始まり始まり
―教えてほしい。君はだれだ?
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うだるような暑さは7月に入ったばかりというのに一日中俺の周りを漂い、それは本来涼しくなる夜中にも俺を襲った。中学校最後の夏休み。高校受験を来年に控えた俺は、「勉強に集中する環境へ」という名目で、田舎にある祖母の家に来ていた。
祖母の家は小さいながらも江戸時代から続く老舗の呉服問屋であり、今でも店の中には数多くの浴衣や襦袢、花嫁が着る着物なんかも並べられてある。
俺の両親も父はスーツ会社に勤めているサラリーマンで、母は女性服のデザイナーをしているのだから、つくづく「服」に縁のある家系だと思う。
そんな服に囲まれた家族を持つ俺―袴田雪駄は、こちらに来て三日は経つが、祖母の店の手伝いで一日があっという間につぶれ、未だに参考書どころかシャープペンの一本も触れていない状況である。
この時期は近くの市町村で祭りが多く開催されるため、夏祭りに着る着物の着付けや準備、はたまた修理など、注文がかなり多く入ってくる。
当然、既に70を超えた祖母には猫の手も借りたい時期であるのだ。そんなわけで、俺はかなりの報酬に加えて祖母の料理を目当てに、毎年夏休みを利用して、手伝いに来ているのだ。
まあ、親からは勉強はどうしたなどと小言を言われるかもしれないが、こんなことは毎年恒例となっているのだから、今更変えようと思って変えれるものでもない。
人には人のリズムというのがあるのだ。勉強するなら祖母の家に行くよりファミレスの方に行く。
そうして今日も社会勉強に一日を費やした後、布団にもぐりこんだが一向に眠れなかった。
まあ、毎年毎年「今年は暑いね~」とは言っている筈だが、あえて言わせてもらう。今年はホントに暑い。
特に7月に入ってから初めての熱帯夜だそうで、いつもならクーラーどころか扇風機すらいらない夜中でも酷く汗をかく。
最も、祖母は大の冷房嫌いなため、家には扇風機しか置かれておらず、店の中に一つだけついているだけだ。
そんな日に限って、辺りに生えた木からは蝉がけたたましく鳴いていて、俺をどうしても眠らせてはくれなかった。
イヤに頭が覚めた。無理やり目をつぶっても、瞼は自動ドアの如く開いてしまった。
結局、この日は一日中眠れなかった。だがその原因はうっとおしい蝉の音でも、むんむんと籠る暑さの所為でもない。ましてや隣の部屋から聞こえる、祖母の変な寝言でもなかった。
枕元に少女が立っていた。
その夜はとりわけ、月が明るく出ていたわけでもなく、目が慣れていたとはいえ、部屋は真っ暗な夜の黒が部屋を覆っていた。にも関わらず、その少女の白い顔ははっきりと俺を真正面に向いていた。
白く、小さい顔は化粧でもしているのかきっちりと整っていて、おかっぱのように見える髪は部屋に染み込んでいる闇と同じ様に黒く、輝いている。
そして少女が身に着けている紅い着物が嫌でも目に入って来た。
ふと、映画や漫画なんかに出てくる、日本人形が頭をよぎった。
一メートルも離れていない距離であるのに、その少女の存在は遠くに感じられた。
小さい。身長は140センチあるかないか。歳は化粧を付けている所為かよく分からないが12、いや11?流石に13はないだろう。
顔中に汗が伝うこの状況で、俺は一目見た瞬間にこう思った。
こいつ、「人間じゃない」
そんな事をぼんやりと考えていると、少女は一歩、前へと踏み出してきた。
俺は情けなくもビクッと体をそらしてしまったが、布団の上に移動した少女が裸足なのは分かった。
「君は誰だ?」
見た目は俺よりもはるかに年下なのに、いやに大人びた口調で喋ってくる。
最近の子供ってこんなもんなのか?ゆとり教育の影響なのか?年上の方には敬語使えと習わなかった?
そもそもナニモノだ?
「いや、お前こそ誰だよ」
思わず聞き返してしまった。
辺りが一瞬静まり返る。さっきまでミンミンとうっとおしく鳴いていた蝉もこんな時に限って鳴くのをやめている。
やってしまったか。俺が読む漫画のキャラは「質問を質問で返すなッ!」と言っていたが、なるほど、確かにその通りだ。かなり失礼だ。
そう思っていると、少女は「ふむ...」と顎に指をつけて考える素振りを見せ、
「なるほど、名を尋ねるのだから、先にこちらから名乗るのが礼儀だったかな?」
何故か質問するかの様に呟いた後、さっきと同様に俺の目をジッと見つめながら少女は名乗った。
「名は単衣。この家の主は私の事をそう呼ぶ」
単衣・・・って、着物の名前じゃん。というよりも、「家の主」?祖母の事を言っているのか?
俺が無言のままでいると、単衣と名乗ったその女の子は、さらに一歩、俺の前に近づいてきた。
それに気付いて体を反らした俺の目の前に、雪のように白い顔が寄ってきた。
夜中だが、いや、夜中だからなのか、整った顔は映えている。
それに目は少し細めだけど、長い眉毛と合っていて具合がいい。
あと5年経てばすんごい事になるぞと思っていると、女の子がこちらを睨むようにジーっと見てきた。
「え...なに?」
「私は君に名乗ったのだ。だったら君も名乗るのが礼儀なのではないか?」
叱られた...こんな夜中、しかも子供に...まあ確かにそうか。単衣ちゃんの言う事はもっともだ。
「あ~えっと...雪駄ね?袴田雪駄。一応この家のばあちゃんの孫なわけなんだけど」
「ふむ、では君...雪駄は主と縁のある者なのか?」
「縁って...まあ、そうなるわけだけど。そういう単衣ちゃんは・・・誰?人間じゃないよね?」
あ、言っちゃった。自分でも驚くほど直接的に聞いちゃった。
でも俺の頭には確信に近いほど、答えは出ていた。
こんな夜更けに着物を着た少女。それだけならまだしも、半そで短パンの俺でもダクダクと汗が出てきているのに、汗一つ掻かない奴はどう考えてもおかしいだろ。
目の前に立つ少女は再び顎に指を当てながら少しの間だけ目を瞑った後、俺に答えを返してきた。
「君の言うように、私は人間ではない。私は『キモノケ』だ」
予想とは少し違った答えを言ってから単衣は、フッとほほ笑んで俺の前から消えた。
単衣の笑顔の所為か、それとも単に俺の頭の具合の所為なのかは分からない。
翌年の冬、俺は祖母の家から通うという事で、新しさと古さが混ざり合った町、この三塚町の高校へと進学を決めたのだった。
どうもこんにちは。
白いウサギと申します。
小説家になろうで初の連載作品を書こうと思いまして、
以前短編で書かせてもらったものを元に作成しました。
更新はあまり早くないとは思いますが、一人でも多くの方に
読んでもらえることを願っています。
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