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(四)

 小さな用水路の上に跨った橋を横切った頃、あれだけ明るかった空は黒く淀み、自転車のライトがはっきりとコンクリートの道路を照らし始めた。

 腕時計に目をやる。時計の針は既に八時になろうとしていた。予定ではもうお目当ての家についてる筈なのだが、どうやら自宅を出てからゆっくりと進み過ぎたようだ。さっきまでだらだらと回していたサドルに力を入れ、自転車の速度を上げた。

 風が少し生ぬるく感じる。背中の方にじわっと汗が浮かび流れるのをイメージすると、何故だか水を含ませたスポンジを連想してしまった。俺は1個百円のスポンジかい。

・・・少し涼しくなった気がする。 

 辺りが本格的に暗くなってくるにつれ、周りの風景はガチャガチャあった家を少しずつ消していった。

 アパートや小じゃれた一軒家は木造平屋かボロボロの物置き場へと姿を変え、偶に漂ってきた夕飯の匂いは土の匂いに交代した。時たま香る、ワケの分からない草の匂いには、たまらず顔を覆う。

 その後にはすぐ、あれだけあった人の気配と空気も無くなった。偶に車かバスが通り過ぎるが、それだけ。夜の下塚に入ったんだなと思い知らされる。

 下塚の中枢を走る細いアスファルト道路を進みながら、汗が出てきた額を拭って顔を左右に振った。

 下塚は中塚、上塚と比べると高い場所にあり、顔を振るとどちらにも田んぼ、若しくは畑か果樹園が広がる訳だが、左を見れば中塚や上塚の家や店からの光が蛍のように地面を照らしている。しかし右を向けば、いつもは緑に染まった山が黒い厚紙のような風貌でそびえ、その手前をざわめく音も消した森が、ジッとこちらを睨んでいるように立っているのだ。

 ふと、森の中へと続く道路を発見した。アチコチが破損し、とても車が通れそうもない。ぽっかりと空いた森の中に伸びている道路は、まるで誰かが来るのを待っているかのように思えた。


―私たちが見える君は、逆に見られているのだから


 心臓がちょっと痛い。多分、原因はここまで自転車を漕いできたからではないのだろう。俺はなるべく森の方を見ないように、顔を左斜めに向けて自転車を走らせていった。

 くそ。単衣にあんなこと言われた所為か、段々不安になってきたぞ。


「あ゛~っ、どうしよう...行きたく無くなって来たな」


 単衣と遭ってからすっかり麻痺していたが、俺は元々怖がりなタイプなんだ。

 お化けが見えているのに怖がり?ちょっと待て。別に怖がりだからっていろいろあるだろ。乗り物酔いでも、船には酔うけど飛行機では酔わない人がいるようにだ。俺は単衣という存在のおかげでお化けの類は克服したが、未だにレンタルショップではホラー系のDVDには躊躇するし、お化け屋敷なんかはOUTだ。

 要はダイレクトにビビらされるのが駄目だという事なのだ。

 それが今関係あるのかと?知るか。

 誰に言うでもない独り言を頭で喋りながら自転車を漕ぎ続け、とうとう視界に錆びれた家を1件、2件と確認出来るようになった。


「そろそろ横に、と...」


 目的の場所まであと少し。家を出る時と比べると、低くなったテンションと高くなった恐怖心をぐっと飲み込み、細い道路の横に伸びるさらに細い道路へと曲がった。先にはどんよりと睨む森。そしてその傍にポツンと立っている民家が小さく見える。

 俺の目的地、かつて実際に殺人事件があった、呪いの人形があるという家だ。




※※※※




 呪いの人形。

 インターネットで検索すれば何十体も出てくるであろう「コレ」は、ご丁寧にも三塚町にもあるという。変わっているとすれば、髪が勝手に伸びるような日本人形ではなく、見つかると殺されるという西洋風の人形だそうだ。

 噂の発端となった事件は、10数年前に起きたと言われている。俺が小学校に上がる前にあったというのだが、当時は夏休みくらいにしか来ていなかった俺には全く覚えがない。当たり前といえばそうなのだが。

 とある日の夜、大学生となる家の長男が、妹と母をメッタ刺しにした。警察が家に入ったのはその翌朝、家の中は凄まじい状態であったらしい。一階の居間には長男の妹と母が座ったままの状態で血を流し、テーブルの上には昨夜の夕食だったのか、赤く染まったピザが置かれていたという。

 そして二階には犯人と思われる家の長男は、自らの首に包丁を突き刺したまま椅子に座っていた。当然長男は絶命。その目の前には、血を浴びた人形が座っていた。それが噂の、「呪いの人形」である。

