2 魔法使いの遭遇
「……やっぱり、実際に言うのと選択肢を選ぶのとじゃ全然違う……」
ハァ、と溜息を吐きながら独り言が溢れる。
国王から許可と条件を得た私はとある山を地図で調べ、向かった。
国王陛下にあれだけで了承も得られたのは幸運だった。精霊魔法は慣れているものの、うっかり出力を間違えても被害がでない魔法を選んだ結果があの回復魔法だ。
精霊魔法の存在が陛下に大きかったのか、それともあの精霊がそれだけ弱っていた証拠か。精霊が回復したお陰で一時的に陛下も精神的に影響を受けて前向きになった可能性もある。もしくは、主人公のご都合チートが働いてくれたのか。
国王陛下から無事、精霊堕ちが浄化された王子達の復権は許可された。ゲームでも実際でも、厳しくはあるけれど良い国王だったし最後に手の平を返されることはないだろう。
「スピカ、って呼ばれるのも久々で違和感があったな……」
スピカ。替え玉になった国一番の魔法使いの名前であって、当然私の名前じゃない。
ゲームでは「名前は?」と聞かれた上で、自分で名前を決めない場合は自動で「スピカ」になっていた。攻略して王妃になった後もスピカ呼びだったから、つまりはもう開き直ってその名前で生きていたということだろうか。
まぁ、スロースというこの名前もお師匠様が適当につけた名前だ。確か、大昔南の国に住んでいた時に飼っていた生き物だとか。前世でいえば「犬」とか「猫」って呼ばれるようなものだからポチとかタマより圧倒的に酷い。山奥に捨てられて倒れていた私を拾った時、一瞬その動物と本気で見間違えたらしい。
「お師匠様……追い出す前に本名くらい教えてくれれば良かったのに……」
あの人は、と。自分でも呆れより疲れた声が出たとわかった。
お師匠様。ずっとそう呼んでいたあの人は母親というよりも容姿の若々しさで姉のようで、そして子どもの頃から当たり前にお師匠様としか呼んでいなかった。
本来、お師匠様の正体と本心、そして自分の魔法がこの世界では絶滅されたとされる精霊魔法と知るのはどの攻略対象者ルートでもハッピーエンドルートに進んでからだ。
攻略対象者と恋をしながら自信を取り戻し、試練を乗り越え、その中で自分の魔法が普通の魔法ではない精霊魔法だと気づき、そしてそんな高度な大規模魔法まで使えるのは精霊魔法の始祖神しかあり得ないと聞き、その始祖神と呼ばれる女性こそがお師匠様なのだと気付いていく。
ゲームでは主人公も「まさか……?!」くらいの確信だったけれど、ゲームとしてはもうあからさまにお師匠様の影が出まくっていた。
ハッピーエンドルートになると、お師匠様と当時の主人公の会話も見れた。お師匠様は主人公を破門したのではなく、主人公を認めた上で世界を見に行ってこいと強引に自立を促しただけだった。
「せめて!一言「免許皆伝だ」くらい言ってくれればこんなことにはっ……」
もおおと、誰もいない森の中を良いことにお師匠様へ当てようも無く怒鳴る。
見事王子四人をバッドエンドに突き落とした後の私の人生は、それはもう自業自得の散々だった。一年前、バッドエンドで闇堕ち……もとい精霊堕ちした王子達は私にも国王にも何も言わずに失踪。
城を追い出され、師匠に破門されていると思い込んだままお金も行く当てもなかった私は、その日その日に日銭を稼いでは城下でなんとか食い繋ぐ日々だった。王子達の誰の役にも立てなかった魔法を仕事にできる自信もなかった。
そして、仕事に有りつけても自分に自信が持てないまま消極的かつ挙動不審で、正直言葉を選ばなければゾンビみたいな生き方だった。そりゃあハッピーエンドルードまでの経緯で得られる筈だった成長皆無でバッドエンドなんだからそうなる!!
