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舞い降りる翼

 人類が“魔法“と呼ばれる力を使えるようになってから、それが戦争に用いられるのに時間は掛からなかった。

 数多の戦乱の中で、勝者は敗者を支配する。

 その裏で、新たな戦の火種が湧き上がる。


 魔導歴1736年、ゲルパニア帝国は列強の支配からの解放を唱え、周辺国家を“救済”と称して侵攻を開始。


 新たな、そして巨大な炎が、世界を包もうとしていた。




 遮られることの無い日光が、皮膚を容赦なく突き刺し、流れ出る汗はつい昨日できた擦り傷にしみこみ、ヒリヒリと刺激する。

 上空では対空訓練と称し、数十の”ホーキ”乗り達が陣形を組んで飛び回る。


(いいなぁ連中は空を飛べて。風にあやかれてさぞ涼しいんだろうなぁ)


 そんなことを考えたこともあったが、つい最近汗だくで降りてくる連中を見て、この暑さからの逃げ場はないと気づかされた。


 少しでも暑さから逃れるように別のことを考えていると、


「よう、あいかわらず腑抜けたつらしてやがる。」

 背後から再び現実に戻すきっかけが容赦なく突き刺さる。


「痛いよゴル、その人に話しかけるときに背中をバンってたたく癖やめなよ。ただでさえこっちは暑さで気が立ってんだから。」


「ん?あぁすまねぇ。またいつものごとく現実逃避してんのかと思ってな。」


 筋肉質で、私より一まわり大きく、大量の汗を流す、まさに熱血漢という言葉が似合う男は、再び無遠慮な発言をしてくる。


「逃げたくもなるさ。こんな状況じゃな。」


 汗をぬぐいながら続ける。


「ハゴン要塞が落ちた。次帝国軍が狙うのはクワンタ要塞(ここ)だ。戦場になるとわかってて、まともでいられるはずないだろ?」


「…たしかにな。でもよ、ここは屈指の鉄壁要塞だ。1000年前も、600年前も。300年前だってここは攻められても落ちなかったんだ。」


 さっきまで気楽な様子だったゴルの顔も神妙な面持ちになる。


 クワンタ要塞、それは無数のトーチカや砦によって構築された、わが国屈指の防衛拠点群。東西を山で囲まれた最後の砦。


「こんな場所に配属されただけまだマシだぜ?それによ、妄想にふけるより、現実で帝国のクソどもに風穴開ける方が、きっと楽しいぜ?妄想の中にあいつらはいねぇんだ。いい意味でもな。」


「ああ、そうだな」

 慣れてるのか慣れてないのかわからない説得に、少し笑みをこぼした僕は、一呼吸をつけ、振り返り、そして持ち場に戻った。



 帝国軍がクワンタ要塞に攻め寄せたのは、それから1週間後のことだった。


 帝国軍の接近を告げる警報とともに、要塞内すべての兵が持ち場につく。

 ホーキ連隊は今までの訓練の成果を見せるといわんばかりに飛び立つ。

 空砲ばかり吐き出した城壁の大砲たちも、久方ぶりの実弾を口に含み今は今はと待ち構える。

 

 私のような雑兵は、要塞内の砦に閉じこもり、窓からひたすら敵を撃ち抜くという役割を与えられた。

 比較的安全な役割らしい。「比較的」という表現に目を背けつつ、「安全」の方にもたれることにした。

 そっちの方が幾分楽だったからだ。


 

 開戦の合図は帝国軍陣地から放たれた光。

 光が戦場全体を包もうと迫る。

 熱が要塞の正面をえぐり取ろうとしたその瞬間


  突如現れた半透明の結界が、その一撃をはじき、まねかれざる魔動砲は120度斜めに通り過ぎていく。


 と同時に、帝国軍の前衛の歩兵たちが雄たけびを上げながら、続々とせまってくる。


 さっきの一撃を退けた結界。あれがある限り敵味方ともに魔法による攻撃はそれにより遮断される。

 

 そのための、結界外の敵を撃ち抜くための、銃。


 だんだんと近づく敵の群れに、深呼吸を繰り返して照準を合わせる。

 一人目を撃ち抜くのに8発、二人目は6発、3人目は5発。徐々に感覚が身についてくる。

 