 当時、仕事の事情で帰っていなかった父親は助かったというわけなのだが、当然家族が死んだ家に住めるはずもなく、家は売られた。その父親が今何をしているのかは不明だ。

 さて、ここから話は奇妙な方向へと流れていく。事件の後、この家にはいろいろな噂が出てきた。


誰もいない家の中から話声が聞こえた。

窓から明かりが浮かんでいた。

二階の窓から誰かが外を覗いていた。

ピザを持って家に入ると、誰かが近づいてくる音が聞こえてくる。


 こんな事件が起きたのだから、当然湧いて出てくる、ある意味では自然現象ともいえる噂だろう。そんな誰が体験したのか分からないような噂だけなら、これからその家に入る俺もどれだけ気が楽か。

 呪いの人形の噂が立ったのは事件から数年後の事。肝試しに県外からやって来た数名のグループが、この家に入った際に二階に転がっていた人形を見つけた。それがあの、長男の机に置かれていた白い髪の人形だった。そいつらが何を考えていたのかは知るはずもないが、肝試しの思い出にという事なのだろうか、その人形を持ち帰ったそうだ。

 人形を持って帰った若者達はその後、次々と事故死や不自然な死を遂げることになる。そして最後の一人となった男は、この家で発見される。

 かつて長男のいた部屋の椅子に座り、首に包丁を刺した状態で。

 血に濡れた床には、彼らが持って行った人形が転がっていた。

 以来、この家に入ってその人形を見つけて、家から持ち出した者は不幸な死に見舞われるといわれている。




「呪いの人形ね~」

 俺はその人形があるという家から20メートルほど離れた場所で自転車を降りると、道路脇の少し開けた場所へ自転車を停めた。「本物」がいるにせよそうでないにせよ、何がいるのか分からない家の近くに自転車を置くのは気分的にい嫌だった。

 自転車を停めた場所には今風の黒色の乗用車がひっそりと止めてあり、興味本位で覗いてみたが当然の如く、中には誰もいなかった。

仮にいたら、かなり気まずいことにはなるが、ここに止めてあるという事は「先客」が来ているんだろうか。

 籠の中に入れて来た懐中電灯をポケットに突っ込むと、家から持ってきたサンドイッチの包み紙を破り、卵サンドを一切れ齧った。

 口の中に卵サンドの甘さが広がってきた。ここまで何も食べずに来た所為か、さっきから腹がクゥクゥと痛かった。最近は成長期の所為か、中学の頃よりも明らかに食事量が増えた。今ある卵サンドとツナサンドを食べても多分物足りないと思う。

 頭の隅にふと、玄関前に出てきた単衣の姿が浮かんできた。


―帰ってくる時、あんまん買ってきてほしい。つぶあんとこしあんの二つ


・・・・ぬう、あんまり買って行きたくはないが...しょうがないか。帰りにどっかコンビニでも寄っていくか。


 あっという間になくなった卵サンドの包み紙を丸めてカゴに入れると、俺の手は自然にツナサンドにかかった。齧りながら片方の手をポケットに伸ばし、懐中電灯を持つとスイッチを点けた。赤と橙を混じらせたような光が地面を照らした。

 懐中電灯をゆっくりと持ち上げ、周りを囲んでいるブロック塀、家の外壁、そして俺の方から見えている窓と、懐中電灯の明かりで照らしながら、家の外観を観察していく。

 ブロック塀には、なんの植物だか分からない蔓が所々を覆い、蔓のない場所にはスプレーで落書きが書かれている。「オレ参上!!」だとか「○○死ね!」等と、赤や黄のスプレー塗料が書き手の心を実によく表してる。

 外壁は昔の家によく見られるモルタル式であったと思われるが、長い年月の所為か、それとも誰かの手がそうさせたのか、壁の表面は三分の一ぐらい剥がれていて、家を構築しているだろう骨組みが見えている。残っている部分には、ホントに誰が書いたのか、英語で落書きされていた。

 電車の窓からも見えたりするが、ああいうのはホント、誰が書いてるんだろうか?