話し掛けられても人の目もまともに見れないし明確に答えられない。一つ頼まれても不安で不安で仕方なくて、これで良いのか心配なのに尋ねる勇気はなくて、余計なことをやっては大失敗そしてクビ。そんな日々を繰り返し、とうとう最後にはパン屋の竈を爆破した。
けど今はもう、あの時の私じゃない。
心も記憶も、あくまでこの世界のスロースのままだ。それでも、前世の記憶のお陰で今は人並みの自信もある。何より、お師匠様に破門じゃなかったことが凄まじく大きい!
家族同然だったお師匠様にまで捨てられたならどんだけ私は駄目なんだ生きる価値もないと落ち込んだ日々を返して欲しい。お師匠様は言葉が足りない!!
主人公としては終わってしまっても、私の人生として挽回できるものは多い。特に王子達においてはだ。
私のせいで悪いことをしてしまった。もっと力になれたら、誰もが良い国王になれたのによりによって精霊堕ちだなんて。私の浄化魔法が精霊堕ちに効果があるなんて知ったのも、ゲームの記憶を得てからだ。
今はお師匠様に見限られたわけでも、私の魔法がとても役に立つものだとも知れた。正直、出力に関してはまだ自信はないけれど、精霊魔法自体はちゃんと覚えている!お師匠様のもとを破門……じゃなくて追い出された時点で、もう魔法の習得だけはできていた。肌身離さず持っていたお師匠様譲りの杖もここにある!
「!そういえばこの恰好。……ちょっとでも良くしておかないと……」
山に入って二日、そろそろ目的地に近付いてきたと思ったところで今更ながらに気付く。
今まで自分の恰好なんて気にしたことなかったけれど、自分の衣服やもう慣れてしまったボサボサの髪も今その存在を思い出した。両手で手ぐしをしようとすれば、ギシリとまったく指が通らなかった。
城にいた頃は侍女が色々してくれたから乙女ゲームマジックといわんばかりに姿もまともだったけれど、今も恰好は殆ど変わっておらずただただ劣化してる。お師匠様のもとにいる頃も恰好なんか気にしなかったから身嗜みが習慣付いていなかった。今更ながらよくこの恰好で国王の元まで言ったと、自分に驚く。そして陛下もよく会ってくれた。
近くに川を見つけ、一度頭から顔を突っ込んでぐしゃぐしゃと洗う。当然それでも伸び散らかした髪が絡まったまま団子になるだけで、一度顔だけ上げたところで伸びきった髪を雑巾のように絞り、杖を取る。
「お師匠様は、全部「魔法」としか言ってなかったけど……まさかこれが精霊魔法だったなんて」
考えれば当然でもある。お師匠様にとっては普通の魔法こそが精霊魔法だったのだから。
私も城下に降りてから魔法を見ても「最先端の魔法はこうなんだ」くらいの認識だった。
「〝洗浄魔法〟」
魔法を使えば、やっぱり規模は間違えた。自分に向けてやったのに、藻が生えてうっすら緑がかっていた川まで私から周辺だけ綺麗に透き通った。同時に、髪も綺麗に指で通り汚れも落ちた。少し水で濡れてしまった服も同じ使い古した状態とはいえ、汚れがなくなったことで清潔感が戻った。……にしても、これも精霊魔法だったなんて。
ずっと魔法に自信が持ててなかったけれど、こういう人畜無害な魔法だったら自信を持って使って良いと今は思える。これも今の私にとっては大きな収穫だ。
まとまった髪をもう一度絞るだけ絞ったらあとは自然乾燥し、慣れた手で編み込み頭の上で結ぶ。
よし、とある程度身なりを整えたことを確認したところで立ち上がる。もう、目的地まではすぐだ。山に入ってからはありがたいことに大きな道に開かれていたから、二日歩いても迷うことはなかった。
「ご機嫌よう」
……不意に、呼びかけられた声に足が止まる。
前でも背後からでもない、降ってきたような声に視線を上げれば木の上だった。大きな道があるのにわざわざ木の上にいるような奇特な人物を見上げ、今度は呼吸も止まる。…………いた。