 実は自分には兵士の才能があるのでは、そんな自惚れが思考に芽生えたとき、


  ”比較的”が訪れた。


  激しい轟音とともに、光に包まれ、吹き飛ばされる。

  気づけば体は仰向けに倒れ、視界にはひび割れた天井が映る。

  全身からズキズキと悲鳴が上がる。

  風通りがよくなったように感じる。


「お前たち、無事か!結界内に入り込まれた。ここは放棄し後ろの砦に移る!」


 このトーチカの指揮をしていた軍曹がそう指示を飛ばす。


 体からの悲鳴を押し殺しながら立ち上がる。そうして開けた視界には、敵の攻撃を防ぐための外壁に風穴があき、本来そこにあるはずの破片たちは、さっきまで隣で戦っていた兵士の全身に突き刺さっていた。


「そいつはもう助からん!早く退け!」


 私の硬直を、軍曹の声が打ち砕いた。


 必死に背を向け後ろの砦を目指した。流れ弾か何かで私の前を走っていた兵士の一人が吹き飛んだ。

 

 次は硬直しなかった。する間もなかった。


 後方の砦も安全地帯ではなかった。


 帝国兵が氷魔法で砦の城壁に橋を造れば、味方は炎魔法で橋を溶かし上ってくる兵を叩き落す。

 岩石魔法で壁と同じ高さの丘を作られたなら、水魔法で土台を湿らせ一気に崩す。


 私の役割は後者。幼少期から水魔法に取り組んできたことがここで活きた。だが喜びはなかった。


 その後もう1度後ろの要塞に退いた。その過程でまた味方が吹き飛ばされ、最初のトーチカで戦った味方は一人しか残っていなかった。


 明らかな苦戦。それでもクワンタ要塞は耐え続けていた。


 この要塞が落とされれば、首都までは一直線。そうした危機感が、防衛線を首の皮数枚で維持していた。


 ここを通せば、きっと帝国兵(こいつら)は俺の家族を奴隷のように従える。


 ただ一心不乱に魔法を唱えた。魔力が尽きれば銃を握り、少しでも回復すればまた唱えた。


 

 空は開戦直後と真逆の暗闇に、いつの間にか包まれていた。昔、真っ暗な引き出しに閉じこもった時に感じた、一種の安心感をおもいだした。

 敵の撤退の号令を肴に、久々の暗闇をかみしめた。



 敵軍の一時撤退を見届けた私たちは、生き残った仲間たちとの再会を喜んだ。


「おう、生きてたか。」

「だからその癖やめろっていったろゴル。痛いんだよただでさえ爆発に巻き込まれて擦ったってのに。」


 一週間前と似た会話。しかしその中の感情はまるで違った。その夜は二人だけの会話で済まなかった。ほかの生き残りの兵士たちも会話に絡んできた。やれ俺は帝国兵を20は倒しただの、やれ俺には生まれたばかりの赤子が帰りをまっているだの。


 きっと私も彼らも、いま生きている安心が、明日死ぬかもしれない恐怖でかき消されるのが怖かったんだろう。


「僕の家さ、農家なんだ。でも子供の頃、ひどい干ばつにあってね。食べれるものもなくなって、姉さんが体を売って、ようやく飯代が工面で来たんだ。だから、水魔法を習ったんだ。村に水を引くために。そんで、いつか稼いで姉さんを取り戻すために。」


 いつの間にか、誰にも話したことのない夢を話していた。戦争で全く別のことにつかってしまった、自分の力に対する罪悪感も、理由の一つかもしれない。


 とにかく、生き残ったという事実を、ただかみしめていた。


















 ”それ”は音もなく来た。

 夜の暗闇に紛れるように黒く、翼をはためかせ、舞い降りる。


 黒い影は、無抵抗の結界を通り抜け、生者の群れへ手を伸ばす。


魔動機銃(マジック・ショット)〈拡散〉(クラスト)


 

 暗闇が消える。光が照らす。


 光の玉は無数に割れ、落ち、そして      爆散する






 魔導歴1736年6月20日、ゲルパニア帝国がアスラ王朝に宣戦布告

     同年7月25日、クアンタ要塞攻防戦勃発

       同月26日、クアンタ要塞陥落


 

 


 




 


 


 


 

 


 

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