 屋根には黒い瓦が乗っかっていて、なぜか、見えない向こう側には誰がか潜んでそうな気になった。

 窓があったと思われる穴に明かりを伸ばす。

 懐中電灯の光は微かに家の中に届いたが、距離があるおかげで光が当たってる所さえも良く見えない。中を見たけりゃ入ってこいということだ。

 ツナサンドもあっという間に手から消え失せた。一度大きく深呼吸する。よし、腹にモノ入れたおかげか気持ちは固まった。


―君の事だ。あれだけ言ったら『今日はやめようかな』とでも言うと思ったたんだがね


「ざけんな。こっちは四六時中、お前と一緒に生活してんだ。いまさら呪いの人形の一体や二体、どうってことねえよ」

 

 ペッと地面に唾を吐く。先程よりもぐっと気温が下がった気がした。俺はもう一度深呼吸をすると、家の方へと一歩足を踏み出した。

 



※※※※



 

 家の入口には、「立ち入り禁止」と書かれた黄色のテープがクシャクシャになって地面に落ち、うっすらと砂と砂利を被っていた。玄関口の扉にも、黄色いテープが張ってあるが、大部分は下に落ちている。

 流石に真正面から見ると、いかにも出そうな雰囲気が出てる。


「・・・・よし。行くぞ」


 今更だが俺は一人で来た事を悔やみ、石畳の廊下を歩いて扉に近づいて扉のノブに手を掛けた。しかし、ガキッと錆びた音がしただけで扉は全く動かない。


「はぁ?何だよ、鍵閉まってんのか?」


 あるいは鍵の部分が錆びて、扉とひっついてしまったのか。力を入れて引っ張ってみるがピクリとも動かない。

 さて、どうしたものか...俺は懐中電灯を回して、辺りを照らしてみる。

 扉の下を見てみると、木の葉が何枚か挟まってる。隅にはせともので作られた、兎の人形が、顔を半分にしてこちらを見てる。ウワッ、見なきゃ良かった。

 ポケットに入れていたデジカメを取り出して、入口の扉にレンズを向けた。シャッターを押す。電子音の後に出たフラッシュが一瞬目の前を白くした。撮った画像は確認せずに、電源を切ると再びポケットに入れた。

 

「どうっすかな...」

 

 夏休みの課題がのっけから暗礁に乗り上げたワケだが、流石にこれでは帰れない。こんな入り口だけの写真で調査書なんか書いたら、部長になにをされることやら...

 扉から離れて横の方に懐中電灯を向ける。入れない場所が心霊スポットで噂されるはずがない。正面から入れないとうことは、どこか別の場所から中にはいれるということだ。

 右側の方に懐中電灯を向けるがかつての住人の趣味なのか、おびただしい数のプランターから伸びる草花が群生している。ブロック塀を覆っている蔓の正体はこれかもしれない。

 諦めて反対側に向くと、ブロック塀と壁の間に人が十分に通れるスペースを見つけた。砂利と土、そしてガラス片等で黒ずんでいる地面だが、塀の突き辺りの方まで道が開けているのを見ると、どうやらこの先が本当の入口のようだ。

 喉が渇いてきた。俺はゴクリと唾を飲んだ。

 足を石畳から外してブロック塀と家の壁との間を進んでいき、突き辺りを曲がると目の先に、子供が遊べるくらいの小さな空間を見つけた。

 ビンゴ。俺は気分よく先に進んでいく。

 開けた場所に来て息を呑んだ。横手の方に和室のような部屋があるが、ガラス戸がグシャグシャになって地面に落ちている。網戸も破られて無残に室内に散らばっていて、まるで強盗が来たんではないかという有様だ。

 俺と同じ様に、正面から入ることが出来ずにこちらから入ろうとした奴の仕業だろうか。こちらとしては楽に入れるからそうそう悪くも言えないが、もう少し丁寧に入れないものなのか。

 地面に散乱したガラス戸の枠とガラス片に気をつけて、部屋の傍へと近づいていった。 

 床に微かに見えた畳の目から、ここが和室だと確信出来た。懐中電灯を点けなくても、そこら中いろいろと物が散乱しているのが分かる。

 明かりを部屋の中に向けると、木の破片や雑誌等、いろいろな床に飛び散っていた。別の部屋に繋がっているのか、それとも廊下に繋がっているのかは知らないが、散乱した畳の向こう側にはボロボロの襖が見える。

 ここでも人殺されてるんじゃないか?そう思えるくらいに荒らされた部屋の中を少し見渡した後、ガラクタを踏まないよう注意して足を踏み入れた時だった。


「あ、やべっ」


 思わず声が出た。じっとりと重くなった空気が体中に纏わりついてくる。サラサラと体から出てきた汗は、明らかに暑さからくるのではない。


―君の言うお化け屋敷に私みたいなのがいるかどうかは分からない。だがもし、いるのだとしたら、君には見えるだろうし気配も感じるだろうさ


 単衣の言っていたことが再び頭に浮かんできた。あの言葉の意味は正直良く分かっていなかったが、なるほど、今は体で実感できる。

 「何か」がこの家にいる。

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