まさか到着する前に会えるとは思わなかった。主人公補正か運命か、いやそのどちらでもない。この先の村にいることがわかっていた以上、この人が現れるのも必然だった。そして見覚えもない不審者な私に彼が話し掛けることもまた。
「あ」の口のまま固まってしまう私を、彼は見下ろす。村にも山にも不相応な挨拶をした彼は、動きやすさ重視の格好に腰にはお得意の剣も差していた。スラッとはしているもののしっかりとした身体付きの男性で、衣服自体はなかなか流石この山にも馴染んでいる。それでも、投影型主人公でしかなかった私とは違い、衣服では誤魔化せない神神しいまでの美しさと威厳が溢れかえっていた。
国王陛下と同じ赤銅鉱色の髪だけでも目が奪われる。少し伸びすぎた前髪を掻き上げながら宝石のように輝く左右色違いの吊り目で私を見た。この世界でも珍しい、右の青眼と左の金眼。王妃様の青眼と国王陛下の金眼だ。
もう、持てる全てが王の風格だと私でもわかった。
『ただし、条件がある』
一瞬も目を背けられず凝視してしまう中、国王の言葉が頭に過った。私はその条件の為、そして何よりも精霊堕ちした王子達を助ける為にここに来た。
もともとは国王陛下からの条件だったけれど、同時にまさに都合が良いとも思った。精霊堕ちしてしまった王子達にとって彼は憧れであり、天の上の存在だった。
『八年前に姿を消した我が国の第一王子を、その精霊魔法を以てして弟達同様我が元へ連れ帰って欲しい』
エリアス・アルバ・オクレール王子。八年前に忽然と姿を消した、次期国王だと誰よりも期待されていた第一王子。
オクレール王家の中で、バッドエンドになることなく彼一人は正気を保っている。
すとんと何も言わない私を前に、殆ど音もなく猫のように着地するエリアス王子は、真正面に立てばその背は想像以上に高かった。そして恐ろしく整った顔立ちだ。身体付きもしっかりしているけれど、身長は間違いなく成人した王子達の中でも一番高い。一年前に王子達と一緒に過ごした私の目測だからほぼ間違いない。
何を言えば良いかわからず口を空っぽにする私へ、エリアス王子はまじまじと顔を近づけ僅かに眉を寄せた。怪しまれているかと思えば、次の瞬間にすぐまた眉間が伸びる。
「遭難者か。ならばもう歩かなくて良い。ご苦労だった」
「いえっそうではなくッ……ッちょっと!?」
勝手に結論付けられたと思えば、石でも拾うような気軽さでひょいっと抱えられた。怪我をしているわけでもないのに、自分で歩けると訴えても「遠慮はいらない」「山道で疲れただろう」と米俵の扱いで歩き出す。
救護隊員というよりも、魔法で作った土人形のような融通の聞かなさだ。
「大丈夫です降ろしてくださいエリアス王子殿下!ッ私は、貴方に」
「!?私のことを知ってるのか。村人の遠縁か?ああ、今度来ると話していたヘンク爺の孫か」
ち、が、う、と。足をバタつかせなら飛行魔法で逃げようかとも思ったけれど、今の私じゃエリアス王子も一緒に飛ばすだけだ。とにかくこの体勢が落ち着かない、降ろしてくださいを連呼し続けた。
動じない、話が通じない、王子様行動かつ他の王子達の誰よりも恐ろしいまでの乙女ゲーム強制執行。だけど断言する、他の王子達はもっと会話が通じた。
これが隠しキャラ
〝王の中の王〟エリアス。
兄弟である王子四人のハッピーエンド・ノーマルエンド・バッドエンド全ルート網羅しないと攻略できない、特別なキャラクター。どの王子達にとっても越えるべき壁であり、目標とも言える最強の王子。
城下から離れた山奥の村〝プルミエ〟で人知れず、そして平凡な日々を過ごしていた王子。
前世でゲームにハマっていた時も、全員攻略してようやく彼のルートが解放されたところで死んでしまった。
つまり、ゲームを知る私にとっても未知の存在ということだ。
次の更新は本日19時です。よろしくお願いします。




