生の手を引っ張って店の奥へスタスタと歩いて行った。ハクとその女子大生が動いた時、くどい程強い香水の匂いが鼻に噛みついてきた。


「ちょっと白雪!?」


 女性大生は手を引かれながらもチラチラと好奇心を含んだ目をこちらに向けていたが、丁度店の店員があんまんと肉まんの入ったレジ袋を出して来たので、俺はポケットにあった財布から小銭を取りだすと、店員に払って店を出た。

 

(なんなんだよ一体・・・あいつあんなキャラだったか?)


 ハクは学校ではいわゆる、ムードメーカーのような存在だ。明るく、誰にでも優しく接する彼女をクラス内では名前からちなんだ「ハク」という呼び名で慕われている。バスケ部に入っているとは聞いた覚えがあるのだが、夏休み前に見た髪の色とは全く違う。

 運動部ではなくオカルト研究会などという怪しい部に入っている俺が言うのもなんだが、体育会系の部活があんな髪を許してるだろうか?


「あれが俗に言う、『夏休みデビュー』か?」


 こっちはデビューどころか危うく人生リタイヤしそうになっていたのに...と心の中で思いながら外へと出ると、先程やってきた車の周りに、男が3人ほど車から出ていてダベッていた。

 三人とも大学生のようで、茶髪に日焼けした肌をしており、ノースリーブを着て携帯電話を片手に喋っている。


「だからよぉ~お前の誘い方が悪かったんだろうが」


「違ええよバカっ!あの時はお前が邪魔したからだろうが!」


 半ばどなり声のような大きさで話す男たちを横目で見て、俺は自転車のかごに中華まんの袋を入れて自転車にまたがった。おそらく、ハクはこいつらと来たんだなと少し残念な気持ちになってしまう。まだ三カ月程の付き合いだが、ハクはこういう感じの奴とは遊ばないような印象を持っていた。男子特有の妄想だろうか?ホント、女性に夢を持っている自分が少し嫌になる。

 三塚町の南側にある上塚には海水浴場があるため、夏には海水浴客やサーファーなんかが来る事があり、この時期には他県から人がどっと集まる。その中にはこんないかにも風な兄ちゃんたちもいるわけで、ハクがどういった経緯で知り合ったのかはわけワカメだが、今夜はこの人らとドライブにでも行くという事だろうか。

 

(まあ・・・俺がどうこう言えるワケもないしな)


 俺は自転車のストッパーを上げると、ペダルへと体重を掛けた。

 先程の廃家での謎もそうだが、俺がどうこう言える立場ではないわけだ。恋人でもなく、ましてや親せきでもない、いち同級生の俺には彼女が悪い遊びにハマらない事を願う事しかできない。

 自転車はゆっくりと動き始め、コンビニの敷地内を出た時に自動ドアが開き、ハクと女子大生が出てきたのが見えた。



 不自然な髪をしたハクの表情がなぜか目に焼きついた。



 


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